第一章:落日
薄暗くの先に、切り開く明り。
ある町の一角の、病室にて。
朝はもう暫くしたら。
夜明けとは、待たぬもの。
日暮れもまた、待たぬもの。
この世の中には、生きているもの全てに。
待てぬ何かは沢山ある。
止めようにも、それは万象への反逆。
望まぬものもまた、待たぬもの。
―何時だったか、祖父はそう言って。
やむなき事に蓋をするような話をしていた。
―
「病」だった。
もう、何も尽くせないほどに。
無知ゆえに分からない事は沢山あったが
それもまた、もう少し猶予とはいえぬ「待たぬもの」であった。
「旭…腕は、達者か」
「まだまだです。私など」
良く、祖父は
私などの拙い腕前を気にされていた。
幼少よりご指導賜り、見目には何とか
しかしそれでも驕りはしない。
「鍛錬は、続けています」
「善いことだ」
「ですが、私はまだまだお爺様に」
続けようとした言葉は
やむなく、私の手を握る祖父に遮られた。
都合で、止まる言葉を噛みしめて。
「…旭、すまぬな」
「…」
「太陽に待てというのと、月に早くと申すのと。大して変わらぬ無理な事はこの世に沢山ある」
そういうのを、死病というのか。
先は長くないと聞いていた。
少しずつ細くなる息に、日増しに弱くなる力。
それもまた、待たぬものであった。
「私は、独りでも」
「…」
「大丈夫です」
祖父の前では素直だったが、祖父が倒れてからは幾度も嘘をついた。
嘘だとわかっているだろうが、嘘が必要な平穏もある。
「…代々続く祓刃の家に、同じ血が流れていようとお前をよく思わぬものは沢山いる。お前が立派になるまでは儂が傍に居るつもりであったが」
「私の事など、気になさらず」
「生きづらい…であろうな」
―私の父は、祓刃の正当な血筋で
順当ならばその家系が認めた女性と結ばれるはずだった。
しかし気づけば知らぬ誰かと結ばれ、私が産まれ、それは異端とされた。
まだ両親がいる内は陰口で済んだが、父も「役目」の最中に亡くなり母も心労で亡くなった。
そして祖父が今まで異端である私を守ってくれていた。
その祖父が、危篤と聞いたのが
ついこの前のようで
今に、至る。
「御上の露払いとして、如何なる障害も斬る。その教えと力をこれからも正しく使って生きていきます」
「…」
「だから…お爺様…」
「儂の、顔に降るものは。斬れぬな…ふふ」
―降るものを、斬る。
それが我が家系の教えと使命。
降るものとは、御上の妨げになるものから、帝日の煩わしきまで。
その為に常に鍛錬を欠かさず、祖父と共に腕を鍛えてきた。
心も、鍛えて。
―と。
降るものを、斬る。
ならば眼から零れるものも、降るものとするならば
斬らなければいけないのに。
―
―止まら、ない。
「旭」
「…」
お爺様の眼は、この世にあらず。
魂も、やがて
「…朝、か」
「…はい」
―
それから
話は、続かなかった。
帝日の露払いとして生きてきた、偉大なる祖父にして祓刃家の当主はその日
ゆっくりと
命の幕を下ろした。