表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗行白童  作者: 因幡猫
5/16

第五話:たかがごときの昔話

その婆は、ずっとそこにいた。


儂が、幼子の時も。

そして成人し、家督を継ぎ

老いて病を煩い、あの世に旅立つまで


この祓刃のしんがりを、しっかり縛っていた

見かけには寄らぬ芯の通った女性である。


婆の存在を見た者は

多分、儂だけで

旭も見てはいない。

気配を感どる時はあったようだが

話すまでに近い、傍は儂だけであった。



「粗茶でございますが」

「ありがたい」


少し、休みたいと思ったが

そんな場所があるのかと思うぐらいに、この家はぼろく

おそらく壊したのは三年前、人の物差しではそう長くではない

月日ゆえに、未熟な朽ち果てに今はある。


「まだ、ここは良く残っていたな」

「ほどほどに手入れを致してましたが」


鵜婆女に通されたのは、儂が老年よく好んでいた

旭の稽古をつけていた場所。

よく日が当たる縁側に、趣味の盆栽をいくつか置き

今は枯れたが、芝生の上は旭のお気に入りであった。

お日様の匂いがすると、稽古が終わった時幼さを隠さぬように

普通の子供と同じ位、ぐっすり眠っていた。

時には洗濯物の手伝いをしようとして、電池が切れたかのように

布団にくるまってか、寝ていたような。


―稽古の時は、あんなにも背伸びをしていたのに―




「…」

「そこに、居られるのですね」

「ああ…故あってな」

「何処で死んだかも良くわかりませんでした。旭様も宗一郎様のお傍でなら安心でしょう」


婆はそう言って傍に置いた箱に目をやった。

その視線を許し、茶をすする。



「…三年前、婆が知る限りで宜しければ」

「構わん」

「では、ゆるりとお話いたします」


茶の湯気が、ふわりと昇る。




三年前、宗一郎様が没し

そのままゆっくりと冬を迎えたその年に、戦が起きました。

まだ祓刃家は宗一郎様が亡くなられて、ごたつきがある中でしたが

然るべくして旭様が其の跡を継ぎになられました。


「…」


そして、戦の中で

旭様は祓刃の当主として赴き

亡くなられたのです。


「六回」も。




―…ググッ…



戦で死ぬ。

それは、旭が目指した露払いとしての死。

儂は耳にしておらぬが、それは誉であったのか。

今になっては聞く事も叶わぬ。


旭は、六回。殺された。

此処に降り立った時にそう聞いて、残ったものを渡されたのが一回目

そして婆に今聞いたので二回目。

最初は耳を疑ごうたが、やはりそこに行き着いた。


六回も、殺すなど。



「戦の様子は婆にはわかりません、ですがそれはもう結論がお分かりのはず」

「…」

「帝日側の敗北、主たるやは風の便りにて。亡くなられ、国としての在り方も意味なくと」


儂が死ぬまでの苦しみより、その後は苦しい。

悔しくて、茶を飲む手が止まっていた。


「…ここに来るまで、色々と見たが。どうにも人気はないように見える」

「ええ。戦の終わりから地方はだいぶ寂れてきました」



婆が、知る限りでは

戦に負けた後、残りの三年に至るまで

地方から徐々に衰退し、生き残った人々は確か

大阪府だいばんふへと向かいました。

噂に聞けば、そこにはまだ生活が維持できるほどの安全が保障されているとのこと。

ですがどれくらい生き残っていたのかまでは、婆にはわかりません。


「大阪府に人が流れたと」

「はい」

「それから、この辺りには異形がうろうろしておるのか」

「あれも戦が終わってから、ぼつぼつ出てきておりました」


異形の事は、それ以上知らぬと

詳しくまでは把握できず

とりあえず祓刃が任についていた此処はすでに人気も無く

完全に衰退へと没するまでもうそんなに時間は要さぬであろう。


「詳しい事を聞くのでしたら、大阪府へと歩を進めてはと」

「…そうなるな」

「婆が知る由が少なくて、申し訳ございませぬ」

「よい、一度に全てが明らかになるとは思うてない」


異形の事は、置いておこう。

道中の煩わしさになるならば、斬る。

ただそれだけの事。

しかし、婆に関してはと思うと。自分一人でまた動いて

この家の留守を婆に任せたままなのが、気が引ける。

そう思って不完全ではあるが、一つの提案をしようとした時

既に婆はこちらを向いて、頭を下げていた。


「宗一郎様、この婆にどうかお暇を頂けますでしょうか」

「…え、あ…」


―意外だった。

いつもこの家で、静かにお勤めをしていた婆が

自分から暇を名乗り出た。

確かに、この家を守る意味などなく。今にして居った事も

少し奇跡だったと思っていた。


暇、か。

本当にこの家は、没したのだな。


「…構わぬ。どこへなりと。しかし、大丈夫か」

「ええ、峠が…」

「え?」

「いえ、何でもございませぬ」


峠?

婆は寿命の概念があったのだろうか。

まあその考えすら、常識を逸脱しているのだろうが。

しかしそれならば猶更、良きにしてくれた婆を一人にしてはならぬと思った。


「ご心配なされませぬよう、婆はすぐ戻ってまいります」

「…」

「一時だけ、思い出にお浸りくださいませ」



そうして、婆は姿を消した。

そういうのなら、あまり追いかけぬ方がいい。

あの婆はああ見えて、芯が折れぬのだ。

自分一人の暇というなら、そこは曲がらぬ。


「…しかし、大阪府までとなると」


少し、遠い。

歩くにしても何時かかるか。

多分公共の移動手段は崩壊している。ならば足しかない。

遠い旅に難儀しないかと、箱を見た。


「…まだ、仇には遠く。一片も噛り付いてはない」



『六回、死んだ』


箱を手渡したそ奴の言葉が、今になってうっすらと蘇る。

最初は意味も分からず、悲しさだけに箱は重く

次第に受け入れるを繰り返し、背負い位には軽くなる。

否、馴染むといった方がいいか。


「…そろそろ行くとするか」


目的地が分かった以上、長居は無用。

箱を背負い、発つ支度をする。

縁側に背を向けて、此度来ることはないだろうと影を落とした。


―その時







―…ゴォオオオオオ…



「…?」


なんか、遠くに

轟音が聞こえたような。

それも妙に、近づいてきているようで


縁側の塀の向こうから、か?



――



ドッ、ゴォオオオオオン!!!!



「!?」



一瞬、何が起こったかと呆けて

気づけば周囲は土煙が充満していた。

飛び散る破片は払い、塀の瓦礫かごろごろと転がる。

巻き添えを食らった盆栽も、粉々で


その、土煙の向こうから

人影が見える。

長身の、女子か。体型からして、その…


誰!?



「お迎えにあがりました」

「…へ?」

「久方ぶりの峠攻めでございます」


峠…攻め?

峠って攻めんの?

というか、その声は。


「…婆!?」

「はい(はあと)」


体型がくっきりとわかる黒スーツに、ふわりとなびく甘髪。

色物…じゃなくてさっきの婆!

色声も姿も何もかもが違う、大きく違う!


「では、行きましょうか」

「え?」

「婆の運転は、久方ぶりです。重力で内臓が飛び散らなければよいのですが」



――こ、こわっ…


婆はそう言って儂を軽々と抱きかかえ、土煙が消えた後に

現れた黒塗りの車…に連れ込まれた。

軽く誘拐劇みたいにも見える。

婆ってそんなに逞し…ゴホンゴホン!


「ご準備、宜しくて」

「…ハイ」

「かわいい、宗一郎さま(はあと)


開いた口が塞がらない。

どうするどうしてどうなって。

が、気づけば全重力がのしかかるほどに

儂を乗せて婆の運転超高速でその場から車が走り去った。



―ひとまず、大阪府へ―

たどり着くまでに色々と、無事であるかどうか。

投稿が何回か失敗した

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ