祝宴の準備
御膳所がいつもより慌ただしい。
原因は言わずもがな、春来の祝宴に備えているからだ。
御膳所だけではなかった。
祝宴は天栄宮をあげての一大行事。皇帝の召し物を司る衣装番も、宮中の飾りを担当する女官も、財務の諸々を切り盛りする要脚府も、庭の剪定をする庭師も誰も彼もが慌ただしく働いていた。
「後宴で出す料理に何か規則やしきたりはあるのか?」
紫乃は厨にて伴代に尋ねる。
「規則というか暗黙の了解はありますね。後宴で出す料理というのは時の皇帝陛下によって変わるもんなんです。いつの世も陛下と、陛下の親族のみを集めて行われる席なので、基本的には出席者の好むものをお出しします。今代皇帝の凱嵐様とそのご一族は皆、大層な酒豪なので、酒の肴は腹に溜まり過ぎず、品数は多く、かつ冷めても美味いものをお作りしています」
「なるほど」
「ちなみに陛下の食の好みは……よくわかりません」
難しい顔をして伴代が首を弱々しく振る。
「その点は紫乃姐さんの方がわかるんじゃないですか? 陛下は姐さんを御料理番頭にしてから、別人のように生き生きと食事を楽しんでおられるから」
「それは、温かい料理が食べられるようになったからじゃないか」
「いいや、それだけじゃないと思います」
伴代はキッパリと否定した。
「陛下は姐さんの料理そのものを気に入っています。間違いなく」
「そうかな……」
「そうです。俺の料理番としての長年の勘がそう言っています。先代皇帝が紅玉様を重用していたのと同じニオイがします。紅玉様も後宴や饗応、陛下の私的な酒宴の席で度々指名をされていましたから」
言って伴代は、顔を顰めた。
「まあ、そんな紅玉様はなぜか処刑されてしまいましたが……っと、余計な話はここまでにしましょうか。陛下のお好み、思い当たる節はないか考えておいた方がいいと思いますよ」
伴代は言うだけ言うと、「さ、仕事仕事」と腕まくりをしながら厨の後方へと移動した。
(陛下の好みねぇ)
紫乃は手を動かしながらも考える。まだ天栄宮に来てから一月ほどしか経っていないが、陛下の好みとは一体なんだろう。
正直、何を出しても「美味い」と言って食べてくれるので、これといった好物が思い浮かばない。本日の夕餉でも満面の笑顔で「やぁ、今日の夕餉も美味いなぁ!」と言いながらお代わりをしていたし。
強いて言えば、炊き立てあつあつの麦飯だろうか。
しかし、今回は「冷めても美味い」「酒の肴」という縛りがあるためにこれを出すのは難しいだろう。出すとすれば、〆に粥として出すならばアリか。
(ふむ。まあきっと、何を出しても喜んで食べてくれるだろうな)
ならば趣向を変えよう。せっかくの宴の席なのだ。華やかなものを作りたい。
今回は春の到来を祝う行事なのだから、春めいた献立にしようか。
そう考えると、紫乃の頭にアイデアが浮かんできた。
(蔵にはこのところ毎日、蛤と白魚が入ってきているからあれを使おう。あとは……鯛もいいな。それから豆腐を作るか)
毎朝、調達番が降ろしてゆく食材を思い出しながら献立を頭の中で組み合わせていく。
(青えんどう豆、梅肉、花鰹……山椒もいいな)
よしよし、中々いいものが作れそうだ。
紫乃がニンマリしていると、厨に花見と野菊が現れる。
「にゃああ〜腹へったあ!」
「ですのう!」
ぐーっと伸びをしながら真っ直ぐに小上がりに向かうと、二人は草履を脱いでその場に大の字に転がる。そうしたところで十歳の少年少女姿なので大した面積は取らず、厨の御料理番たちは可笑しそうに二人を見ていた。
「随分お疲れのようですねぇ」などと言われ、「うん、疲れた」「疲れましたのう」と返事をしている。
「紫乃、今日も異常なし」
「こちらも異常なしでしたわぁ」
「二人ともありがとう。今、雉肉炙るから」
紫乃は七輪に火をつけると用意してあった干し肉を炙りつつ、花見に声をかけ礼を言う。
刺客が紫乃の部屋で盗み聞きをし、花見がそれを追うべく天井をぶっ壊す事件が発生した翌日以降から花見と野菊は見回りを強化してくれていた。
と言ってもあまり紫乃から離れすぎると何かあった時に駆けつけられないからと、見張りの範囲はあくまで御膳所の内部のみだ。
御膳所内も結構な広さがある。平屋なので天井裏を見て回る手間は宿舎よりないけれど、厨が三つに蔵が一つ存在している御膳所には、かなりの人数が出入りしている。特に今は祝宴の関係で、他の役職の者が食材やら酒やら食器やらの確認のためにしょっちゅう厨に顔を覗かせていた。不審人物がいつ出入りしているとも限らないので、いつも自由にしている花見も野菊も神経を尖らせていた。
夜のこの時間まで来れば、もうあとは自分達の夕餉を済ませて片付けるだけである。
花見は先ほど紫乃が作った料理を食べたというのに、わしわしと凄まじい速度で飯をかきこんで行く。そんな花見の様子を見て、伴代が関心したように声を上げた。
「花見さん、いつも以上にいい食べっぷりですね」
「動くと腹が減るんだにゃあ」
「妖怪って皆、そんなに飯好きなんですか?」
「どうだろ……ワテは他の奴とあんまりつるまないからにゃあ。でも、紫乃の飯は美味い。腹に溜まるのもそうだけど、心が満たされる。心の隙間を埋めてくれる感じがする」
「ワタシも姐さんの作る料理は大好きですのう!」
口周りに飯粒を大量につけた野菊も同意した。
「確かに姐さんの作る料理食べると、ホッとするよなぁ」
「違いない。陛下が入れ込むのも俺にはわかる」
「できれば俺たちの料理も毎日作ってほしいくらいだぜ」
他の料理番たちも頷く。紫乃としても悪い気はしない。
(母直伝の料理、美味くて当然)
と心の中で密かに胸を逸らしていた。
「陛下が親族に自慢したいのもわかる話だ」
「おぉ。俺らの御料理番頭が後宴に選ばれるとは名誉な事だ」
「もう献立は決まったんですか?」
「うん、大体」
「楽しみですねぇ」
御膳所の浮き足立つ様子に、紫乃までも心が弾む。
春来の祝宴はもうすぐそこまで迫っていた。





