タンタンコロリン
「妖怪タンタンコロリンというのはお前のことで相違ないか」
「そうだよ、あっしがタンタンコロリンだ」
「討伐するには忍びなく、壺に封じ込められていたと聞いている」
「あぁ。おかげさまで暗いわ狭いわ柿の実はどんどん増えて行くわで、地獄よりひでぇ目に遭った」
自らがタンタンコロリンと認めた男は、凱嵐を馬乗りに乗せたまま、地面に大の字に転がった状態で淡々と答えていく。
「陛下、この者がタンタンコロリンですか」
一足遅れて追いついた利半が肩で息をしながら凱嵐に呼びかけた。
「あぁ、この者がタンタンコロリンらしい」
するとしゃがみ込んで膝に手をつき、一連の様子を眺めていた花見が、横から口を出してきた。
「ワテ、長いこと妖怪やってるけど、タンタンコロリンなんて名前の妖怪を見るのは初めてだにゃあ」
「ワタシは妖怪歴が浅いので、やっぱりタンタンコロリンを見るのは初めてですのう」
「あっしは特殊な妖怪ですから。他のタンタンコロリンを見たことは無い」
「もしも近くにいたら、絶対に仲良くなっていたのに。柿の実を無限に取り出せる妖怪。にゃんて便利で美味しいんだにゃあ」
花見は垂れてくる涎をじゅるりと啜った。欲望が、ダダ漏れである。
「さて。タンタンコロリン。悪いがもう一度壺の中へと戻ってもらうぞ」
「ええっ!? ちょっと待っておくれよ。せっかく出て来たところだってのに、またあの中に逆戻りとは御免だね!」
タンタンコロリンは首を勢いよく持ち上げると凱嵐に食ってかかった。
上からのし掛かられているタンタンコロリンはなんとか凱嵐の拘束から逃れようと手足をばたつかせるが、体格のいい凱嵐相手ではそんな抵抗など虚しいだけだ。びくともしない凱嵐は、「利半」と一言名前を呼ぶ。
タンタンコロリンは、涙を流して訴え始めた。
「あっしが何をしたって言うんだい!? せっかく沢山の実を成らせたのに、誰も食ってくれなくて、寂しくて、悲しくて、だから自分から売りに行っていただけだってのにさぁ! 気がついたら追われて、封印されて、狭苦しい壺の中で何百年も過ごして! やっと出てこられたってのに、また逆戻りかい!?」
「仕方なかろう。妖怪と人間は相容れない。お前が柿を配りまくるから、里の者は迷惑していたんだよ」
「だが、今の町の連中は喜んでくれたでさぁ! いいじゃねえかよぉ、柿配るくらい!」
悲痛なタンタンコロリンの言葉を聞いていたら、紫乃は何だかこの妖怪が可哀想になってきた。
確かに、タンタンコロリンは、何も悪さをしていない。
柿に毒が入っているわけでもない。美味しい柿を棒手振りの男に化けて町人たちに売っていただけである。
紫乃は涙を流して喚くタンタンコロリンを見ながら、封印しようと構えをとる利半と、容赦のない凱嵐に声をかけた。
「封印しないと駄目ですか」
「無論だ。元々が封じられていた妖怪。また壺に戻ってもらうだけだ」
「可哀想じゃない?」
この言い分に、凱嵐は首を巡らせ紫乃を見る。紫色の瞳に宿っているのは、人の上に立つ者のそれであり、タンタンコロリンに対する同情の色など欠片も浮かんでいない。
「ならばどうする。いっそ、ひと思いに斬ってやるか」
「…………私に任せてもらえませんか」
剣に手をかける凱嵐に向かって、紫乃は交渉をする。それからしゃがみ込んで、タンタンコロリンの顔を覗き込んだ。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった男に向かって、告げる。
「タンタンコロリン。封印されたくなければ、私の言うことを聞いてもらおう」
「…………何を言い出すんでぇ」
「私が作る柿料理を、食べるがいい。天栄宮までついて来て」
+++
天栄宮の中に入ると、張り巡らされた護符の影響で野良の妖怪は落ち着きがなくなる。
タンタンコロリンはダラダラと流れ続ける冷や汗で全身をぐっしょり濡らしながら、御膳所の夕餉の厨の小上がりの上に居心地悪そうに座っていた。
周囲を、凱嵐、花見、野菊に囲まれており、逃げ出す隙は無い。利半は鬼封殿へと既に戻っている。
紫乃は今しがた作り上げたばかりの菓子を漆塗りの器に乗せ、小上がりへと移動する。
そしてタンタンコロリンの前へ置いた。
拳大の真っ白い雪のような求肥に包まれ、かすかな橙色が透けて見えているその菓子の名は。
「ほらどうだ。柿大福だぞ」
「……あっしぁ、皆に食って欲しいだけで、自分で柿を食いたいと思ったことは……」
「いいから食ってみろ」
「そもそもこの柿、あっしの枝から成ったやつだから、自分で自分を食うことになるんじゃあ」
「四の五の言わずに食べろ。ほら、ほら」
「いやぁ……ですがねえ」
妙に渋るタンタンコロリンに、紫乃は少しイラっときた。
柿大福をむんずとつかむと、ごねるタンタンコロリンの口に無理やり押し込む。
「もがっ!?」
「噛まないと窒息するぞ」
ぐいぐいと大福を押し込む紫乃を見て、凱嵐が笑った。
「妖怪相手に容赦がないな」
「だって、何とかしないと陛下が封印するか討伐するかしてしまうでしょう」
紫乃は割と焦っていた。
凱嵐はきっと、妖怪に対して容赦をしない性格だ。
紫乃がどうにか出来なければ迷わずに封ずるか斬り伏せるかしてしまう。
柿を配るだけという、世にも無害な妖怪だとしても構わない。そういう風に生きて来たのだという迫力を感じさせるような人物だ。
紫乃に大福を押し込まれたタンタンコロリンはもがもがと口を動かしていたが、やがて目の色を変えた。
「も……う、美味い!?」
「そうだろう」
紫乃の作った柿大福は、ヘタと皮を取り除いた柿の中身をくり抜き、中に白餡を詰め、それを求肥でそっと包んだ一品である。
もちもちした求肥の食感と、干し柿では出せない新鮮な柿ならではの瑞々しさ、そしてどっしりした甘さの白餡が特徴的な大福だ。
「沢山作った。好きなだけ食べるといい」
紫乃がどっさり山盛りにした柿大福を小上がりに置くと、タンタンコロリンは今しがた口に入っていた大福をごくりと飲みこみ食べ切った。追加の大福を両手で一つずつ掴むと、恐るべき勢いで食べる。
「美味いなぁ! 柿っつーのは、こんなにも美味い食べ物だったのか! いやぁ、さすがあっし!」
「ワテも食べたい!」
「ワタシもですのう!」
「俺にも食べさせろ」
妖怪に混じって凱嵐までもが柿大福に手を伸ばし、むしゃむしゃと食べ始めた。
その様子を眺めながら、紫乃は満足して笑った。
あっという間に作った大福がなくなって行くのを見つめながら、紫乃はタンタンコロリンに向かって、言った。
「よし。タンタンコロリン。聞くけど、私に使役されるのと、封印されるの。どっちがいい?」
口の周りを求肥で真っ白にしながら食べ進めていたタンタンコロリンは、ふと動きを止めると、小上がりを見下ろす紫乃の顔色を伺うように見つめた。





