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【書籍化】皇帝陛下の御料理番  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
春来の祝宴

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後宴の準備

 いよいよ祝宴が始まった。

 こうなるともう、紫乃に出来ることはあまりない。


「姐さん、後宴に備えてちったぁ休んだほうがいいですよ!」

「ありがとう、伴代(ばんだい)


 不眠不休で働く伴代は、ここが踏ん張りどころだと言わんばかりに動きにキレが増していた。伴代だけでなく皆がそうである。

 紫乃とて手伝いたい気持ちだったが、これ以上ここにいても邪魔になるだろう。

 それに後宴が控えている今、確かに仮眠をとっておいたほうがいい。後宴は一人で全てをこなさなければならないため、頭がぼうっとしていたら仕事にならない。


「お言葉に甘えて休ませてもらうよ」

「はい! 後宴頑張ってください! 俺も手伝えたら、手伝いますんで!」


 その言葉に紫乃は苦笑を漏らす。


「大丈夫、七人分位、なんとでもするから。それよりそっちも頑張って」

「もっちろんですよ!」


 とびきりの笑顔を見せる伴代と他の御料理番たちを残し、少しの後ろめたさと共に紫乃は宿舎に戻った。

 宿舎は人が出払っていて、誰もいない。

 部屋に入って布団に横たわると、思っていたより疲れていることに気がついた。 


「花見も寝たほうがいいよ」

「にゃ? ワテは平気」

「本当に?」

「ニンゲンとは体の出来が違うから」

「でもちょっとくらい休みなよ、ほら」


 言って紫乃がぽんぽんと枕元を叩くと、少し迷った花見は猫の姿になってからとととと、と歩み寄り、そこに足を折りたたんで座り込んだ。


「今日、ちょっと気が張ってるね」

「うーん、にゃんか嫌な予感がして」


 そういて髭をピクピクと動かす花見。


「花見の勘は当たるからなあ。でも、今日は大丈夫じゃないか? 人の出入り見ただろ、護衛の数もものすごい」


 今日は天栄宮(てんえいきゅう)の兵だけでなく、各地の豪族が率いる私的な護衛も多数詰めている。この状況で暗殺者が放たれたとしても、すぐに捕縛されるだろう。そう考えた紫乃の言葉に花見は曖昧に頷いた。


「仕掛けるなら、警備の目が緩んだ祝宴の後じゃない?」

「そうかもにゃあ」

「気が張ってるんだよ、少し寝ようよ」


 花見はにゃあと鳴くと、とうとう頭を体の中に埋める。そのまま静かになったところを見ると、眠ってしまったようだ。


(私も少し寝よう)


 本番はこれから。だから紫乃も体力を回復したほうがいい。

 布団に潜った紫乃は、目を瞑るとあっという間に眠りの世界へ落ちていった。


+++


 目覚めは非常に快適だった。

 時刻はわからないが、陽はまだ高い。

 布団から起き上がった紫乃は、既に目を覚ましていた花見に気がついた。


「あ、起きた?」

「うん。今何時?」

「さっき鐘が鳴ってたから、まあ……(ひる)を過ぎたくらい?」


 花見は時間感覚がないので、鐘がいくつ鳴ったのか、今何時なのかを把握できない。苦笑した紫乃は「ありがとう」と花見の頭を撫で、身支度を済ませると「さて」と気合を入れた。

 ここからが紫乃の本番だ。

 本日紫乃が使う(くりや)は、いつもの慣れた御膳所の厨ではない。

 後宴が行われる貴人殿、「豊楽殿(ほうらくでん)」に付随している厨を使用する。先日、御膳所での仕事の合間に見に行ったのだが、御膳所に比べるとこぢんまりしているが使うには何の問題もない大きさと設備だった。

 ここに、紫乃が持参していた山小屋にあった調理器具を運び込んで準備をする。

 掃除は掃除番がしてくれていたので、清潔に保たれている。この豊楽殿は主に凱嵐(がいらん)の親族が寝泊まりするときに使う御殿らしいのだが、滅多に使わないにも関わらず毎日清掃されており、おかげで埃一つ落ちていなかった。

 きっと天栄宮には大して使わない設備が山のように存在していて、しかしそのどれもに掃除が行き届いているのだろう。そう考えると、凄まじい場所である。維持に手がかかる。


「さて」


 (たすき)で袖を纏めると紫乃は気合を入れた。


「まずはにゃにするの?」

「隣の蔵から食材を運ぼう」


 蔵にはあらかじめ伝えてあった食材が入っているはずだ。夜中から作り続けた豆腐も運ぶようお願いしてある。

 それらを二人がかりで運びこむと、手入れを欠かしていなかった自前の調理道具で調理していく。

 本日の後宴で紫乃が作る料理は、六品。

 そのうちの五品は一度の御膳に並べて出し、最後の一品は宴会が終盤となったところで頃合いを見計って出そうという寸法である。

 まずは五つ。

 紫乃は豆腐から取り掛かろうと、細長く切ってから水気を切るために布を巻き、重石を乗せる。

 そこに塗る調味料を用意しなければいけない。

 胡桃(くるみ)を手に取り、殻を割って中身を取り出していく。すり鉢に中身を入れると、すりこぎで潰していった。細かく潰し砕いたら、これを味噌と味醂(みりん)に合わせる。

 次に作るのが、木の芽味噌。

 木の芽とは山椒の新芽のことであり、これをすり鉢でよくすり潰す。白味噌と共に和えるとピリリとした辛さになり、酒のアテには丁度良くなるのだ。見た目は鮮やかな緑色の美しい田楽味噌となり、彩にも丁度良い。上にすり潰していない木の葉を乗せると、なんとも愛らしい一品となる。

 お次は花鰹。鰹節と削り器を手にした紫乃は、勢いよく鰹節を削っていく。

 出汁としても料理としても使える花鰹は、本日の後宴でも大量に使うので紫乃は早く、しかし怪我をしないように丁寧に削っていった。

 シャッシャッと削れゆく鰹節。山のように出来上がる、薄く儚い花鰹を前にして花見がごくりと喉を鳴らしたのがわかった。


「……紫乃〜」


 花見は花鰹が大好物だ。特に削りたての花鰹は風味の良さが抜群で、いくらでも食べられると豪語しているし実際削る端からぺろりと食べてしまう。


「これは今から使うやつだから、ちょっとだけだよ」

「やったぁ」


 さらにこんもりと盛り付けた花鰹を渡すと、嬉しそうに口にした。ご丁寧に猫又妖怪の姿に戻った花見は、はむはむと花鰹を食んでいる。

 それを尻目に紫乃はせっせと鰹節を花びらのように薄く細く削っていくのだった。


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