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花散る夜に、偽りの愛にさよならを  作者: ほねのあるくらげ
第三章

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第三十九話 信じ続けるもの

 ロカ達が決起集会をしていたころ、アーテは話紙わしを前にして先生と話していた。 


「陛下が帝室伝統の婚礼衣装の様子を気にされているという話は小耳に挟んでいましたが、まさかそんなことがあったとは」

「ほんっとうに最悪だったんですよ!」


 話題はもちろん、数日前に起きたあの結婚式もどきのことだ。


 皇帝ヴァルデシウスはことあるごとにアーテのところに押しかけてくるし、日中は先生も仕事が忙しい。先生と情報交換ができるのは、何かしらの理由でヴァルデシウスがプリゼイル宮に来ない夜の間だけだ。


 たとえば今晩は宮中晩餐会が催されている。招待客は王侯貴族に限られているので、三等市民である先生が参加することはない。

 このように話せるタイミングが限られているため、アーテと先生の話題はいつも数日遅れのものばかりだったが、特に困ることはなかった。どうせこの隔絶された館では、情報の鮮度など重要ではないのだから。 


「あの男と結婚なんて絶対にありえないです。わたしには大好きな恋人がいるんですから」

「恋人、ですか」

「はい。ロカっていう幼馴染みなんです。豊穣祭……えっと、本格的な夏が来る少し前にはあいつと結婚できるはずだったのに……」


 アーテはしょんぼりとうなだれる。お祭りの時期はとっくに過ぎていた。 


「ロカ。その名前は、ハフリトの間ではありふれたものなのでしょうか」

「いいえ? わたしの里にはロカって名前はロカしかいなかったし、近くの他の里に違うロカがいるって話も聞いたことないです。ネイカ大森林には、二人目のロカはいないんじゃないかな。あっ、ネイカはわたしが育ったカンナビの名前なんですけど」

「そうですか。それはよかった」


 アーテが答えると、先生は安心したようだった。どうしたのだろう。 


「ロカとはもうずっと会えてないけど、わたし、ロカはきっと生きてるって信じてるんです。だからわたしも頑張って生きないと。いつかロカに会うんですから」

「大丈夫。その願いはすぐに叶いますよ。彼も貴方の生存を信じて、貴方に会いたがっていましたから」

「あはは。ありがとうございます」 


 先生の慰めの言葉を聞き、アーテは口元に小さく笑みを浮かべた。 


「さすが先生です。なんだかロカのこと、知ってるみたい」

「知っていますから。直接話したことはまだありませんが」

「……え?」


 時間が止まる。けれど心臓が大きく跳ねる。 


「しばらく前から私の荘園に身を寄せているハフリトの若者がいましてね。その旅人は、さらわれた恋人を助けにはるばる山脈やまを越えて来たという」


 若者の無謀な挑戦に呆れ、けれどいつくしむように。先生の声音はとても優しい。 


「彼は、自分がドラクレイユ人の時代を終わらせると豪語し、みごとに妻を口説き落としてしまった。妻のみならず、荘園の住人達もですよ。そしてついこの前、エルファース人でもドラクレイユ人と戦えることを証明してみせた」 


 驚きのあまり呼吸がうまくできない。意思に反して涙がぽろぽろと零れ落ちる。 


「あの旅人……ロカ君の行動の動機はアーテさん、なにもかもが貴方のためなのでしょう。妻から聞いた話からは、そのような印象を受けました」 


 錆びついた時がゆっくりと動き出す。 


「貴方達は互いを愛し愛され、そして深く信じ合う、理想的な関係なのでしょうね──両者の想いが釣り合って通じ合っている限り、その愛はなにより美しい」 


 事態の把握にやっと頭が追いつき、アーテは一番嬉しかった事実を噛みしめた。 


「ロカ……生きてるんだ……! よがっだぁ……!」


 怒りでも悲しみでもなく、あふれた想いがアーテの頬を熱く濡らす。


 それ以上は言葉にできず、アーテは子供のようにわんわん泣いた。


 アーテが落ち着くまで、先生は静かに待ってくれた。 


「なんでもっと早く教えてくれなかったんですか。ロカのこと」


 はなをすすると、先生はため息をついた。 


「貴方は自覚がないかもしれませんが、貴方はひどく魅力的です。貴方に焦がれる男達は、貴方の心を射止められるならどんな危険もおかすでしょうし、貴方から微笑みを向けられたいと願うあまり常識から外れた愚かなこともしでかすでしょう」

「はい?」


 アーテは気づいていなかったが、実は先生は二回ほどアーテを見たことがあるらしい。

 一度目はヴァルデシウスに買われた日、謁見の間からプリゼイル宮に移動する時。二度目は前皇后ミルパメラの処刑の時。先生にそう教えられた時、アーテは当時の様子を思い出そうとしたが、確かに何人かトツヒトがいた気がするだけで誰が先生なのか目星はつけられなかった。 


 彼はアーテと面識があるからこそそう言えるのだろうが、話の流れが読めない。

 急にそんなことを言われて、アーテの頭に大きな疑問符が浮かぶ。


 気にせずに先生は言葉を続けた。 


「両者の均衡が保たれた誠実な愛は美しいですが、身勝手な一方通行の愛はあまりに醜い。望まないのに押しつけられて、ありがたく受け入れるのが当然だと言われるのは、貴方からすると大迷惑でしょう?」

「それはそうですね」


 鳥肌の立つ腕をさすりながら、アーテは大きく頷いた。

 先生が言っているのは、まさに日ごろからヴァルデシウスにやられていることだ。その暴力的なおぞましさは身にしみている。 


「ロカ君の行動原理はアーテさんへの愛かもしれない。けれどその愛を貴方が望んでいないのなら、彼の行為は狂気にも似た執着に過ぎません」

「なるほど?」

「嫌がる貴方の心をどさくさに乗じて手に入れるための蛮勇である可能性があるのですから、ロカ君側の一方的な主張をうのみにして貴方の情報を明かすことはできませんよ。ですから貴方のことは、まだロカ君に伝えていません。隠し事の苦手な妻にもですが」

「でっ、でも、ロカのことをわたしに話すのはできましたよね?」

「では、たとえ話をしましょう。アーテさんは紆余曲折を経て、大嫌いな皇帝陛下から無事に逃げ出すことができました。新天地での暮らしは決して幸福とは言えませんが、陛下の影も形もない遠方の地ですので、少なくとももう陛下につきまとわれることはないはずです」


 ふむふむとアーテは相槌を打つ。ヴァルデシウスとの縁が切れるなら、それだけでもう楽園と言っていいだろう。


「しかし、ある日出会った得体の知れない男からこう問われます。“貴方はヴァルデシウス皇帝陛下を知っていますか?”と」

「なんですかそれ! 怖い! 誰なんですその人!? なんであの男のこと知ってるんですか!?」


 震え上がったアーテに、先生は重々しく頷く。 


「そうでしょう。貴方にとってロカ君が愛しの恋人ではなく、嫌がる貴方にしつこく言い寄った挙句地の果てまで追ってくるほど迷惑な求婚者だった場合、彼の名前を軽々しく口にすれば私の信用すら損なわれてしまいます。私とロカ君のつながりなどはどうでもいい。貴方からすれば、知らないはずの名前を私が知っていることこそおかしいのですから。こうやって言葉を交わす関係になど、到底なりえなかったでしょうね」


 そう言われ、アーテは首をぶんぶんと縦に振った。

 いくら仮定の話でも自分がロカを疎ましがるというのはぴんと来ないが、ヴァルデシウスに置き換えればよくわかる。陰でこっそりヴァルデシウスとつながっている相手となんて、安心して話せるわけがない。  


「いくら感動的で筋が通っているからといって、どちらか一方の主張だけを聞いて物事を判断するわけにはいきません。貴方の口からもロカ君の名前と肯定的な感情を聞けたなら、そこで初めて貴方達に話をしようと思っていたんです」

「そうだったんですか……」


 先生が黙っていた理由に納得できたので、アーテは小さな声でお礼を言った。先生は「お礼を言われるようなことはしていませんよ」と微笑む。  


「後で妻と話しますから、貴方のことを伝えておきましょう。ロカ君と会えるようにとりはからいますよ」

「本当ですか!」


 ロカに会える。やっと、やっとだ。帝国に囚われてからずっと夢見ていた日がとうとう実現できる。

 それは、根拠のない楽観的な願望ではなく、近い将来の予定として現実味を帯びている。これで心を弾ませるなというほうが無理だ。 


「ありがとうございます、先生っ。先生と先生の奥さんのおかげで、またロカに会えます……!」

「これは貴方とロカ君の絆が導いた奇跡です。私達は偶然結びつけられただけですよ」


 また視界が潤んでくる。ぬぐってもぬぐっても、泣き濡れた世界はずっと歪んだままだ。


 けれどいつもと違って嫌な気はしない。怒りで目の前が真っ赤になって何も考えられなくなったり、恐怖で手足がまったく動かなくなったりするような、負の感情に支配されている感覚がないからだろう。 


(ロカが生きてて、また会える……! ロカはやっぱりわたしを探してくれてたんですね。諦めてなくて、本当によかった……!)


 ロカにもらった大切な木彫りの髪飾りは、森に落としてきてしまったけれど。 

 失くしてはいけない大事なものはずっとアーテの胸の中にあった。この輝きは、この温もりは、絶対に誰にも奪わせない。

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