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【書籍化】皇帝陛下の御料理番  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
季節外れの果物騒動

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陰陽府

 天栄宮(てんえいきゅう)には、数多の妖怪を封印し保管している場所がある。名を鬼封(きふう)殿。

 立ち入る者の制限は皇帝が住まう寝殿と同じか、それ以上に厳しく、許可なく立ち入った者はそれだけで死罪となる。

 この鬼封殿の管理をしているのは陰陽府(おんみょうふ)という府局だ。

 使役・調伏・討伐・封印とおおよそ妖怪にまつわる様々な事柄を一括で執り行う陰陽府は、代々の皇帝が取りまとめを行っていた。が、先代皇帝の御代以降、雅舜(がしゅん)王国出身で陰陽道に詳しい白元妃(はくげんぴ)がこの座に君臨している。むしろ白元妃は、そのために妃に据えられたと言っても過言ではない。

 当然これを良しと思わない凱嵐(がいらん)賢孝(けんこう)であるものの、ならば代わりの者を連れて来てみよと言われると押し黙らずを得ない。

 白元妃の知識は深く、並の者では替えがきかないのは確かであった。

 とはいえ白元妃の意のままにされては困るので、皇帝直属の軍隊、(そう)軍の中でも妖怪が視える者を派遣し、好き勝手されないように目を光らせている。

 その陰陽府に在籍する一人の者、名を瑞円(ずいえん)と言う女子がいる。瑞円(ずいえん)は本日、陰陽府に一人の老婆を伴ってやって来た。

 陰陽府の人間で瑞円の上司、利半(りはん)は見ていた書物から顔を上げると首を傾げた。


「おぉ、瑞円。その者は何だ? 勝手に陰陽府に外部の者を入れてはいかん」

「こちら、白元妃様より新たに陰陽府で働くよう命じられた女人でございます。これが白元妃様より賜った、直々の書」


 利半が受け取って内容に目を通すと、なるほど確かにこの者をここで働かせるように書いてあるではないか。


「相わかった。よろしく頼む」


 すると瑞円が伴ってきた老婆は、深々と頭を下げて言う。


「名を、陽円(ようえん)と。どうかお見知りおき下さいませ」


 しわがれた声でいう老婆は若干震えているようだった。さて、本日は気温も高く過ごしやすいが、緊張でもしているのかと利半(りはん)は心の内で思い、勤めて優しい声を出す。


「まあ、特殊な場所であるが、ここに配属されたということは『視える』のであろう。あまり構えずいるといい。どうせ最初は雑用紛いだ」

「はい」


 相も変わらず震えている陽円であるが、これに構わず利半は瑞円へと話しかける。


「瑞円。奥二列の護符が古くなり擦り切れかけている。新たなものを作り、張り替えを」

「かしこまりました。勉強のため、陽円(ようえん)を伴っても?」

「構わない。白元妃様が直々に使わした者なら、問題ないだろう」


 利半の答えに瑞円は再び一礼をすると、陽円を連れて去っていく。 

 その様子を目で追っていた利半であったが、すぐに興味を失い、手に持っていた書物に再び意識を向けた。



 瑞円(ずいえん)は陰陽府の一角にて、真新しい札に筆を乗せ、さらさらと呪文を書いて行く。これは妖怪を封印する壺に貼るための札であり、ただ書けばいいというものではない。

 素質のあるほんの一握りの人間が修行を積んで理を知り、真髄を理解し、そうしてやっと作り上げることのできる、特別な札だ。

 瑞円は札を書きながら、この場所に来ることになった当時の事を思い出す。

 里を妖怪に襲われて焼かれた瑞円を拾ってくれたのは、当時の(はく)皇后様だった。

 瑞円の妖怪が視える素質を買ってくれた白皇后様は、身寄りのない瑞円を天栄宮に置いて陰陽府で働くよう取り計らってくれた。

 当時十歳だった瑞円は、恩に報いるために必死で学び、やがては妖怪の調伏・使役がこなせるようになった。


(……白元妃様は、私の全て。白元妃様が望むのであれば、私は手となり足となり何でもこなさなければならない)


 瑞円は既に、凱嵐の暗殺に失敗している。

 だから今度は絶対に成功させなければ。

 やがて札を書き終えた瑞円は筆を置くと、隣に控えて小刻みに震えている老婆へと声を掛ける。


陽円(ようえん)、この札を持ち地下へと降りる。ついて来なさい」

「はい、かしこまりました」


 ()()()()()()()()()()()()、瑞円の言葉には決して逆らわない。天栄宮に舞い戻ってきた尾花を牢からひっそりと連れ出した瑞円は、白元妃様の元へこの老婆を連れて行った。


ーー命を取らない代わりに、全ての命令に従うように。


 白元妃様の並々ならぬ気にあてられた尾花は、その場に平身低頭し、「かしこまりました」と言うより他なかった。

 以来、尾花の身柄は瑞円に預けられている。

 瑞円は後ろについてくる尾花に目もくれず、鬼封(きふう)殿の奥へと進み、地下への階段を下って行った。

 天栄宮というのは、恐ろしい場所だ。

 やんごとなき身の上の方々が多く住んでいながら、その足元には危険な妖怪を封じた壺がぎっしりと並んでいる。一つ一つは腕で抱えられるほどの大きさの壺であるが、この中には、討伐が叶わずにやむを得ず封印という手法を取った凶悪な妖怪が眠っている。

 背筋が泡立つような恐怖を感じているのは瑞円だけではなく、後ろの尾花は全身をカタカタと震わせ続けていた。なまじ妖気を感じる事が出来る分、この場所の恐ろしさは並の者よりよくわかる。

 瑞円は、壺の護符の張り替え作業をしながら、更に奥の扉に目をやる。

 見張りは居ないが札が貼られているその場所は、場所自体に封印が施されている。

 それだけ危険な妖怪を封じた壺が安置されているからだ。


(………………)


 いかな陰陽府で長く働いているとはいえ、瑞円一人の一存であの扉を開くことは叶わない。左右に視線を走らせると、瑞円のように護符の張り替えや壺の状態を確認している陰陽府の人間が点在している。扉を開こうとすれば、たちまち気づかれ注意を受けるだろう。


(注目を逸らさねば)


 瑞円は思い、そっと尾花に視線を送る。

 尾花が近づき、死角を作る。そうして尾花は素早く懐に隠してあったそっくりの壺を取り出し、一つの壺と取り替えた。

 立ち上がった二人は、何事もなかったかのように護符の張り替え作業を続けると、陰陽府を去った。

 天栄宮の中でも特殊な立ち位置である奥御殿は壁で隔てられており、中に入るには正殿から伸びる「鈴鳴廊下(すずなりろうか)」を通る必要がある。畳敷の絢爛豪華なこの廊下の真ん中を通れるのは皇帝と妃のみと決まっており、後の者たちは隅をそそくさと通る。

 瑞円は通い慣れたこの廊下を通り、奥御殿の唯一の外界との出入り口、西門へ向かった。


「上々だな。あとはそれを、市中に放って騒動が起こるのを待とう」

「……はい」


 尾花の短い返答に、瑞円は片眉を吊り上げる。

 この老婆は、瑞円の命の恩人である白元妃様に昔、追放された者だという。何でも白元妃様の御子、秋霖(しゅうりん)皇太子の世話係であるにも関わらず、白元妃様の意向に逆らうような行動をしたとか。

 全く愚かな老婆だと瑞円は思った。

 出過ぎた真似は身を滅ぼす。しかし寛大な白元妃様は尾花の命を取らず追放で済ませたばかりか、こうして戻ってきた尾花をお許しになりさえした。

 やはり白元妃様こそが、この天栄宮の主人にふさわしい。

 余所者の凱嵐などという偽りの皇帝はさっさと追い出し、正しき世の中を作らねば。


「行くぞ」

「はい」


 是の意しか唱えない人形のような尾花を従え、瑞円は天栄宮の西門より雨綾(うりょう)の街中へと降り立った。


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