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【書籍化】皇帝陛下の御料理番  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
春来の祝宴

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前夜

「うぉおおい、水が足んねえぞ!」

「今、手が離せるやつなんていねえんだよ! 自分で井戸から汲んで来い!」

「なんだとぉ!? 俺ぁ今、ゼンマイを水煮にすんので忙しんだよ!」

「こっちだって独活(うど)を三つに切るので大忙しだ!」

「私、行ってくるよ」

「おぉ、夕餉(ゆうげ)の姐さん。そりゃありがてぇ」

「持てるだけでいいからな!」

「花見もいるから、この桶いっぱいになるまで汲める」

「花見さんまで! 助かるなぁ!」

「猫又妖怪っつーのは、親しみがあるんだな!」


 春来(しゅんらい)祝宴(しゅくえん)が明日に迫っていた。

 本日は朝からずっと皆が大忙しであった。調達番と御料理番の指示により運び番が(くりや)に運び込んできた食材の数は、通常とは比べ物にならないほどの量である。

 米俵二俵、鮎五百匹、鯛三百匹、山菜が背負い籠に百個分、豚が五十頭に鹿が三十五頭、兎が四百羽。そして野菜は荷車に積まれたまま、御膳所の外に置かれていた。

 醤油も塩も梅干しも料理に使う酒もこれでもかと持ち運ばれており、もはや足の踏み場もないような状態だった。

 朝餉(あさげ)の厨から順に支度を始め、夕餉(ゆうげ)の厨は一番最後の参加となる。

 グラグラと煮立った湯では鰹と昆布で出汁をとり、()り酒を作る大鍋からは梅の爽やかな香りが立ち上っている。

 小上がりには綺麗に山菜が並べられ、魚は桶の下に氷を仕込まれて腐らないように配慮がされていた。家畜は御膳所の裏で解体処理中だ。

 誰も彼もに役割が分担されており、暇な人など一人もいない。水がなくなったと騒いでも持ってきてくれるような手持ち無沙汰な人間は残念ながら存在しなかった。

 紫乃と花見、野菊を除いては。

 祝宴ではなく後宴担当となった紫乃には、この祝宴での役割は割り振られていなかった。かといって御膳所中の料理番たちが働いている最中に宿舎で寝こけていられるほど薄情ではない。後宴の準備もそこそこ大変だが、開始時間は夜の五つ。徹夜で祝宴の準備を手伝い、少々仮眠を取ってからでも準備は十分間に合う。

 というわけで、本日の紫乃は人手が足りない場所に顔を出す助っ人である。

 人の出入りが激しいので花見も護衛を兼ねて紫乃にずっとくっついているため、力仕事くらいならば頼めば手伝ってくれる。野菊は外の見回りだ。

 紫乃は自身の背丈の半分もあるような巨大な木桶を、ふんっ、と気合を入れて持ち上げた。


「花見、行こう」


「にゃあ」

 素直に従う花見を連れて、外の井戸まで行く。御膳所で使う井戸は専用のもので、許可なく使うことは禁止されていた。

 ザッパザッパと井戸から水を汲み上げて、それを持参した桶に移し替えていく。桶はかなりの大きさのものなので、満杯になると紫乃には持ち上げられない。

 軽々と持ち上げた花見は、中身が溢れないように気をつけつつも御膳所へと持って行ってくれた。


「持ってきたにゃあ」

「ありがとうよ、猫又さんの!」


 ドッスンと重そうな音をたてて桶が床に置かれる。礼を言った料理番は、早速柄杓で水を汲み、鍋へと移し替えた。


「水は料理に欠かせねえもんだからな! 助かるぜ!」

「おぉい、姐さん。こっちの豆腐作るの手伝ってくんねえかな!」

「いやいや、姐さんは次は俺んとこ手伝ってもらうんだよ!」

「何をう!? 姐さんは俺と(たけのこ)を煮るんだよ!」


 人手不足が凄すぎて、引っ張りだこである。紫乃は自身を取り合う男たちを落ち着かせようと、間に割って入って声を張り上げた。


「順番に手伝うから! まずは豆腐から!」


 そう言えば、「はいっ!」と豆腐を作っていた御料理番が嬉しそうに返事をし、残る二人は悔しそうにしつつも引き下がる。今はただの手伝いとはいえ、普段は御料理番の頂点に君臨している紫乃の言葉に逆らえるものはいない。


「いやぁ、助かります。豆腐作りは時間も手間もかかりますからねー!」

「実は後宴でも豆腐を使おうと思っていたから、ここで出来ると助かるんだ。多めに作るから持って行ってもいいか?」

「そりゃあ、勿論! そのつもりだと聞いていましたし!」


 話は伴代(ばんだい)に通してあったのだが、それが伝わっていたのだと知り安堵した。

 そのために大豆をかなり大量に注文してもらっていた。しばらくは豆腐作りだ。

 豆腐を作っていると、今度は厨に大鈴(だいりん)がやって来た。


「失礼します。祝宴で使う食器の確認にきたのですが……」

「あぁ、それはこっちだ」


 奥で作業していた伴代が手を止めて大鈴に声をかけた。大鈴と後ろに続く給仕番が両手いっぱいに食器を抱え、入ってくる。うずたかく積み上げられた食器は絶妙なバランスを保っており、大鈴は器用にもひしめく料理番たちにぶつからないよう歩きながら伴代に近づいた。

 大小様々な器が所狭しと小上がりに並べられる。花の形をしたもの、黒塗りに金と朱で模様をつけたもの、平皿に複雑な彫りを施したものなど実に様々で、思わず目を奪われてしまう。

 それを見ながら、伴代は細かな指示を出して行った。


「この器は朝餉の厨に持って行ってくれ。こっちのは昼餉のだな。あぁ、これはこのままでいい」

「かしこまりました」


 大鈴はテキパキと指示通りに食器をわけていく。

 皆が皆、無駄な動きを一切せずに準備に勤しんでいる。普段であれば皆、寝静まっている時間だというのに本日は誰も彼もが起きて働いており、その忙しなさは日中以上のものである。

 花見は紫乃にくっついて料理の手伝いをしながらも、時折耳を動かしどこか虚空に目をやっている。そうして怪しい気配がないのを確認すると、またいつもの人懐っこい笑みを浮かべながら手を動かすのだ。

 そんな花見のいつもとは少々違う動きにも、気づく者は誰もいない。

 目先の仕事に集中している人々は、花見の挙動に気をくばる暇などないから。

 夜が更け、皆は疲弊し始める頃にじさまが起き出してきて元気に仕事に取り掛かる。


 そうして空が白み始め、陽が昇ると、いよいよ春来の祝宴の時刻がやってきた。


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