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花散る夜に、偽りの愛にさよならを  作者: ほねのあるくらげ
第一章

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第十話 ロカ

* * *


 里がマガツトに襲われ、アーテが彼らにさらわれる、ほんの三時間前。

 ネイカ大森林をぐるりと回ってすべての里での行商を終えたロカは両親と共にカンナビの外に出て、一番近いトツヒトの国内でいくつかの集落を経由しながらその国の首都を目指していた。


「おいロカ、荷車で本を読むと酔うぞー?」

「大丈夫だよ父さん、慣れてるから」

「本を読むのもいいけどねぇ。盗賊が来てないか、ちゃんと後ろを見ていてくれないと」

「……ごめんなさい」


 御者台に座って輓獣ばんじゅうを操る両親からそう声がかかるのは、ロカの行動パターンを見越してのことだ。ほろのかけられた荷台に座っていたロカは仕方なく本を閉じ、彼方に広がる草原を見た。特に異常はない。平和そのものだ。


(アーテのお土産、何がいいかな。里じゃ手に入らない、珍しいものがあるといいんだけど。綺麗な織物……は、あいつが織ったやつよりいいものはないから駄目だ)


 ロカは羽織っていたフード付きのマントを撫でる。渋みがかった黄緑色のこのマントは、去年の誕生日にアーテから贈られた、世界に一つだけの宝物だ。


(ぬいぐるみは、もう子供じゃないって怒られるかな。でもあいつ、可愛いの好きだし。それから、美味しいお菓子……そうだ! 去年見つけたマドレーヌってやつ、すごく喜んでくれたから、今年も買ってこよう。あるといいんだけど)


 まだ旅は長いが、ロカの頭の中は故郷で待っている愛しい幼馴染みのことでいっぱいだった。勉強のためにカンナビを出ているのにこれでは締まらないと両手で頬をぱちんと叩くも、すぐアーテのことを思い出してしまう。だって、だって、この旅から帰ったら自分達は──


(これでもう、僕達はただの幼馴染みじゃない。アーテの隣に立っても堂々としてられるんだ)


 可憐で快活なアーテは里のみんなの人気者だ。狩りも木登りも下手で根暗なロカが付きまとっていい相手ではないと、同世代の少年達に非難されたことは一度や二度ではない。今となってはそんな揶揄を受けることはなくなったが、幼い頃はひどかった。


 彼らの指摘はもっともだと思ったので、かつてロカは彼女の前から消えようとした。自分のせいでアーテの足を引っ張りたくなかったのだ。だが、それを許さなかったのは他ならないアーテだった。


 独りよがりな理由で孤独を選ぼうとしたロカを叱り、いじめっ子達まで追いかけ回して反省させた、幼い日のアーテ。ロカが初恋を自覚したのはその頃からだ。


 アーテのためにかかわるのをやめようと思ったけれど、本当はアーテと離れるのが嫌だった。アーテも嫌だと思ってくれていた。その事実だけで十分だった。


 彼女が無邪気に笑っていられる世界を守りたい。ずっとずっと笑顔でいてほしい。けれど世界には見えない脅威がたくさんある。

 未来がどうなるか、誰にだってわからない。だから何が起きても大丈夫なように、ロカは力がほしいと思った。ロカにとっての力とは知識だ。この世には自分の知らないことも、知らなければならないことも多すぎた。


 本を読み、外の世界をこの目で見る。そうすることで世界からわからないことが一つ消える。学ぶことは楽しかった。

 知識をどんどん蓄えていけば、世界に満ちる謎を解くことができる。もしかしたら、ハフリトでも魔法を使えるようになるかもしれないし、神の奇跡も人の力で再現できるかもしれない。そうすれば、百年に一度しか咲かない星魂花を人為的に咲かせて、七年前にアーテと交わした約束を果たすことだって夢ではないだろう。きっとアーテは喜んでくれるはずだ。



 古い荷車はがたごとと音を立てながら首都の街門に入る。この国は平和なのでどこも検閲が緩い。平和なおかげか、ハフリトだと知られていても露骨な差別は受けなかった。遠巻きにはされるが、客はちゃんと来るし商品だって売ってもらえる。

 もう少し厳格な国であればトツヒトのふりをしているが、ロカも両親もトツヒトの言葉を難なく操れるので怪しまれることはなかった。元は同じ民族から分かたれたものだから、外見的な差異はほとんどないのだ。トツヒト達が古語と呼ぶハフリトの言葉から、トツヒトの使う言語が生まれた。派生した言語それぞれの特徴さえ押さえておけば、会話や読み書きに支障は出ない。


 行商っていうのは商品を売って情報を仕入れるためのものなんだ、と豪語する父は、その言葉通り巧みに客を呼び寄せて会話を引き出しつつ、里で作られたものを次から次へと売っている。金銭の受け渡しは母の担当で、ロカは有益な情報を記録しておく係だ。


(この国の王は、相変わらずマガツトには否定的みたいだ。うちのカンナビがマガツトへの上納品・・・にされる心配はしなくてよさそうだな。でも、近くにある親マガツト派の国がきな臭い動きをしてるのは少し気になる。最悪、この国ごと上納品にされるかも……)


カンナビ全体の安寧を守るには、トツヒトの国々の情勢も知っておかないといけない。市井で囁かれるお偉方の動向が自分達にどう影響するか、精査するのもロカの役目だった。


「ロカ、そろそろ休憩にするからお前も街を見て回ってきたらどうだ? どうせ本屋に行くんだろ」

「はいこれ、あんたの分の午前の売り上げ。大事に使いなさい」

「ありがと。結構売れたみたいだね」


 手先の器用さを活かして自作した木彫り細工の売れ行きは上々のようだ。一番人気なのは、各家庭それぞれの特色が出る多種多様な果実酒のようだが。アーテの織物がかけてあった場所をちらりと見ると、そこにはもう何もない。アーテの技術が認められたようで嬉しくなった。


 里の人達から預かった品物の売上金はロカの母がきちんと家ごとに管理している。だが、トツヒトの通貨なんてハフリトに意味はない。売上金の中から手数料だけもらったら、後はその家のために保存食やら日用品やらを買いこんだり、あらかじめ頼まれていた買い物の資金にするのだ。

 ロカが出品した物が売れたなら、手数料以外はロカの個人的なお小遣いになる。息子から手数料を取るなと言いたいが、その手数料で我が家もトツヒトの街で買い物ができるのだから甘んじて受け入れよう。


 昼食を取る前に、女の子が好きそうな物がある店を探す。予算には限りがあるので、食堂や本屋に行くのはアーテへのお土産を買った後でいい。

 いざ見つけてもそのきらびやかな店構えを前にすると毎回気後れしてしまうが、それでもアーテの喜ぶ顔が見たいという気持ちがまさるのもいつものことだ。


「……ん?」


 大通りを歩いていると、頭上で何かがきらめいた気がして、ロカは空を見上げた。少しぼんやりした春の穏やかな青空に、太陽の光を受けて輝く銀色の甲冑がいくつも浮いている。ロカがそれに気づいたのと、近くで爆発音と悲鳴が聞こえてきたのはほとんど同時だった。


「この街にいるすべての尖り耳に告ぐ! 我らこそが太陽の加護を賜る地上の支配者、陽竜の民ドラクレイユである!」


 ロカは急いで物陰に身を潜めて爆風に耐える。瓦礫が崩れる音や人々の騒めきに混ざって、ここで聞こえるはずのない言語が響いた。マガツトの言葉。あの空に浮いている甲冑のリーダー格が発しているらしい。街中に響くような、大きな音だ。けれどその言葉が通じる者がどれだけいるだろうか。仮に通じたとしても、理解できるかは別の話だが。


「畜生にも劣る下種どもよ、光栄に思え! この国は此度の啓蒙出兵の地に選ばれた! すでにこの街は我が軍が包囲している! すべてを照らし導く太陽の名のもとに、己の愚かさを悔いて跪くがいい!」


 住民からすれば、突然現れて意味のわからない騒音をまき散らす侵略者だ。魔法という脅威だけはわかるが、だからこそおとなしくしていられるはずがない。逃げ惑う住人達は全身に鎧を身に着けたマガツトの攻撃魔法を受けて、ばたばたとその場に倒れ伏していく。


(まずいぞ……! マガツトがわざわざ山を越えて来たってことは、近くのカンナビも間違いなく巻き込まれる!)


 彼らの狙いはあくまでもこの国だ。けれど近くに灰色の棄て地カンナビがあるとわかれば、ついでとばかりに遊撃部隊が差し向けられるだろう。本隊ほどの数はいなくても、対して武装の整っていないカンナビならひとたまりもない。


 建物や瓦礫の影を縫うようにして、ロカは荷車まで戻った。セキトク鳥を里に飛ばして危険を知らせるためだ。

 恐らくマガツトは、近くにある親マガツト派の国の協力を得てこの国に攻め入ったのだろう。彼らは速く動く乗り物を持っているし、瞬間的に移動する魔法も使えるはずだ。国境付近まで移動して安全な場所で態勢を整え、改めてこの街に転移する。それで一瞬のうちに現れたように見えたのだ。


「父さん! 母さん!」


 マガツトによる破壊はすでに街中に広がっていた。瓦礫の下敷きになった人がいるのか、あちこちの道路に赤いものが見える。ロカ達が乗ってきた荷車も半壊状態だった。輓獣が半狂乱で鳴き声を上げている。幸いにも鳥達は無事のようだが、両親の姿は見当たらない。


 突然の騒ぎにパニックを起こしているセキトク鳥達をなだめながら、走り書きのメッセージリボンをくくりつける。一羽でも無事に帰り着いてくれたらいいと、ロカは連れてきていたセキトク鳥をすべて空に放った。


(頼む……! どうか、ただの鳥だと思ってくれ……!)


 きゅいん、きゅいん。妙な音がする。一羽のセキトク鳥が地に落ちた。激突の瞬間、小さくこきりと音がして。数度羽をばたつかせたその鳥は、すぐに動かなくなった。


「そこに誰かいるのか!」


 マガツトの声がした。空だけでなく、地上にもいるらしい。きっとあの鳥を魔法で撃った兵士だ。ロカはとっさに近くの路地に逃げ込む。連なっている建物の屋根が陰になっているから、空からでも見えづらいだろう。


 土地鑑はないが、それは向こうも同じだ。入り組んだ路地をでたらめに走り、目についた民家に入り込む。その家はすでに崩れていたので、もう爆撃の対象にはならないだろうという推測からだった。直接走って追ってくる兵士さえ撒けば気づかれることはないはずだ。


(この国の人達の生活習慣から考えると……あった!)


 家の間取りから予想した通りの場所に、地下の貯蔵室につながる戸があった。この国は酒の消費量が多く、どの家にも大抵酒の貯蔵室があるのだ。ロカは静かに戸を開けて地下に潜りこんだ。


「……」


 貯蔵室はすでに荒らされていた。きっとこの家の住人が立てこもっていたところを、マガツトに見つかってしまったのだろう。連れ去られたのか、人の気配は残っていない。もう略奪を終えた家をわざわざマガツトが調べ直すとは思えなかったから、やはりここは安全だとみなしてよさそうだ。


「……こういう時、僕がもっと勇敢で強かったら、あいつらに立ち向かえたのかな」


 多分きっと、そうするのが正しい・・・のだろう。だから、それを選んだ人を責めるつもりはない。

 だが、それはロカにとっては無謀でしかない行為だ。マガツトに抗えるほどの暴力ちからを、自分は持っていないのだから。


 それは、逃げるための言い訳でしかないのかもしれない。さかしく理屈を並べて、戦うことを放棄した弱者の悪あがきだ──だが、それの何が悪いというのだろう。


「僕はアーテに約束したんだ。帰るって。……こんなところで……死んでたまるかよ……!」


 震える体をマントでくるみ、アーテに託されたお守りの巾着袋を握りしめる。

 もう一度アーテに会えるのであれば、臆病者のそしりなんていくらでも受ける。戦うこともできない腰抜けだと罵倒されても構わない。それでも今はただ生き延びたかった。

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