第十八話 愛玩
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ヴァルデシウスはアーテリンデに様々なプレゼントを贈った。宝石やドレスはもちろん、花や珍しいお菓子もだ。だが、そのどれもがアーテリンデの心を溶かすには足りなかった。
何を贈っても、アーテリンデは顔をこわばらせるばかりで喜びもしない。受け取るよう命じているので受け取るが、これでは贈りがいというものがなかった。当然、彼女を御せている手ごたえもない。
そのせいでヴァルデシウスはいっそうムキになり、難攻不落の城砦をどう攻め落とすか考える時間が増えていく。肉欲に溺れ、思考まで染められるとは。皇帝たる自分がここまで何かに振り回されるのは初めてだった。
「どうした? 食べないのか?」
アーテリンデを膝に乗せて抱きかかえるヴァルデシウスの前には切り分けられたチョコレートタルトがある。高級な素材を惜しみなく使って宮廷菓子職人に作らせた、宮廷での会食でも出される由緒正しいタルトだ。
だが、アーテリンデは不服そうだった。ヴァルデシウスが持っている、一口分のタルトを刺したフォークを嫌そうに見ている。
「お前が食べないというのであれば、これを作った職人は後で罰しておくとしよう。余に恥をかかせた罪は重いのだから」
「わかりましたよ。食べますから、そんなことしないでください」
アーテリンデは居心地悪そうに身をよじった。
「自分で食べれますから、離してくれますか」
「この部屋に椅子は一つしかないではないか。よもや立ったまま物を食べる気か?」
逃がさないように、ヴァルデシウスはアーテリンデをしっかりと抱く。散々暴れる彼女を捕まえて膝の上に座らせるのは、ヴァルデシウスにとっては軟毛獣の仔を抱きかかえるのと同じような感覚だった。しなやかでありつつも程よく肉のついた彼女の身体は柔らかくて抱き心地がいい。
(みゃあと鳴いて可愛らしくすり寄ってくるのもいいが、懐かぬペットもそれはそれで愛いものだ)
ヴァルデシウスはアーテリンデの肩に回した片手で、細い首筋を通って無防備な喉を撫でる。アーテリンデはびくりと身体を震わせた。
「ゆっ……ゆ、床に座ります」
「みっともない真似はよせ。余の寵姫たる自覚が足りないようだな」
「……じゃああなたが立てばいいんじゃないですか? そしたらわたしは椅子に座れま──っ!?」
問答を一通り楽しんだので、アーテリンデの口をタルトで塞ぐ。
その時、ブランデーを混ぜて作ったチョコソースがわずかに垂れた。アーテリンデにはデコルテの開いたドレスを着せていたので、彼女の豊かな双丘の上に小さな茶色い雫がぽとりと落ちる。
そのまま彼女の口元を手で押さえていると、アーテリンデは諦めてタルトを咀嚼してゆっくりと飲み込んだ。
「美味だろう? 本来なら下種では目にすることもできないような最高級の品だぞ」
「……」
ヴァルデシウスも同じフォークでタルトを一切れ口に運ぶ。舌の上で蕩けていく甘美で濃厚な味わいは、王侯貴族の特権だ。しかしアーテリンデの表情は曇っている。
「どうした。余に何か言うべきことがあるのではないか?」
ヴァルデシウスはフォークを置き、アーテリンデの顎をぐいと掴み上げて顔を天井に向けさせた。彼女の柳眉が歪んだが、それに構わずヴァルデシウスは剥き出しになった首筋に舌を這わせる。
「余はお前に食事と上質な服を与え、清潔な環境に置いてやっている。それのみならず、贅を凝らした贈り物までくれてやっているのだぞ」
そう言いながら、ヴァルデシウスはもう片方の手をアーテリンデのビスチェの中に突っ込むとたわわに実った果実を直接乱暴に揉みしだいた。
「っ! やめてください……!」
悲鳴を上げて涙目で震えているアーテリンデを見下ろしていると、溜飲も下がるというものだ。
(どれだけ生意気な口を聞こうと、しょせんはただの弱いメスだな。だというのにいつまでも虚勢を捨てないところが面白いのだが)
アーテリンデは怯えながら、それでも拘束から逃れようと必死でもがいている。だが、力の差からそれも叶わない。
第一、暴れたはずみでヴァルデシウスをひっかいたり蹴飛ばしたりしようものなら、その傷とは比べ物にもならないほどの苦痛が自分に返ってくるのだ──襲い来る痛みに涙しながら、それでも足掻く姿のなんといじらしいことか!
「せっかくお前のために用意したタルトなのだから、残さず食べるといい。ほら、余が手ずから食べさせてやる」
手のひらに吸いつくような甘いふくらみをじっくり堪能したヴァルデシウスは、アーテリンデの胸についたままだったチョコソースを指でぬぐい取った。
チョコのついた指をアーテリンデにくわえさせると、瞬く間に噛みつかれる。きっと反射的にそうしてしまったのだろう。罰を受けて苦しげにうめくアーテリンデの口からあふれたよだれがヴァルデシウスの骨ばった長い人指し指を伝った。
「まったく、しつけのなっていないことだ。主人に歯向かってはならぬといつになったら覚えるのだ?」
しかしその反抗的な態度こそが健気で微笑ましい。くつくつと笑いながら、指をさらに深く押し込んでしゃぶらせる。挟み込む唇は柔らかく、口腔内はしっとりと温かい。
アーテリンデはえずき、口内に侵入した異物を舌で必死に押し返そうとしていた。その絶妙な刺激こそヴァルデシウスを昂らせているだなんて、彼女はきっと気づいていないのだろう。
「自分がいかに恵まれた立場にあるかよく考えるといい。他の下種がお前を見れば、あまりの好待遇ぶりに涙するであろうよ」
これ以上は自制が利かなくなりそうだ。ヴァルデシウスが指を引き抜くと、アーテリンデは激しくむせて床に唾を吐いた。
「それともお前に、真の家畜の暮らしぶりを味わわせてやろうか? そうすれば、愚かなお前でも余の慈悲深さを理解できるはずだ」
ヴァルデシウスは嗜虐的に笑ったが、そんなことを実行するつもりはない。いくら本能が魔力のないメスを求めるといっても、ガリガリに瘦せこけた不潔で醜いメスなど視界に入れたくもないからだ。そんなメスを抱くだなんて想像しただけでぞっとする。
好き者が買う使い捨ての売春婦と、自分のように高貴で高潔な者が侍らせる高級娼婦は違うのだ。もちろん、低俗な売春窟で飼われる玩具どもとも。
(余が見初めてやらなければ、この美しき森の宝石もそういったところに堕とされていたかもしれん)
ヴァルデシウスはアーテリンデの長い髪を一房掬う。つやのある亜麻色の髪の毛はさらさらで柔らかく、どんな絹より触り心地がいい。その髪の毛先を指に絡めながら、彼女の耳元で囁いた。
「言ってみろ、アーテリンデ。満ち足りた生活ができているのは誰のおかげだ?」
「満ち足りた生活? 笑わせないでください。そんなものが一体どこにあるんです?」
アーテリンデの声は上ずっていたが、蜜色の目だけはぎらぎらと輝いている。己の中の恐怖に打ち勝って叛逆を続ける、運命と戦う者の目だった。




