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花散る夜に、偽りの愛にさよならを  作者: ほねのあるくらげ
第二章

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第二十三話 血塗られた晩餐会

 いよいよ晩餐会の時間がやってきた。手のひらに嫌な汗がにじむ中、迎えの従者達に連れられてアーテはエミュとともに宮殿に足を踏み入れた。


 どこもかしこも豪華な調度品が飾ってあって目がくらむ。通された部屋には長いテーブルがあったが、席にはまだ誰も座っていない。アーテ達が一番乗りのようだ。


「ここに立ってればいいんでしょうか」

「そのようね」


 エミュとひそひそ話しながら、アーテ達は従者達に指示された通りテーブルから少し離れた場所に立っていた。


 やがて晩餐会の参加者達が続々と入場してくる。使用人がもったいぶった様子でいちいち入場者の名前を読み上げていたが、当然のことながら全員知らない名前だ。アーテはすぐに飽きて、あくびを噛み殺すのが大変だった。


(みんなすぐに席についてますね。残ってるのはあと四席で、皇帝と皇后はまだ来てないから……あ、また二人来ました。あれ? じゃあわたしとエミュ様の分の席、ないんじゃないですか?)


 所在なく立っているアーテ達を見てクスクスと笑う参加者達を見ていると、だんだん嫌な予感がしてくる。アーテはちらりとエミュを見た。エミュは穏やかな微笑を崩していなかったが、アーテを安心させるためかもしれない。


 一番乗りのアーテ達をたっぷり待たせた後、やっとヴァルデシウスとミルパメラがやってきた。これで長テーブルを囲む席がすべて埋まる。

 座っているのは全員マガツトだ。きっと王侯貴族の一等市民なのだろう。やっぱりアーテ達の席は用意されていなかったようだ。


「これはどういうことだ? 客人のための席がないとは、余の名に泥を塗る気か」


 ヴァルデシウスが威圧感たっぷりに使用人を睨みつける。震えあがっているその使用人は、晩餐会の準備の責任者か何かだろう。


「何を言う、ヴァルデシウス。席ならすべて揃っておるじゃろう。客人はみな不足なく着いておるぞ」

「お前が招いた、余の寵姫達が立たされているではないか」

「畜生を椅子に座らせて、人と同じテーブルでものを食べさせるわけがなかろう」


 ミルパメラの顔が悪意に歪む。それを見て、アーテはすべてを察した。


「挨拶もせずにいつまで立っておるのじゃ? はようぬかずけ。地を這う家畜らしくな」


 ミルパメラが嗤うと、客人達がどっと沸いた。この場には敵しかいない。


「エミュ様は妊娠してるんですよ。こんな硬くて冷たい床になんて」

「いいのよ、アーテ! 大変失礼いたしました、皇帝皇后両陛下。天舞う太陽の御子ヴァルデシウス皇帝陛下が第一寵姫エミュリエンヌならびに第二寵姫アーテリンデ、ここにおわします皆様方にご挨拶申し上げます」


 食ってかかるアーテを慌てて止め、エミュは粛々と膝を折る。


「まぁ。人の言葉を真似るのがお上手だこと。さすがは皇帝陛下、よくしつけてらっしゃいますのね」


 深々と頭を下げたエミュに、名も知らない貴婦人の無邪気な悪意が降り注ぐ。


「エミュ様……」


 アーテも渋々エミュにならった。アーテより長い間この屈辱を味わってきたエミュが、おとなしく従っているのだ。ここでアーテが騒いでマガツト達に嗤われれば、エミュがこれまでずっと不条理を呑み込んできたことすら冒涜してしまうように思えた。


(エミュ様だってきっと悔しいでしょう。でも、我慢してるんです。エミュ様の足は引っ張れません)


 屈辱に手を震わせるアーテとは対照的に、エミュは優雅な笑みを崩していない。マガツトの前で行儀よく・・・・振る舞い続けるのは、たとえ壊れていても損なわれない彼女の強さの証明のようだった。


「どういうつもりだ、ミルパメラ」

「わらわはそなたのペットをペットとして扱っているだけじゃ。まさか不満などあるまい?」


 ミルパメラは笑っているが、瞳には燃えるような怒りが隠れている。


「それは……」


 さすがのヴァルデシウスも困っているようだ。そんな夫婦の様子を見て、アーテは内心で呆れ返る。


(わたし達に嫌がらせしつつ、夫婦喧嘩も続けられる、と。いい迷惑です)


 ヴァルデシウスは小さくため息をついてやれやれと首を横に振った。それで話を終わりにしたらしい。もとより彼の助けなんて期待していなかったから、彼の反応なんてどうでもよかったが。


 給仕達が料理を運んできた。意外にもアーテ達のところにも同じメニューが運ばれてきたが、カトラリーはない。


(動物らしく手づかみで……ううん、直で食べろってことでしょうか)


 好奇の目を向ける参加者達の期待を肌で感じたアーテは、ためらわずに皿に顔を突っ込む。


(あの女がわたし達を呼んだのは、笑いものにするためです。わたし達に立場をわからせて、それを見ながらご飯を食べたいんでしょう。……エミュ様にばっかり恥ずかしいことはさせられません)


 口の周りについた前菜の食べかすを舐め、アーテはまっすぐ前を向く。エミュにだけ聞こえるように小さな声で囁いた。


「エミュ様。かがむの、おつらいでしょう。わたしがやりますから、少しでも楽にしていてください」

「……ごめんなさい、アーテ」


 エミュはためらいがちに顔を上げた。「やっぱり味なんてわかりませんから、後でメグリムさんにちゃんとしたご飯、作ってもらいましょうね」と笑いかけると、エミュは目元を潤ませながら小さく頷いてくれた。


 みっともなく食べ散らかすアーテの滑稽な姿に参加者達の視線は釘付けだ。「下品だ」とか「はしたない」とか口では囁きつつも、誰も彼もがこの低俗な娯楽を消費している。

 下等な存在の観察は、歪んだマガツトの性根にはぴったりの遊びのようだ。アーテに注目が集まっているから、エミュが控えめな手づかみで食べるふりをしていても誰も気にしていなかった。


 アーテはわざとぴちゃぴちゃ音を立ててスープを舐め、口の周りをソースでべたべたにしながらステーキを噛み千切る。ミルパメラが獣の鳴き真似をしてみろと命令するから、望み通りワンワンと言ってやった。夫の不倫に腹を立てた正妻が、これで怒りを鎮めてくだらない嫌がらせをやめてくれるならしめたものだ。


 実際のところ、可憐な少女が野性味あふれた振る舞いをして汚れていく姿に何人かが生唾を呑んでいたのだが、皇帝の手前その欲情が表に出ることはなかった。

 アーテの無様な姿を見てミルパメラも機嫌を直したようだ。「どれだけ毛並みがよかろうと、しょせん家畜は家畜じゃな」と嬉しそうに呟いている。


 きっとアーテの下品な姿を見せてヴァルデシウスに幻滅してもらいたかったのだろう。ヴァルデシウスは険しい顔をして黙り込み、アーテを睨むように力強く見つめている。彼もアーテから興味をなくしたに違いない。いいことずくめだ。


 最後にデザートのタルトが出て、晩餐会はお開きになった──はずだった。


「わらわとしたことが、忘れるところじゃった。エミュリエンヌ、そなた、身体のほうはもう安定したのではないかえ?」

「え? え、ええ」


 唐突にミルパメラから話を振られ、エミュは戸惑いながらも頷いた。ミルパメラはにんまりと笑い、傍らの従者に何か囁く。


「実はわらわから懐妊祝いの品を用意してあるのじゃ。本当はもっと早く渡すつもりじゃったが、そなたの身体のことを考えると時機を見計らったほうがよいかと思ってな。そろそろいい頃合いじゃろう」

「光悦至極に存じます、皇后陛下……!」

(一体どういう風の吹き回しでしょう。メグリムさんの話だと、この女はエミュ様の妊娠に怒ってたはずなのに)


 アーテは内心首をかしげた。それに、身体のことを考えて時機を待つというのもわからない。


「持ってまいれ」


 ミルパメラが手を叩くと、銀の盆を手にした四人の使用人達が晩餐室に入ってくる。


 ──その盆の上に載っていたのは、人の頭だった。


「そなたのために作った品じゃ。声も出せないほど気に入ったかのう」


 中年の男女の頭と、青年の頭。耳は横に長く尖っている。本物のように精巧な土気色のそれは、怒りとも悲しみともとれるような顔で目を閉じていた。最後の一つは頭蓋骨だ。いずれも頭頂部がくりぬかれていて、悪趣味な容器のようになっていた。


「何年か前に買ってすぐに殺した奴隷どもではないか。お前は本当に死骸を剥製にしたり屍蝋化させたりするのが好きだな。よりにもよってそれを贈るのはどうかと思うが」


 ヴァルデシウスがうんざりとぼやく。それを聞き、アーテの顔から血の気が引いた。


(じゃ、じゃああれ、本物の死体ってことですか?)


 胃の中のものが逆流しそうだ。だが、ミルパメラの猟奇的な所業を見ても、マガツト達は平然としている。慣れているのだろう。


「そなたが余の蒐集品を覚えておるとは。珍しいこともあるものよ」

「そのメスの仔尖り耳が目を離した隙に焼身自殺をしたとか何とかで、お前がひどく騒ぎ立てたからな。一家揃えて飾りたかったのに台無しだ、と」


 ヴァルデシウスがため息をつく。愛しい人に話を覚えていてもらっていたからか、ミルパメラは嬉しそうだ。


「うむ。そうじゃ。しかし今、こうして家族を揃えることができた」

「……え?」


 胸がざわめいた。アーテはぎこちなくエミュを見る。エミュは絶句したまま微動だにしない。


「ほれ、エミュリエンヌ。五年ぶりの家族との再会じゃ。嬉しかろう?」


 ミルパメラの邪悪な笑みに、大事な何かがぷつんと切れる音がした。


「いや……いや、いやぁぁぁっ!」

「エミュ様!」


 絹を裂くような絶叫とともに、エミュは髪を振り乱して泣きわめく。


「嘘よ! そんなはずがないわ! だって皇帝陛下は守ってくれるって! だからわたくしは、わたくしはぁっ!」


 取り乱すエミュを抱きしめながら、アーテはヴァルデシウスとミルパメラにありったけの敵意をこめて睨みつけた。


 こんなことになったのは、あの男の適当な口約束とあの女の残酷な遊びのせいだ。

 当事者のヴァルデシウスが困惑した様子でエミュを見ているのが、余計にアーテの神経を逆撫でした。きっとあの男は、エミュが何のために身を売ったのか覚えてもいないのだろう。


「あれはお父様じゃないお母様じゃない、お兄様でもレアでもない。そう、そうよ、大丈夫、わたくしはわたくしは」

「エミュ様……しっかりしてください、エミュ様!」


 必死にエミュを支えるアーテだったが、ふと下を見るとエミュの足元に血だまりができているのがわかった。


「ねえ、誰か! 薬師さんはどこですか!? 助産師さんも呼んでください! このままだとエミュ様と赤ちゃんが危険です!」


 なりふり構わず叫ぶと、それまでは見世物の延長としてこの光景を楽しんでいたマガツト達がにわかに慌て始めた。エミュのためではない。エミュのお腹にいる、皇帝の子のためだ。


 使用人達が急いでエミュに駆け寄り、アーテを突き飛ばしてエミュをどこかに連れて行ってしまった。後を追おうにも、晩餐室の外がどうなっているかわからない。


「大丈夫か、アーテリンデ」


 厳かに立ち上がったヴァルデシウスはアーテを助け起こしたが、アーテはその手をすり抜けた。その気まずさをごまかすように、ヴァルデシウスは咳払いをしてミルパメラに向き直る。


「さすがに度が過ぎるぞ、ミルパメラ。エミュリエンヌは余の無垢腹を宿している。何かあったらどう責任を取る気だ」

「皇族にふさわしいような良い魔力を持つやや子・・・であれば、下種のはらを食い破ってでも産まれてくるじゃろう。そうでないのなら、最初から無価値な肉塊だったというだけのことじゃ。魔力を調べる手間が省けたのう」


 ミルパメラは平然と言い放った。その言い分に、他のマガツトも納得したような顔をする。


(マガツトをおだてていいように転がすなんて絶対に無理なんです。この血も涙もない悪魔達には、言葉なんて通じないんですから)


 アーテは深い呼吸を繰り返す。そうでなければ怒りが爆発してしまいそうだった。


「此度の晩餐でわかったじゃろう? あの売女もそこのあばずれも、しょせんは汚らわしい畜生よ。ヴァルデシウス、いつまでも家畜風情にかまけていないで皇帝おうたる者の責務を果たせ」


 アーテに獣の真似をさせてはずかしめ、世継ぎ候補を身ごもっていたエミュを蹴落として。ミルパメラはヴァルデシウスを熱っぽく見つめた。彼に愛され、彼の子を身ごもっていいのは自分だけだというように。


 ミルパメラは倨傲な笑みを浮かべていた。ヴァルデシウスもそれを理解してくれたと、彼女は信じて疑っていないのだろう。


「そうだな。ミルパメラ、お前は余に大切なことを思い出させてくれた」

「それでよいのじゃ、ヴァルデシウス」


 しかしヴァルデシウスは、アーテをぐいっと抱き寄せる。


「ちょっ、何するんですか!」

「ミルパメラ。余の断りなく余の所有物に手を出すその傲慢さ、いくらお前が皇后と言えどもその振る舞いは目に余る」

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