第二十二話 晩餐会への招待
『後悔してももう遅いぞ』──ミルパメラの言葉はヴァルデシウスに向けられていたが、実害をこうむるのはアーテだった。不本意な密会をミルパメラに目撃されてから、妙なことがたびたび起こるようになったのだ。
「ダメだね。これも腐ってやがる」
「ごめんなさい、メグリムさん。エミュ様にも迷惑かけちゃって」
「何言ってんだ、アンタが謝ることじゃないだろうに! エミュリエンヌ様もそうおっしゃるさ」
しゅんと肩をすくめるアーテを笑い飛ばし、メグリムは腐った果実と魚を選別しながら厨房のごみ箱に捨てていく。
週に一度プリゼイル宮に搬入される食料品に生ごみが混ざるようになったのは、きっとミルパメラの嫌がらせの一環だ。
彼女の行為はかなり陰湿だった。他にも、ヴァルデシウスがいない時を狙って敷地内に動物の死骸が投げ込まれたり、『ヴァルデシウスからの贈り物のドレス』という名目でズタズタに切り裂かれた汚い布が届いたり。プリゼイル宮の外に出ないアーテの耳には届かないが、もしかすると皇宮でも何かしらの悪評が広まっているのかもしれない。
(マガツトに悪く言われるのも、あの男の求心力が落ちるのもどうでもいいですけど、メグリムさん達を巻き込んだ嫌がらせをされるのは困ります)
食べ物を粗末にするのも許せない。トツヒトとハフリトから奪った土地で育てた食べ物なのに。別の国から巻き上げてきたものもあるだろう。略奪の上に築かれた国の支配者は、枯渇の恐怖と満たされていることのありがたみを知らないに違いない。
なにせ、奴隷は放っておいても勝手に増えると思っているような女だ。それはこの国の王侯貴族の一般的な価値観なのかもしれないが、マガツト以外のありとあらゆる生命の価値がこの国では著しく低かった。
(かといって、あの男に告げ口してやめさせてもらうのはできません。だってあの男も、わたしに嫌がらせするのが好きですから。……もし助けてくれるとしても、あの男の力を借りるのは絶対に嫌だし、多分あの女はもっと怒るでしょう)
憂うアーテの横顔を、メグリムが心配げに覗き込む。
「本当に気にするんじゃないよ。エミュリエンヌ様が妊娠した時のほうがよっぽど大変だったんだから」
「そうなんですか?」
「皇后陛下が皇帝陛下に嫁いでからずっとご懐妊のきざしはなかったのに、国なしのエミュリエンヌ様が先に御子をご懐妊なさったから宮廷は上も下も大騒ぎさ。あの時の皇后陛下の荒れようは相当なモンだったよ」
メグリムは声を抑えてひそひそと囁く。ヴァルデシウスはミルパメラを雑に扱っていたが、ミルパメラからヴァルデシウスに向ける感情はきっと違っているのだろう。あの男の何がいいのか、アーテにはさっぱりわからないが。
「エミュリエンヌ様はすぐに皇帝陛下に助けを求めたから、嫌がらせは一瞬で収まったけどね。皇帝陛下は女の敵だけど、ようやくできたお世継ぎ候補は大事にしたかったんだろ。アンタもつらかったら皇帝陛下に助けを求めなよ」
(意地を張ってる場合じゃないのかな……)
エミュも選んだ道だと聞いて、アーテの決意がわずかに揺らぐ。メグリム達のためにヴァルデシウスを頼ってみるか、それとも嫌がらせを甘んじて受け続けるか。考えても答えは出なかった。
*
「晩餐会?」
「うむ。ミルパメラがどうしても、今晩の晩餐会にお前とエミュリエンヌを招きたいと言って聞かなくてな」
今日のヴァルデシウスの渡りには珍しく先触れがあったし、アーテと二人きりになろうとしなかった。だからといって、居間に押しかけてきた彼が持ってきた話が明るい話題かと言うとそうでもない。
明らかに罠としか思えない誘いを聞いて、アーテはちらりとエミュを見た。
「皇后陛下のお慈悲に感謝いたします。ぜひうかがわせていただきますわ。ね、アーテ」
(あの女がどういうつもりでわたし達を呼ぶのかはわかりませんが、断ったらエミュ様の立場がないですよね。一人だけ行かせるわけにもいきませんし)
皇帝ヴァルデシウスと口を利くことを禁じられているメグリムと、迷いながらもアーテの意思を尊重して口をつぐむことを選んだエミュ。二人のおかげでミルパメラからの嫌がらせの事実は明らかになっていない。あるいは、ヴァルデシウスはすべてを知っていてなお些事だと切り捨てているのかもしれないが。
「は、はい……」
アーテは引きつった顔で頷いた。目的を果たしたヴァルデシウスは満足そうだ。エミュもニコニコしている。
「時間になったら迎えをよこす。それまでに準備を済ませておけ」
「かしこまりました、皇帝陛下。アーテ、せっかくだから帝国式のマナーのレッスンをしない? 宮殿での晩餐会だもの、失礼があってはいけないわ」
「えぇっと……そうですね?」
アーテは曖昧に頷いた。
(さすがにこの男も、晩餐会で膝の上に乗せてこようとはしないでしょう)
ちらりとヴァルデシウスに視線を送る。何故だか少し残念そうな顔をしているが、「余が食べさせてやるからそんなものは覚えなくていい」という言葉を飲み込んだからではないと思いたかった。
「エミュリエンヌ、アーテリンデをよくしつけておけ。本当は余が自ら教え込んでやりたいところだが、本番前に体力を使い果たされては敵わんからな」
「あなたに教わることなんて何もありません。近づかないでください。蹴りますよ」
ヴァルデシウスの好色そうな眼差しをぴしゃりとはねのける。相変わらず気持ち悪い男だ。
わざと含みのある言い回しをするヴァルデシウスと嫌悪をむき出しにしたアーテを見て、エミュは困ったように目をそらしながら気まずげに微笑んでいる。アーテが暴れるせいで魔法の罰が下るだけなのだが、何か勘違いされていないことを祈りたい。
邪魔なヴァルデシウスが帰ったので、そのままアーテはエミュと一緒にマナーのレッスンとやらに取り組んだ。
「覚えることがたくさんあって大変ですね……。こんなにたくさんのことを考えながら食べてたら、ごはんの味なんてわかんなくなっちゃいそうです」
料理の食べ方や料理ごとのカトラリーの違いなどを頭に詰め込んだアーテがぐったりしていると、エミュは優しく頭を撫でてくれた。
「わたくしがそばでフォローするから、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「ありがとうございます、エミュ様」
エミュは五年の間で帝国式の高貴なしきたりを身につけたようだった。
氏族の姫たる者、異国であってもその名に恥じないような振る舞いを心がけているのだろう。それは侵略者に迎合したというより、未開の蛮族だと馬鹿にしてくる異民族に侮られないための武装のように思えた。
(相手のことを知るのは大事だってロカも言ってました。やっぱりエミュ様はすごいなぁ)
アーテはエミュに羨望の眼差しを向ける。城での晩餐会は憂鬱だが、隣にエミュがいてくれるならきっと大丈夫だろう。




