[孤梅の島」第二話:気配
大橋を渡り、本土に上陸する前の、淡路のドライブイン…より多少広い
飲食もある程度用意されているパーキングエリアにて一旦
鵜婆女の車のメンテナンスを兼ね、そこで休憩をとることにした。
佐雪の居た所よりかは、少しまだ人気がある。
それは本土に近いからという理由もあるらしいが、この辺まで来て
たしか「蚋」には会ってない。
まあこの国にどれだけの蚋が居て、どの地域に闊歩しているのかは
知らないが、会わないに越したことはないのだろう。
「鵜婆女は?」
「色々調達するようでな」
「で、俺たちは?」
「付き合わぬのか?」
質問を質問で返され、苦虫を噛みしめたような表情をする。
不思議なものだな、自分が守れなかったものが三人もいるのに
今は表情が以前よりも鮮明に見える。
ドライブインに居た時は、薄暗かったせいなのか
なんだかはっきりと見えたり、渦が巻いたりしたようなそんな感じだった。
上手く、自分で「祓えた」のだろう。
勿論失った重しは、そう簡単には消えぬ。
「ふわぁ…で、何すんの」
「気が抜けているな、すっかり」
「元より大阪府に行くまでなんもわかんねーしな」
そこに行くまで気を張っても仕方ないという事か。
それもわかるが、ちょっとたるんでるな。
そう言って、ここでは無粋だろうと刀を取らず、その辺に落ちていた
木の枝を取って、佐雪に向けた。
「これが刀であったら、心臓をもう突いていた」
「宗ちゃんこわい」
誰が、宗ちゃんだ。
―
「佐雪、お前は崩し方として、相手を見た時何で見る?」
「え?何でって…目だろ」
そう、敵を認識するときは
大体目で見る。
でもそれは多くの割合であり、他にも別の形で
敵を認識することがある。
「…気配。だけで認識する場合もある」
「わざわざ目を閉じて?」
「分家の中には、比較的視力が弱い家系がいた。そういう人達は気配そのものを使う」
そうして目を閉じ、佐雪に視線の糸を張った。
「人の形は見えないが、人に備わる気配は見える」
気配を体感するのと
気配を見るのとはまた違う。
肌で感じる物質的な認識と、暗闇の先に捉える感覚的な認識。
確かにこの形で敵を捕らえる分家はそうそういないが
それだけでなく、その家元でなくとも視力の弱い者はそうしてきた。
「視覚では相手の見た目による情報を得る。だが気配ならば、その人間の力量についてフォーカスする」
「…なるほど」
「目を閉じて、儂の方を見てみろ。わずかでもぼんやりとそれを捕らえたなら、それは気配だ」
佐雪も目を閉じたのだろう、儂が感じ取る気配が少ししんとした。
うねるような気配、水の様に静かな気配、それはその時の相手にもよるが
相手がどのような状態であるかでも、また異なる。
今の佐雪の気配は、落ち着いている。
―
「…」
宗一郎の言いたい事は分かる。
見た目での技量で飛び掛かるより、相手の気配で技量を捕らえることもまた
対する時の基本なのだろう。
確かに見た目じゃ分からない時もあるし、その敵が弱そうに見えて実は内面凄く
つよつよだったりする。ってことなんだろ。
(確かに…今まで見た目だけで強い、弱いを把握していたのかもな)
でも、俺にとってはそれが普通で
今宗一郎に教えられて、その気配を感じ取ろうとするが
(これが、また…どういう答えなんだろうな)
―
うねるような、気配なのか
しんとした水面の様な気配なのか
それとも闇にスッと消える気配なのか
それともそれ以前に気配があるのだろうか。
宗一郎の気配は、読み取るのが難しすぎる―
―
「どうであった?」
「ぐにゃぐにゃしてた」
気配の読み解きを体感させてから、少し経過して
近くにある芝生にて休憩をとる。
鵜婆女の姿はまだ見えない。メンテナンスとやらに勤しんでくれているのであれば
それは彼女を信頼し、任せるよりない。
「目で見るより、気配を感じ取って把握する方が難しい」
「まあ、それに通ずる家系であれば問題ないのだが」
「俺にはその、露払いの分家がどれぐらいいるのか、しっかり知らねぇけど。そういう家があるってこと?」
「うむ…確か、元々視力の弱い。視力があったとしても…」
その時、一瞬
妙な気配を感じ取った。
敵意だろうか、いや。それは儂らよりかははるかに弱い。
だが、それはひたひたと。自らがばれてないと思ってか、そのまま儂らに距離を近づけている。
「…」
「(…宗ちゃん)」
「(…成り行きに、任せろ)」
簡単に意思の疎通を図り、そうしようとする意図がある何かを突き止めようと
儂と佐雪は気づかないふりをした。
しかし、刀は車に置いてある。露払いの命たるもの、油断をしたか。
それに…旭も置いてきている。
「(…何が狙いか)」
生家を出て、此度まで
さほど人に多くは出会っていないが
それでもそうする理由があるはずで、理由のない行動ならば
叩き伏せることも出来る。
二人…いや、三人。そやつらは儂らを。
―
―ガッ
―
「しばらくの間ここには蚋がいない?」
車のメンテナンスの休憩と
情報収取兼食料確保(自分の)をしていて
そこに居た人の一人に、気軽に話しかけた。
宗一郎様は慎重だから、知らなかった貞で話す方が
相手は警戒しない…と思います。
「ああ、この辺は蚋が出ていない」
「いない地域があるってことですか?」
確かに、私と宗一郎様は
あの時山道のドライブインにて、蚋と遭遇しましたが
その蚋がうろつかない区域があってもおかしくはない…と思います。
それとも蚋が斬れる露払いがいるとか、まあ佐雪様の件があるので
そうポンポンと露払いの生き残りがたまたま居て~…な結論に至るのも変な気がする。
まあ見た所そのような方はいませんが…
「まあ…蚋は、その…どっかにいるんだろ」
「そうなんですか~」
一瞬、言葉の揺れを感じた。
それはあまり踏み込むと、よくないぞ。という線引き。
此処にも何かありそうだと、会話を適度に切り上げて
宗一郎様の耳に届けるべきだと、その場を去った。
「確か、どこかで佐雪様と一緒だったはず…」
ああ見えて、宗一郎様も
佐雪様に対して、将来性を見たのかもしれません。
愚鈍だったり、才覚がなければ
相手にしない人ですから。
それは冷たさではなく、力量も素質も無ければ無理に露払いとして生きることなく
別の生き方もあろうという考えの事。
中途半端に自分が「出来る」と思い込み、それで死ぬ事への憂いをしていたの。
だから、佐雪様の事を邪険に感じないのは
それだけの器量を見たのでしょうね。
「で、宗一郎様と佐雪様は…」
駐輪している車には、宗一郎様と佐雪様の刀。
あまり持ってこの辺りをうろうろできないと、隠した状態で置かれている。
そして…旭様が入った箱。日向ぼっこが心地よさそうで。
でも、
「姿が…見えない?」
周囲を見ても、二人の姿は見えない。
車から少し歩いて、周囲を見回して
―
「…血の、匂い…」
一瞬、血の匂いがした。
そして、近くの芝生にて足を止めた。
「…宗一郎様…佐雪様…」
そこには
わずかだが
「血痕」があった。
押忍…仕事が忙しくて…すんません