【幕話】
露払いとは
刀を振るい、露を斬る。
御身の災い、邪魔になるもの全てを
その一心にかけて、払うもの。
守るべきの為に、戦った。
ならば行く先は、極楽だろうか。
あるいは地獄なのだろうか。
儂とて、誰が何を斬ったのか
その全ては知らん。
だが、儂は
赤い絨毯の中に居た。
そこは地獄でも、極楽でもない。
だからどちらかにでも行きたいと思ったのか。
あの時、儂はひたすら
赤い絨毯を毟っていた。
それがせめてもの、そこで犯せる
己が行く末のきっかけになると思ったからだ。
ならば、行けるとしたら
地獄だろうか。
儂は別に地獄でもよい。
だが旭、お前は天国に行けただろう。
その細腕で、責務を全うし、死んだとするならば
―
ざわっ、と
周囲が色づいて
美しい花々と、果実を実らせた木々の神秘
この世のものではない蝶は舞う。
それは極楽。
死せるもののその先が、こんな場所なら
誰もが喜ぶそんな場所。
そう、こんなところに、旭が行けたなら
―
――
笑む紅の、懐かしきは
儂には聞こえない声で
『どうして私などが、極楽などに行けましょうか』
―
――
「…」
風が、心地よく
空は明るく、青い。
海岸沿いなのか、地平線が眩く
気づいたら、寝ていたのか。疲れていたのか。
鵜婆女に運転を任せ、後ろに佐雪が座り
儂は助手席でその目をうっすらと開けた。
「湾岸沿いを真っすぐに、そこから幾つかの島を渡る大橋が見えるはずです」
「それを渡り切れば、本土になるな」
鵜婆女と佐雪の会話を聞きながら
見ていたはずの何かが遠くなり、思い出せぬ先まで消えたのも忘れた。
寝ていると思っている佐雪も遠慮がなく、鵜婆女と普通の会話をしている。
鵜婆女も家に居た時は本当に儂だけに依存していたが
暇をもらい、姿を変え、自由にありて他を許す。
悪くない、良い事だ。
「なあ鵜婆女さんよ、なんか音楽とかかけられないのか?」
「どんなジャンルでしょうか」
「どれでもいけんのかよ。じゃー気分が乗る感じの」
そんな機能まであるのか…この車、どうしたんだ本当に。
そして、次第に儂は全く知らぬが
軽快な曲が流れていく。
俗世には疎いため、誰がそれを歌っているのかは知らない。
まあ気配で佐雪も鵜婆女もそんなに悪い気分になっていないのだから
良い歌なのだろう。
「…」
寝たふりをする。
しばし、時が経つまでは。
もう忘れた何かを思い出そうとはしない。
だがそれは、なぜか
「悲しい」様な気がした―
【次回:孤梅の島 開始】