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暗行白童  作者: 因幡猫
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第十一話:白む朝

嫌な予感がして、佐雪の後を追った。

すると幾ばくかして、なぜかあの坊主と戦っている。

いつもと違う佐雪の様子に、どうしたらいいかわからない。

一方隣に居る女性は、その様子に動じることもなく

ただやわらかい笑みを浮かべたまま、事の成り行きを見守っている。そう感じた。


「…不安ですか?」

「え、ええ…」

「多分宗一郎様は、ここを護る術を佐雪様に伝授しようとしているのではないでしょうか」



――守る?


俺は一瞬考えた。そして今の佐雪の姿を見て

「戦う」事の意思を見た気がする。

それが本来の彼の姿。守る力を得るならばそれは

抱えてきたものの贖罪になるとするなら、それは…正しいのかもしれないが。





「余計な…お世話だ」

「…え?」



蚋に襲われるか、またはほかの脅威があるかもしれない。

何時でも後ろ髪を引っ張られながら、過去に背き生きてきた佐雪に

そういう技術を教えようとすることの、勝手。

俺はそんなことを望んでいない。もちろん彼女も、それが当たり前なのだろうと

思っていたから俺の言葉に呆気に取られているだけ。


頼む、やめてくれ。

あんまりうまく説明できないが。



『犠牲を賭しても、続けなければいけない平穏を維持しないと、いけないんだ』





一瞬、何が起こったのかわからなかった。

俺よりも大きな力で、そして、小さな動きで

確実に俺を「崩した」

態勢が崩れ、その姿はまるで「斬り方」の獲物。

ほんの数秒の間だが、目の前のガキにふと―


死んだ弟の表情が見えた。


『兄さんの方が斬り方に向いてますよ』


いや?俺は…そんな、事。

でも、俺はさっきまでこのガキに


本気で斬ろうとしたんだ。

だがその全てを崩された。

途中で分かったんだ、俺が持つ本来の資質が

このガキによって引き出されていた。


こいつはさっきから、「崩し方」だった!




「…やんないのかよ」

「そういうのが、目的じゃと言ったか?」

「はぁ…回りくどいな」

「追いつこうとしてお前が背きながらくるくるしてるから、こうなったんじゃないか?」


うるせぇ、と思ったが

それはその通りだった。

真向に宗一郎を見ていたつもりでも、心は真っすぐではない。

眼で見ている方向と、心で見ている方向は違っていた。


「…儂は、お前を斬れる」

「…だろうな」

「だが、斬るものは命とは限らぬ」


さっきから気づいていた。

こいつの刀は、俺たちのものとまた違う。

似ているが、斬るのは命だけではない。そう言った宗一郎の言葉は

多分嘘ではない。

彼の言う別次元の「断ち」すら可能なのだ。その技量は俺たちごときが

相手にできるものではない。


―こいつは、最初から強かった。



「…」


儂は望まなければ、それを斬らぬ。

一方的に斬るのは、ただの押し付けだ。

呼吸を次第に整えようとする、佐雪は。心の中で何に対して折り合いをつけているか。

もしそうなら、断つことの手伝いならできる。

刀は、業物ばかりを斬るわけではない。それは佐雪とて糸寄の家に生まれているのだ。

理解しているはず。


「…俺は」

「佐雪!もういい!」


すると自分達を見ていた、有賀と鵜婆女が駆け寄ってきた。

特に有賀の様子がおかしい。

まるで今の行動を拒否するかのような、そんな表情で

確かに唐突な招きであったが、それはそれとして望まれていない気がしたのだ。


―儂は、佐雪に

奪われた無力さと向き合う、本来の力を―


「…宗一郎様!佐雪様!」

「…!?」



突然、周囲がざざざと波立つ。

佐雪もさすがに体制を戻し、その気配を感どる。

木々が、ざわめき。悲鳴を上げる。木々がなぎ倒されるその痛みか。

遠くかと思ったら、近くに。

その気配は、真っ黒く―


『守ることは、終わりがない。だが、奪うのはほんの一瞬』








―ガ、プッ



「―」



呆気にとられた、いや。油断していたのか。

突如として現れた蚋から、儂は鵜婆女を守った。

その一方ではじき返される佐雪の姿があり、そして

蚋に上半身を食われた、有賀の姿があった。



「な…っ」


有賀なら、佐雪が守れたはず。

それが出来なかったのは、儂が彼の斬るべきそれに手を下してなかったからか。

だが、その様子ではどこか有賀に突き飛ばされ

余計な事をしなくていい、と拒否をされたようにも見える。

本人の佐雪とて、呆けてどうしたらいいかわからない表情をしている。


そして、有賀の体は全部



―ウ、マァ…



「…」



三つ目の、失望が

彼が立てない理由に、十分だった。




俺は、何を見ているんだ。

助けようと思って、たしか、駆け寄ろうとして

「斬ろう」と思ったんだ。一太刀でも。退ければ、命は助かる。そう思って。でも。

なぜか、突き飛ばされたんだ。

その、理由がよくわからなかった。多分、親父の言う「あの事」なんだろうけど

こんなにもあっけなく、死ぬ事の覚悟が親父にあったのか?


守るのは、終わりがなくとも。守れぬのは、ほんの一瞬。



「なにか、悪いことをしたんだろうな」


俺は、目の前に蚋が居るのに。俯いた。

その蚋が、何を考えているかは知らないが、何をしようとするのかは分かる。

それでももう、体は動かなかった。


一人目は弟、そこに親父もいたのかもしれないが。

二人目は旅路の誰か。あっという間だった。

三人目は親父。血のつながりはなかった。でも、助けようとする俺を

なんで、弾いたんだ。

危険だから、違う。それは―守ろうとしたからじゃない。


「そんなことをするな」という、親父の言葉が

一瞬聞こえた。


「…」


だとしたら、疲れた。

なら、俺だってもう蚋に食われようとどうだっていい。

蚋だってもう俺を真下に、狙いを定めているはず。

俯いてその時を、覚悟した。


『兄さんは、お強いですよ』




―うるせぇよ。



【ウ、ぁアアアアアア!!!】



蚋の咆哮が、聞こえた。



―その一瞬に、



『違いますか?兄さん』






―ズッ、ザァアアアン!!!







本当に、本当にほんの一瞬に

俺の横を、死んだ弟が通り過ぎて


気づけば蚋の体は、大きく揺れて倒れていた。

そして、見たはずのそこに弟は居らず

おせっかいな、ガキがいた。


そして、先にお膳立てのように

崩し方で倒れていた蚋を背に


「崩したぞ。あとはどうする」


どうする?どこまでもおちょくってんのか。

自然と刀の柄を、手にしていた。


本当に全く、うるせぇんだよ。



その一閃は、まるで

失ったものの、本当の離別をまとめて

斬ったような


そんな気がした。



そして『泣いた』気がした。





「…聞きましたか?」

「…」

「噂では、あの蚋を斬れる誰かが居たようです」

「…知らん」


薄暗い部屋なのか、その空間に

心浮き立つような声と、それを制す声がある。


向かい合っているのか、近くに居るだけか。

それすらもわからないが

確かに誰かは、蚋が切れることの報告を、その一人にしている。


「私が知らない間に…そうなんですか?」

「知らぬ」

「…まあ、いいでしょう。本当にあなたは知らないですからね」

「…」


蚋を斬ったことを、追及しているのか。

しかし片方は、それを「知らない」の一点張り。

一方片方は、無理強いはしていないがそれを認知させようとしている。


「…隠し事は、なしですよ?」

「…委細承知だ」

「なら、探しませんか。その蚋を斬った人」

「俺には関係のない事だ」


蚋を斬った誰かを拒む。

その声色にはどこか、憤怒が。

それを感じ取ったのか、もう一人はそれ以上を追求しなかった。


そして、フッと

消えたように、気配はなくなった。

残された誰かは、いら立つように


「誰が、余計なことをした」



――



「…」

「…」


頭に手拭いをのっけて、血なまぐさい匂いを落とすために

佐雪に案内された風呂場で湯をたしなんでいた。

隣には同じく湯船につかっている佐雪がいる。


有賀は、死んだ。

このドライブインの主が死んだのだ。

だが、なぜかそれは過ぎ去ったかのように

白むようで、人の死はそんなものなのかと感じた。


同じく佐雪も、芯が荒れているようには見えない。

眼を閉じて、湯船に入ったまま。


「…これからどうするんだ」

「とりあえず、大阪府には行かねばなるまい」


有賀を守れなかった、くせに

次の行き先を見据えている。

だが、事のあらましを改めて思い起こすと

それでいい、という風にも見えたのだ。

護る術を佐雪に教えようとしたのは、そもそもの間違いなのか。


―そうだとしたら、奇妙だな。


「お前はどうするんだ」

「…とりあえず。残りのカレーを温めなおす」

「ふむ」

「そして、食う」


本来なら悲しみに暮れ、嘆き、苦しいと叫ぶのだろうが

人の死はあっという間に通り過ぎてしまうもの。それを呼び寄せる事なんて出来ないからこそ

恐らくこんなに静かなのだろう。


窓の外から、少しずつ

朝焼けから、光が溢れ

きっとやがて、朝が来る。


「…ついてくるか?」

「…」

「まあ、そういう事しかできないんだが」

「…そうする」


言葉は少ないが、それで十分だった。

きっと朝日が差し込むころは、ここはがらんどうだろう。

そこにまた誰かが来るのか、それとも静かに森の一部と化すのか。


『着物は洗って乾かしておきました』

「ああ、助かる」

『準備が整いましたら、発たれますか?』

「そのように、準備してくれ」


不思議な、ものだな。この静けさは。

だが色んなことが分かっていくたびに、その感情はまた異なっていくのだと思う。

今は白むんでいるが、次はまた違うのかもしれない。

流れに抗う方が、難しい。亡くなったものを、追いかける。そういう方が、多分しんどいのだろう。


「…身支度をしてくる」

「分かった」


儂も、聞いた。

一瞬だが、有賀が

佐雪のしようとすることを、拒む声を。


そこはまだ、儂の知らぬ部分なのだ。

だから、儂は大阪府にとりあえず行かねばならぬ。


「奇妙な、歪な現世か」


そうして一回、湯船に丸ごと沈んだ。





雀の鳴き声は、よく、朝方に

旭と聞いた。

早いうちから稽古をつけ、丁度いい時間になったら

朝食が待っていて。

静かに、それでも別に心地よく。その時間は今思えばとても尊いものだったんだろう。

当たり前すぎて、気づかなかっただけだ。



雀の鳴き声は、よく、朝っぱら

寝起きが悪かった俺に、親父は呆れながらも

いつ起きて、食べれるように何かしら作ってくれて

最初は食べれなかった。悲しみが強すぎて。

でも、食って偉大だなと感じたら。何かを口にしていた。

当たり前すぎて、気づかなかっただけだ。



「ごちそうさまでした」

「ごっす」


儂と佐雪は、鵜婆女が用意してくれた

軽い朝食を食べ、一息ついた。

誰もいなくなったドライブインは、もとよりそんなに騒がしいものではなかったが

さらに静まって、しんっ…としている。


「…頃合いを見て、出かけるぞ」

「ああ。別にもう何時でもいいぜ」


鵜婆女は近くにあった、地図らしきものを見ながら

恐らくこれからの進路を確認しているのだろう。

儂はここであった事をあの風呂場で振り返り、今後は

自分の行動そのものをすんなりと通る環境ではなくなったのだと改めて認識した。


「大体の進路は把握しました。いつでも行けますよ?」

「ちょっと待った、これから三人旅となるんだ。お互い自己紹介していかないか」


まあ、確かに。色々とあやふやに済まされた部分はある。

一人新しく加わったのだ、隠し立てもない誠意をここに示す必要もあるだろう。


「鵜婆女ともうします」

「祓刃宗一郎だ」

「糸寄佐雪だ」


途中の旅路に、彼が加わって

これから大阪府に再び向けて、車を走らせる。


一瞬、佐雪が遠ざかるドライブインを見た気がするが

別れの一別を、儂は黙っていることにした。


仕事の合間に執筆しております。時には浮かばないことも。押忍。

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