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花散る夜に、偽りの愛にさよならを  作者: ほねのあるくらげ
第二章

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第十九話 氷霧の恋

「わたしをペットみたいに扱っておいて、何が好待遇ですか。感謝しろって、一体何に? わたしはあなたの自己満足に付き合わされてるだけなのに」

「フフ、相も変わらずよく吠えるな」


 ヴァルデシウスは真面目に取り合わず、アーテリンデの耳の中に舌を這わせる。アーテリンデは反射的に悲鳴を上げて身体を弓なりにしならせたが、それでも果敢に言葉を続けた。


「そっ……そっちが一方的に、わたしをさらってきたんじゃないですか。ペットのお世話をちゃんとしてるからって、そんなことで威張らないでください。子供じゃあるまいし」


 唖然とするヴァルデシウスをよそに、アーテリンデは身体をくねらせてやっとヴァルデシウスの膝の上から逃れた。

 とっさにヴァルデシウスは手を伸ばしたが、冷たい床の上にしゃがみこむアーテリンデを捕らえられない。デコルテを腕で覆い隠し、アーテリンデはキッとヴァルデシウスを睨みつけた。


「そもそもあなた達が略奪に来なければ、わたしがここに連れてこられることもなかった! わたしが奴隷になったのはあなたの都合で、わたしに構うのはあなたが勝手にやってることじゃないですか! わたしのためを思ってやってくれてるわけでもない! 独りよがりで上から目線の好意を押しつけて、感謝するのを強要しないでください!」


 その悲痛な叫びを聞き、ヴァルデシウスは困惑しながらアーテリンデをしげしげと眺めた。


(何故余の思い通りにならない? 一体何がここまでアーテリンデをかたくなにするのだ?)


 傲慢で気が強いだけの女なら知っている。その筆頭が、三年前に政略で迎えた妃ミルパメラだ。


 美しくて魔力も優れているので皇后としては申し分ないが、苛烈な性格かつ独占欲が強いせいで辟易することもままあった。

 ミルパメラはただ気が強いだけでなく、気性の荒さに釣り合うだけの実力がある。だからヴァルデシウスにも生意気な態度を崩さない。

 しかしそんな彼女でさえ、ヴァルデシウスに対して一歩下がるラインはわきまえていた。口ではぐちぐち言いながら、最後にはおとなしく従うのだ。


 高慢がドレスを纏ったようなミルパメラでさえ、ヴァルデシウスにはこうべを垂れる。他の有象無象の女達は言うまでもない。

 どんな時でも従順で、目を潤ませて頬を赤らめ、黄色い声で媚を売る。たとえはじめはツンと澄ませてみせていようとも、すぐにヴァルデシウスの虜になった。


 アーテリンデだけなのだ。弱いくせにヴァルデシウスに逆らい続け、見惚れすらしない女など。


 美貌、魔力、そして血統。そのすべてがヴァルデシウスを世界の支配者たらしめている。そのおかげでヴァルデシウスは万人を跪かせ、思い通りに動かしてきた。

 しかし目の前にいる少女は、ヴァルデシウスの美貌に酔うどころかヴァルデシウスを色香で惑わせてくる。腕力で敵うこともないのにでたらめに暴れるし、何度罰の痛みを受けようとも抵抗をやめない。魔力を持たない劣等人種、野蛮な未開の土着人の分際で。


「余がこれほどお前に目をかけてやっているというのに、何がそれほど気に食わないというのだ」

「全部! 全部全部大嫌いですっ! この国も、この国の人達も、もちろんあなたも! 目をかけてほしいなんて言ってない!」

「!?」


 ヴァルデシウスはこれまで、他者に本気で否定されるという経験をしたことがなかった。帝国の頂点に君臨し、優秀な魔力と白皙の美貌を持つ統治者を、ドラクレイユ人は畏敬の念をもって祀り上げていたからだ。帝国内の非ドラクレイユ人に至っては言うまでもない。


「嫌い……だと……?」


 人によっては恐怖の象徴とすら言えるヴァルデシウスに、正面切って嫌悪と拒絶を突きつける。そんな勇者は今まで存在しなかった。


「それは、余に言ったのか?」

「……っ!」


 ヴァルデシウスは底冷えのする声で尋ねた。アーテリンデはさっと顔を青ざめさせるも、吐いた唾は飲み込めないとばかりにまっすぐヴァルデシウスを見据える。


 震えるこぶしを握りしめてうずくまる少女に、ヴァルデシウスは威圧感に満ちた黒い笑みを見せた。


「戯れはこれで終いだ」


 室内の空気が一気に冷え込んでいく。ヴァルデシウスはアーテリンデに向けて手をかざした。異様な迫力を感じ取ったのか、アーテリンデの目にじわじわと涙が浮かぶが、それでも彼女は目をそらさなかった。


 ヴァルデシウスは大きく息を吸って吐く。その瞬間、凍てつくつぶてを伴った冷気が彼の手のひらから渦巻き──


「な、なんですか、これ……」


 きらきらと輝く氷霧に包まれながら、アーテリンデは戸惑いがちに周囲を見渡した。

 それもそうだろう。部屋中に、ガレトマの花を模した氷の結晶が散らばっているのだから。


「……余の魔法で作り上げし氷細工だ。太陽の寵愛を受けし余から生まれた物ゆえに、この氷も決して陽光では融けぬ」

「そういうことを聞きたいわけじゃないんですけど」


 アーテリンデの言葉を無視し、ヴァルデシウスは氷の造花をアーテリンデの髪に絡ませた。


「いかなる時もこの花を身につけておけ。これは命令だ、アーテリンデ。……お前はこの国の何もかもが嫌いだと言ったが、それでも例外ぐらいはあるだろう? はて、この館にいる女どもの名は何と言ったか」

「卑怯者……!」


 氷の花の髪飾りをさっさと引き抜こうとしたアーテリンデは、その手をぴたりと止めてわなわなと身体を震えさせる。おどしの効果はてきめんだったようだ。ヴァルデシウスはにやりと笑い、アーテリンデの頭をぽんぽんと撫でた。


(アーテリンデ。何故お前のことがこれほど気にかかるのか、やっとわかったぞ)


 それは恐らく、一目見た瞬間からそうだった。彼女を選んだのは気まぐれではない。必然だったのだ。


(いや、今までは目をそらしていただけだったのだろう。尖り耳相手にありえない、と。だが、ついに認める時が来てしまったのだ)


 媚びへつらうばかりの有象無象の女とは違う、魂の強さ。

 たとえ敵うはずがない相手だろうと迷わず立ち向かえる気高さ。

 弱い存在でありながら、己の無力さを言い訳にしない健気さ。

 それらすべてが、この美しい少女をさらに清らかなものへと輝かせている。

 アーテリンデのまばゆさは、まるで太陽そのものだった。


(戯れではなく、余は……余は、本当に、お前のことが……)


 熱く高鳴る鼓動を冷気で静めようとするも、この熱は一向に冷めやらない。陽光の加護を受けし竜の皇帝ヴァルデシウス、二十二歳にして初めての恋だった。

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