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暗行白童  作者: 因幡猫
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第十話:悲嘆懐古と取り戻せぬもの(その2)

夜が、静かに更ける頃合いに

外に出た時の空気は邪なく澄んでいて

ほんの少しの生活の息吹に、心地よい暖かさ

まるで陰陽の図を表しているかのようだ。


その調和こそ、今まであった平穏そのものなのかもしれない。

ここで過ごす時間が長くなるにつれ、泡の様な

触れるものの気配、息吹、声も命の音も全て

そこに調和として混ざり合う。


「…」


外に出て、呼吸を静かにする。

口から、一線の糸のような。乱れぬ呼吸。

正座をし、如何なる方面からの俗物すら敏感に

しかし拒むわけでもなく、「在る」ことに意識する。


明りから省かれた闇に眼を閉じ、


吸う。


吐く。



繰り返す、呼吸は

闇よりも静かに。




―サッ…


背後に気配を感じる。

佐雪だ。

落ち着いてはいるが、心音は少し揺れる。

彼から聞いた話には、戦にて沢山の死があり。

そして彼もまた、失うものもあった。


儂は、病で亡くなった。

元気ならば、そうでなくても生きていたなら

旭の代わりに死地に赴いただろう。

どの苦悩も悲しみも、老いた儂が背負わぬとは。


この世に居るのは、ただの贖罪なのか。

仇討ちだけが目的だった自分を恥じる。

知らないとはいえ、辱めを受けている。そんな気分だ。



「…なんだよ、宗一郎。いきなり出たと思えば、正座なんかしてさ」

「少し、付き合う気になったのか?」


嫌と思うなら別に外に出なくてもいい。

一抹にも何か思うことがあるから、外に来た。

儂の言葉に、不平があるなら無視すればいい。

一抹にも何か感じたのだから―


その手が、刀の柄に触れている。


「…俺は、何度も言うが崩し方だ。斬りはしない」

「儂はお主を最初は誇らしく思っていた。悲しみも背負い、生きている。しかし、それでいいのかとな」

「今がダメだっていうのか?」

「お主がもっと守れる強さを、持つべきだと思ったのだ」


―旭、お前は箱の中に。

見えはしないだろうが、心で感じよ。たとえこの世に在らずとも。

今から儂は、この若者。佐雪に指南をする。

覚えている、脳も体も。全ての全神経が今―


糸寄流の「斬り方」に染まる。



「…っ」


一瞬、息をのんだ。

宗一郎といったガキの目が、すうっと静かに変わる。

誰に変わったのか、それは分らないが。俺が知るよりずっと古い視線であるような気がする。

そして刀を俺に向け、気配は鋭利と化す。


―…


俺は、崩し方だ。

弟と共に、稽古に励み。何方が何方を担うのか。決まればそれに鍛錬する。

そんな分岐点が一度あった。

兄である俺から問われた、どちらなのかと。

そうして俺は「崩し方」を選んだ。


『兄さんは、斬り方を選ばないのですか』


弟の声が、する。


『お前の方が、腕はいいからな』


俺の嘘が、聞こえる。



そうして、二人で各々の極めに鍛錬を重ねた。

戦争の話があった時、それは誉だと共に参じる親父の声。

もう顔があんまり覚えてない。怖かったのだろうか。

戦場で親父の姿は、もう探せなかった。

露払いとして、恥じぬ戦いをと弟は言った。

俺は―


「もっと、如何様にも生きる道があるはずなのにな」と

思ったんだ。






ギィイイン!!




一瞬の、刃先を

刀で受け止める。

お互いの刀身が、反射して

双方の顔が見える。

俺の顔は、いつものままだが



そいつは、さっきと様子が違う。



「…やはりな」

「…?」

「お前の型は、崩し方だが。刀は「斬り方」だ」




『兄さんは、凄い斬り方になれると思います』

『いいや、俺は崩し方さ』





こいつは、一瞬の刹那に。

俺の何を見て、得ているのだ。





「…」



一定の呼吸は、乱れず。

吸う、吐く。


刀身に移る、己が顔は

久方ぶりに見るやもしれぬ。

全身が、隆々とした気を纏う。


今まで技のみで、遊びをしたが。

眼先に居る若者に、全力で向かわぬのは失礼にあたる。

殺そうと思えば殺せる。その気配を一線超えぬように

儂は彼の芯を見て話す。


「本当の崩し方というのはな、刃先は鈍ついている。崩すことに特化しているから、力が入るようにな」

「…」

「儂の目が定かなら、その刀身は「斬り方」と同じ鋭利だ。つまり、斬り方の刀で崩し方をしているのか」


糸寄の型は、それぞれに持ち刀が違う。

だから各々の技術もまた、交換した所ですぐに会得するものでもない。

何方を選ぶか、聞いた瞬間。そして答えたであろうその時に

技の道は分かたれるのだ。


しかし、佐雪の持つ刀は

「斬り方」と同じもの。

そう、斬れるのだ。仇なす業物なり、万象悪なりて。いずれも己の―心次第。


「素質はあるんだろうな」

「うっせぇな!」

「その片方を選ばぬのは、理由がある」

「うっせぇって言ってるだろうが!」


気づいてないだろうが、佐雪は

さっきから「斬ろうとしている」

それを崩すのが、儂の方だ。

心が揺れるならば、身体が覚えている潜在的なものそこに行き着く。

佐雪は「斬り方」の資質があるのだ。


ギィン!ギ、カキィン!


流す、弾く、伏せる。

その「崩し方」に気づかないほど、前が見えなくなっている。

いや、気づいているのかもしれない。

そこに見もしないから、守れなかった命がある。


彼が見ていないのは「芯の弱さ」だ。



『佐雪、お前の刀だ。崩し方として大事にしろ』

『はい』

『…お前は何故、斬り方を選ばなかったのだ?』

『…腕前は、弟が上です』





記憶の中の、俺が嘘をつく。

霞に、白むその過去は

俺がとっくに忘れていたと思っていて、何時でもそこにあったのかもしれない。

親父の顔も霞だが、弟の顔は良く見える。

斬り方として鍛錬を続けるその片隅で、


弟が死なぬ為の崩し方を、必死に学ぼうとして―



ちがう。

全然ちがう。


気づけば、昔の俺が

嘯く様な声でそう言った。


『なんでそんな嘘をつく』


どうしてか、殺されそうなのに

昔の俺の声が、しっかりと聞こえる。


『本当は、■■■■■だけさ』

「違う!」

『何も違わないさ、だって今お前は』


目の前のそいつを、斬ろうとしてる―





「…ハァ、ハァ…」

「…」


刀が、額の寸前で止まる。

もう少し、触れていたら。傷で済んでいたか。

いや、斬らせようとしていた。己が身を。

そこに乗り越えられるものが、多分あると思った。


しかし額と刃先の間には、恐らく佐雪が乗り越えられてなかった何かが挟まっている。

刀身の震えが、眼前に見えて



『俺は、■■■■■だ』



儂は、静かだが

佐雪の心は、煩くて


かなわん。



―バシィイン!



―その3に続く

指のリウマチかもしれん

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