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暗行白童  作者: 因幡猫
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第六話:生きぬもの

今でも夢に出る。


度し難く、非力ゆえの結末を。

何度嗚咽し、悲嘆し

目覚めた後は


泣いたのか。


脳裏にこびりつくような、その一瞬の光景は

今でも恐怖のトリガーを引く。

そうではない今を認識しても、手が震え。その手の震えの煩わしさを

洗面台に行って水で洗い流す。


―ザァアアア…


「…」


今はまだ、大丈夫。

かろうじて。

しかしその均衡は、何時崩れるのか。

分らないけど、そう遠くじゃない。そんな気がする。


そうではない、今なのに。

落とせない記憶は、ふと眼前に広がる。


まるで、赤子のような

哺乳瓶を両手で抱えたように

「人」を


―『ウマァ』―




―バシャン!









風が、少し頬を撫でる。

寝ていたのか、先ほどの騒々を過ぎてから幾ばくか

少し疲れて眠気があったまでは覚えている。

隣で運転する鵜婆女も別にそれを咎めもしないから

自然と眠ってしまったのだろう。


「善い寝顔にございました。本当に幼き宗一郎様の時と一緒のお顔で」

「すまん、寝た。それより茶化すな」

「ふふ…」


車は、我が家をでて、どの位走ったのだろうか。

そういう移動手段に関してはとんと疎い。

何処を走っているのかもわからないが、周囲は人の文明がそんなになく

勢力を増した木々と、傍らは絶壁のようで

落ちればどこまで落ちるのか、まあ分からぬ。


「まだ、大阪府には遠いですが」

「そうか」


どのみちこの車に乗せられた以上、鵜婆女の事を信頼するしかあるまい。

歩きでは難儀だろうと思っていた。

しかし、暇をもらうといった傍から、姿見目全部が変わり

まあ男が放っては置かぬような、そんな美女となった。


「…あら、惚れましたか」

「稀有だと感じたまでよ」

「もう、いけず」


最初は、重力で分離するんじゃないかと思うぐらいの

ものすごいスピードだったが

今は速さと丁寧さの両立を上手く活用し、だからこそ寝れたぐらいなのかもしれんが。

しかしまあ、景色のほとんどは寂れ、電光掲示板は機能せず

標識も錆びついて見るのが難儀した。


「…ほとんど、生き残りは大阪府に流れたんだな」

「私もそこの営みがどうなっているのかはわかりません。殆どのライフラインが途絶えましたから」

「情報源も風の便りぐらいか…しかし、その三年間、その…」


ふと、すぐに斬った

あの異形を思い出した。

あきらかに人に対して危害をなす。そんな生物だ。

そこに居たという事は、儂が来る前は何人か、いや、それ以上か

考えたくはないが―


「鵜婆女は、その…異形に対して無事であったか」

「はい。私は当主様にしか見えないもので」

「では儂には今、見えぬはず。当主ではないからな」

「ご都合とは、その人の良いように動くものです」


―取っては食わぬ、以前の婆よりも。生き生きとしているが、癖がある。


「…それ故に、他の人には見えません」

「…」

「何とかしようと思っても、出来ません」



家に逃げ込んだ、誰かが居たような

何とかしたいと思っていたような

でも異形は、私ではなく人間を見つけ


―ヒョイ、と



「…」

「すまん」

「いえ、宗一郎様のせいでは決してございません」



見えぬものだからこそ、出来ぬことがあった。

それだけで鵜婆女の心痛は理解した。

どの様な地獄だったのじゃろう、その当時には儂は居らん。

だからこそ、経験した者の苦しみは

言葉位でしか分からぬ、歯がゆさもある。

過ぎた時に、巻き戻れることもないのだから。



「…異形の脅威から逃れる術は、堅牢な拠点を敷いた大阪府へ逃げ込むだけと聞きました」

「全部は逃げおおせたのか?」

「そうは聞いてません。そして逃げた人がどれだけ大阪府にたどり着いたかも、わかりません」


それは、そうだろうな。

奥歯にギリッと力を込めて、ふがいなさを嚙みしめるように。


しかし、そこに安全圏を敷くならば

ある程度の力量を持つトップがいるという事だ。

それが善か悪かは知らぬし、たどり着いた先の安否もまた分からぬ。


「―」


一瞬、ぼろぼろの車を見た。

中身までは見れぬ。

それが、現実だ。


―この世の悪が、全て斬れるなら

そうしたい―


「…戦場は、勿論殆どの露払いが出計らいました」

「…」

「軍人も警備もお役には立ちません。そういう脅威だったのです」


殆どの露払い。

儂が亡くなって後を継いだ、旭も―


「露払い側の、敗北が。人間側の敗北です。そこまでは聞けました」

「…そうか」


その場に儂も居れば、いたたまれぬ心は幾分か楽なのだろうな。

病を押してでも、行けるものならそうしたかった。


「…宗一郎様、ご休憩のところ申し訳ないのですが」

「ああ」

「それはもう、総元に劣らぬ露捌き。久方ぶりに見とうございます」


すると、車の上部が後ろに開き。外が丸見えになった。

まあしばらくの留守を預かってもらった手間賃になるならばと


早し早しと距離を詰める、黒い影を見る。


「見せるのは一瞬じゃ。安くはないのでな」

「あら、ご期待してしまいますね」




―『ニ、んげ。ん』―



その時、上の崖側がけたたましい音を鳴らし、一部が砕かれた。

車はその落石を上手くかわし、儂は静かに刀をとる。

背負う孫に、一別を



之よりは、祓刃流。なりて。



―『クいた、い』―



―――ッ、ザァアアアアアン!!!!



「来たぞ、鵜婆女」

「お任せを」


車の後ろを走って追いかけてくるのは、何十、百とある足を

早々と動かすまた別なる異形。

全身が黒く、意思が見えるその顔だけに

嗚咽と嫌悪をひどく感じる。


「…赤子のようだ」


己が欲するものに、無頓着で

それを愛いと思うのが当たりまえだが

欲するものが命ならば、斬らねば心のありようが済まぬ。

実際、どれだけの命が―


「…」


すっ、と目を閉じて。

迫る脅威にも、霞の心よ。

食われたかもしれぬ、報われぬ命が彷徨っているのならば

我が妙技にて、幾ばくか浮かばれん事を。



―『いたダき、ま』―





「…祓刃流、斬り型が一」





【紙吹雪】



―ザンッ、ザンザンザンッ、



『…』



―…



異形が飛び掛かる、その全身を

一瞬にして細々に斬る。

原型の維持が保てなくなったその身はなにも喋ることなく

固形がボトボトと落ちてそのまま見えなくなった。


「お見事に」

「…」


異形の血か、何かは知らぬが

刀にこびりついたどろどろとしたものを

一閃払いで落とした。

そして座席に座り、また眼を閉じる。


不快で、反吐が出よう。

技に対して詫びたいぐらいだ。

このような造形を斬るなどと、憐れみたくなる。


「…」


―やはり、か。

その揺らぎを知ってか、鵜婆女が声をかける。


「…宗一郎様、お疲れで…え?」

「ん?」


鵜婆女の声に、目を開けた。

その視線の向こうには、僅かばかりの明り。

三年で尽きたライフラインが、生きている場所がある。


人間が使う、明りが。


「向かいますか?」

「休憩が取れるなら、そうする」

「かしこまりました」




鬼が出るか、蛇が出るか。

しかしこの世の息を感じるならば、少しでも。


そして車は、明りがわずかに見える場所へと進んでいった。

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