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暗行白童  作者: 因幡猫
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第八話:違和感の「普通」

―ガシュ、ガシュ、ガシュ



儂は今、故あって

モップで床を磨いている。

当初より、そんなつもりで来たわけではないのだが

想定外にして、今に至る。


怒りを通り越して、虚無で磨く。


「…」


一方、元凶と言えるべき鵜婆女は


「~♪」

「…」


そもそも、家の預所みたいな所があったから

掃除というのは苦ではないのだろう。

しかし、なんにしても彼女のせいで無銭飲食の罪を背負わされ

そうではないと無罪を主張しても、そこに疑いの余地なく

とりあえずありとあらゆる雑用をこなすことで、放免を考えるという事に至った。


「はぁ…」

「宗一郎様、掃除の基本は腰に芯が通ってないと」


―そもそもお前のせいじゃ。


しかし流石鵜婆女といったところか、儂よりかは丁寧な清掃で

ふざけている様に見えて、彼女が担当した場所は顔が映りこむほどに

床が綺麗である。

一方そんな知識もない儂がいくらモップで床をこすっても、なんかうまくいかん。


「しっかり働けよー。おっ、ねえちゃんの働きには目を見張るねぇ」

「ありがとうございます!私、こういうの得意なんで!」

「一方、坊の方は…まあその歳じゃそんなもんか。でも出来るだけ丁寧にしてくれよ」


下の者の始末…とはいえ、グギギ。


そう言って有賀が見張り(脱走するかもしれないので)を終えて奥に行ったのを

見計らって鵜婆女が儂に近寄ってきた。

まあ、意する所は同じだろうと思っていたが、先ほどの表情よりかは幾分か神妙になる。


「情報を整理したい」

「はい、そうですね」


鵜婆女が知っている事は、そう多くはなく

其れでも儂よりかは多かった。

しかしそれ以上の情報を求めたが、道中のドライブインにて

また別の事を知りえることとなった。


人々が、大阪府だけに存在しているわけではない事。

その他に博多、東京があり。どういうことかその各所を

運び屋という存在が、異形の脅威があったとしても巡回する。


「例えば、護衛がつくなら話は分かる。しかし」

「見た感じ、ここに居られる方は普通ですよね。対処法や宗一郎様の様にご自分で制す力などございません」

「武装をしているのともまた違う。そしてさっき有賀というやつが言った「三割」の話だ」

「目的地にたどり着く確率…ですよね」


そう、しかし正直確率はどうでもいい。

三割だろうがそれ以下でも構わんのだが

要するにその危険性を分かっていながら運び屋をする必要性が見えない。

儂からすれば、この様子で三割の確率でその任務にあたっているのなら

それは「死ににいくもの」にしか考えられん。


「ここにきて、ごく普通を久方ぶりに感じた。しかし今の環境下にて普通が異質なのだ」

「そうですね。それに…」

「まだ何かあるのか?鵜婆女」

「先ほどちらっと、お手洗いと言って外に駐車している車を何台か調べたのですが」


そういうところは万能に聞こえるが、泥棒にも見える。

黙ってはおくが。

すると鵜婆女は神妙な面持ちで


「あの…何も、運んでないんですよ」

「…何?」

「トラックの荷台、空っぽです。特にあるとしても雑多物が幾つかで」

「それが運ぶものではないのか」

「でしたら、その輸送する意味も大してなさそうなものと言いましょうか」


―つまり、運び屋と言っているが

運ぶものはない、という事。

車そのものはあるが、しいて言うならドライブをしているだけとしか見えん。

だがそれも普通ならただの娯楽の一つだが、環境が娯楽を楽しむほどの猶予があると

思えんのだ。


引っかかっていた部分が、少しずつ。繋がる。


だが…


「あまり詮索は出来ぬな」

「そうですね、私達の存在は今のところ警戒すべき存在ですから」


食の恩恵は受けたとはいえ、おそらく此処に居るものからしたら

彼らの常識を知らないものになる。

それは儂らに対して警戒するには十分で、何も知らないでは済まないだろう。

知りたいことはあるにはあるが、一歩が踏み出せん。


「異形が闊歩しているこの国で、さも普通をする意味か」

「なにかあるのでしょうか」

「まあ、あるのだろうな。だが…どうしたものかな」


そう思案していた矢先、出入り口からまた一人

一人の青年が入ってきた。


「…?」


―ウィーン…


少しぼさぼさな黒髪に、やつれているのか目の下にクマ。

年齢で言えば二十歳には満たない若造だ。

服装もロゴの入ったシャツはよれていて、ジーパンにぼろぼろのシューズ。

まあ小綺麗な、には遠いが妙に不潔感もない。


「…」


違う、この気配は。




「…腹減った。親父、飯ある?」

「おお佐雪。残り物でよければな」


その言葉を聞いた佐雪という男は、一旦儂らをみて

そして気になるような訝し気の表情を見せては、そのまま食堂のカウンターに座った。

名前に対してはさほど気にならぬが、さっき感じた違和感は

もし本当なら、ここに居る理由が分からぬ。

しかし儂も感覚が鈍った、もしかしたらただの勘違いかもしれん。


―とりあえず、掃除を続けるしかない。

鵜婆目にもそう目配せした。

いざとなったら動きやすいのは、鵜婆女の方だ。

儂が変にこそこそして行動しても悪目立ちする。



「ほらよ」

「ん」


カウンター越しに渡されたのは、暖かいカレー。

昔から親父が一番作る、自慢の腕…とかなんとか。


それを一口、頬張る。


カチャ、カチャとスプーンが鳴る音と

洗い物をする時の金属音。

何時もこの時間に聞いていた、環境音。


装う、普通の景色。


「…眠れたか。今日は調子が悪そうだったが」

「ああ。まあ…大丈夫」

「あまり無理するな。焦る気持ちもわかるが」

「…」


―焦る。


声色の励ましは、ふいに聞くならばそう悪いものではない。

しかし、俺にとっては胸が苦しくなるだけだ。

でも妙なやつがいる。ガキにしては妙な黒装束で、女の方はべっぴんだが

意に介さぬなんかがありそうだ。

もしなんだったら、あまりこの場所の長居は推奨しない。


特に、一瞬だったが



「あのガキ」の目が、澄すぎている。



―間違いが、ないならば―



「…ごちそうさま」

「また、出かけるのか」

「ああ、その辺な」

「…そうか」


それは、何時もの事で

ここでは「普通の事」

しかし場所があれだ、具合が悪い。

気になることがあるなら、早めに解消しておくほうがいい。


ならばと、席を立った時にわざと―


「…外に、出る」


と、視線を、流した。


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