追いかけっこ
「さあ、柿だよ、柿はいらんかね!」
夜も更けた頃合いの雨綾の町に賑やかな声が響き渡っている。
昨日紫乃が買い占めたはずの柿であるが、どこから仕入れてきたのか棒手振りの男はまたも桶にぱんぱんに詰まった柿を町人相手に売り捌いていた。
「紫乃姐さん」
「野菊。見張りありがとう」
見張りを頼んでいた妖狐姿の野菊が、紫乃を見つけて飛んできた。労いの言葉とともに頭ひとつ撫でると、笊に入れ布を被せて持ってきていた稲荷寿司を野菊に渡す。
野菊は足元で、嬉しそうにそれを頬張った。
町人に扮している凱嵐が、棒手振りの男をよく見ようと親指で被っている笠を持ち上げた。紫色の瞳が細められ、眼光鋭く男を睨む。
「あれが例の男か」
「はい、そうです」
「利半、どう思う」
凱嵐はこの場に連れて来ているもう一人の男に問いかける。
夕餉の席で紫乃が言った「棒手振りの男に化けた妖怪がいる」という話を聞いた凱嵐は、すぐさま食事を切り上げて紫乃を引き連れ、天栄宮の見知らぬ場所へと向かった。
どうやらそこは陰陽府という場所らしく、天栄宮を妖怪から守る護符や、数多の妖怪を封印する鬼封殿を管轄するための場所らしい。
紫乃を連れた凱嵐は鬼封殿にてこの利半という男を呼び寄せると、柿を配り歩く妙な妖怪の話をした。
すると利半は書物を取り出すと、該当する項目を凱嵐と紫乃の二人に見せながら説明をした。
「おそらくその妖怪は、『タンタンコロリン』でしょう。古い柿の木が妖怪になったと言われており、成り過ぎた柿の実を人に食べてもらうために人間に化けて柿を配り歩いた、という伝承が残っています。悪さをするわけではなく、ただただ柿を配るだけの妖怪のようなのですが……この妖怪が現れた墺州の田舎では、あまりにも柿を押し付けてくるもので参ってしまい、どうにかしてくれるよう相談が来た、となっております。
しかし、柿を配るだけの害意のない妖怪を討伐するのも如何なものかと話し合いがなされた結果、封印されたようですね」
どんな妖怪だ、と素直に紫乃は思った。
凱嵐も予想外の話に言葉を失っている。
「そんな妖怪もいるのだな……もしや、持ち出された壺の中身というのは」
「この妖怪で間違いがなさそうです」
「成程」
「何かあったのですか?」
紫乃の問いかけに、凱嵐があぁ、と頷いた。
「この鬼封殿にある妖怪を封印した壺が先日、ひとつ偽物とすり替えられていてな。行方を追っているのだが、文書に妖怪についての記録が残っている以上、紫乃が報告してくれた妖怪で相違無いようだ。よし、となれば話は早い。早速その妖怪に会いに行くぞ。紫乃、どのあたりにタンタンコロリンがいたのか覚えているか」
「野菊を見張りにつけているので、花見に言って野菊の妖気を辿って貰えば会えます」
「成程、優秀だなお前は。ならば共に行こう。利半もついて参れ」
「承知しました」
かくして変装した凱嵐と共に天栄宮を後に雨綾の町へ繰り出したというわけだ。
利半は、居並ぶ町人たちに聞こえないよう声を顰めて言う。
「ここだと目立ち過ぎますので……人がいなくなったところで郊外に移動させ、こっそり封印しましょう」
「あぁ」
凱嵐も頷き、人が捌けるのを待つ。
既に夜も遅いので、柿はほぼ売り尽くしていたのか、案外早く人だかりが無くなる。
本日買えなかった町人が悲痛な声を上げていた。
「明日も売ってくれるかい?」
「あたし、昨日も買えなかったのよぉ」
棒手振りの男は空になった桶を担ぎ、これに快活に答える。
「明日はもっと大量に用意しよう! 日の出とともに町に来るから、楽しみにしていてくれよ!」
「そうこなくっちゃあ!」
「いい男ね、本当に!」
町人たちは明日の約束をして、家路へと着いた。
見送った棒手振りの男は、桶を担いで雨綾の町の中心から外れるようにどんどんと郊外に向かって歩き出した。
これをつけて行く、長身の凱嵐を筆頭とした紫乃、利半、花見に野菊。人気がまばらになる場所に、こんな大所帯がゾロゾロ歩いて行ったとなれば、相当怪しいだろう。
距離を空けていても目立ちまくる一向に棒手振りの男は当然気がついており、一定の場所まで来ると、商売道具を放り出していきなり走り出した。
「!」
相手は妖怪であるからして、その速度は並ではない。暗闇が支配する雨綾の郊外を、疾風のように駆け抜けた。
「流墨!」
「はっ」
凱嵐が短く影衆の名前を呼ぶと、闇に同化していた流墨が現れて剣を投げ渡す。受け取った凱嵐が「先へ行く!」と告げると、妖怪に負けず劣らずの速さで走った。
この場にいる誰もが、妖怪と凱嵐に全くもって追いつけない。
「ワテ、長距離は苦手なんだけどにゃあ!」
花見は走りながら文句を垂れた。猫又妖怪の花見は短距離ならば誰にも負けない瞬発力を誇るが、持続力がないので長距離を走るのに向いてない。
夜の町をひた走る追いかけっこは、雨綾の町の端まで来ても終わらず、都を出て近郊の森に至るまで続いた。
しかしとうとう妖怪のスタミナが切れたのか、速度が鈍り出す。
それを逃す凱嵐では無い。躊躇わずに跳躍すると、一足飛びに妖怪との距離を詰め、上からのしかかって男を地面にひき倒した。
「うっ」
「観念せよ、妖怪」
追いかけっこの終着点に紫乃たちが追いついた時には、凱嵐が男の首筋に抜いた剣を突きつけているところだった。





