【番外編】第一回、御膳所団子作り大会②
凱嵐と賢孝は天栄宮が正殿群の一角にある庭を散策しながら談義をしていた。
庭には美しい池が設られており、蒼塗りの橋がかけられている。そこを歩きながら見渡すと、もう庭には種々の美しい花が芽吹いており、桜の木には蕾が膨らんでいた。
「尾花が消えた?」
「はい。兵の報告を受けて確認したところ、牢の見張り番は全員昏睡状態。尾花を閉じ込めていた牢の扉は開いており、中はもぬけの殻でした。兵たちに外傷はなく、眠らされているだけであり、おそらくは妖術の類かと」
賢孝からの知らせを聞いた凱嵐は、顎に手を当てて思案する。
「誰かが逃したと考えるのが妥当だ。そしてこの場合、考えられる人物はただ一人……」
かつて、天栄宮で皇太子の世話係であった尾花を追放した張本人、白元妃。
凱嵐と同じ人物を思い浮かべていたであろう賢孝は首を捻った。
「しかしなぜ始末ではなく逃すと言う手法を取ったのか、そこが気になるところにございます」
「まだ役に立つと考えたのだろう」
凱嵐は己の考えを口にした。
先頃、紫乃がかつての御料理番頭紅玉の娘であると白元妃方に知られてしまった。
厄介なことにこの紅玉、皇太子に毒を持った角で表向きは処刑されたことになっている。
しかし実際にはこの雨綾からほど近い屹然の山間にひっそりと隠れ住んでおり、おまけに娘となる紫乃まで産んでいる。
この事実が白元妃方に渡ったとなれば、よくは思うまい。全力で紫乃を消しにかかるのは目に見えている。
そのための手札として尾花を手中に収めた、と考えるのが妥当だ。
使える捨て駒は多い方が良い。尾花は駒の一つとみなされたに違いない。
賢孝はさりげなく周囲を気にしつつ、小声で言う。
「紫乃を隠した方が良いのでは?」
凱嵐が留守にしていた一日の間に、随分と心を許したものだなと思った。
蛇蝎の如く嫌っていた癖に、一度認めると話が早い。紅玉の件を話した際にも、賢孝は同じ助言を凱嵐へとして来たのだ。
しかし凱嵐はこの提案を首を横に振って却下する。
「そうしたいのは山々だが、本人が拒んでいる」
「…………強情な娘ですねえ」
「御膳所の仕事が気に入っているらしい」
「それは何よりとは思いますが、命を取られてしまってはどうしようもないでしょう」
賢孝はため息をつきつつ、そんなことを言う。
「まあ、あれには妖怪が二匹、護衛としてついている。すぐにやられるようなこともあるまい」
仮に攫われどこぞかへ閉じ込められたとしても、紫乃ならば花見と野菊の力を借りて脱出しそうである。或いは敵襲があっても即死はないだろう。
「妖怪といえば……あの娘、天栄宮でなぜ使役が可能なのか、陛下はどうお考えで?」
「これは憶測に過ぎないが…………」
凱嵐がそう口を開いたところで、庭園の木々の間を縫って何やら御膳所の方で煙が上がっているのを見つけた。
「なんだあれは」
「火事でしょうか」
凱嵐の問いかけに、賢孝も空を見上げる。
二人は束の間、視線を合わせると、一目散に御膳所へと向かった。
「近づくにつれていい匂いがしてこないか」
「確かにそうですね……」
凱嵐は足をすすめながら鼻を動かした。
先ほどまでもうもうと上がっていた煙は今は落ち着き、変わりに香ばしい醤油が焦げる匂いが漂っている。
一体これは何なのか。
火事かと心配して早足で向かっていたが、今はこの鼻腔をくすぐるいい匂いの正体を確かめたく、御膳所への到着を急いだ。
木々の間を抜けると使用人宿舎の横手に御膳所が姿を現す。
そしてその手前の開けた場所に、なぜか七輪が大量に並べられており、各厨の御料理番たちが地べたに座り込んで大騒ぎをしていた。
「いやぁ、このみたらし団子は何本食っても飽きが来ない!」
「旦那の作る餡団子こそが、最強!」
「何を。甘いのばっかじゃ口の中がだるくなる。兄貴の焼き団子一択に決まってるだろう!」
「何言ってんだにゃあ、これだからニンゲンは。紫乃の三色団子が一番に決まってる」
「うーん確かにワタシも、紫乃姐さんの作る料理が一番好きですわぁ」
よくよく見れば、御料理番たちの周りには大皿が置かれており、そこには様々な団子が山のように積まれていた。
「どうやらただの宴会のようですね」
有事ではないと知り、賢孝が安堵の息を吐きながら言う。
一方の凱嵐は非常に和気藹々と楽しそうに団子を頬張る御料理番たちの姿を見て立ちすくみ、かと思ったら迷いのない足取りで彼らのそばに近づいた。
「……陛下!?」
賢孝が気がついた時にはもう遅かった。
凱嵐は大股ですたすたと御料理番たちに近づくと、しゃがみ込んで目線を同じにする。
「よう、そなたたち、何やら楽しそうな催しをしているな」
その声音は大変楽しそうであったが、振り向いた御料理番たちの驚きたるや並ではない。
持っていた団子を取り落としそうになったり、口に入れた団子を丸呑みして危うく窒息しかけたりと、先ほどの気兼ねのない雰囲気とはまた別の大騒ぎになった。
「!? へ、陛下!?」
「今代陛下!?!?」
「陛下の御成だぞ、皆、頭を下げよ!!!」
御料理番たちは、団子を皿に置いてばばっと地面に手をつき頭を下げる。
凱嵐はそれを片手で制した。
「よいよい。そなたたちの宴会に勝手に立ち入ったのは俺の方だ。そうかたくなるな」
「しかし…………」
「団子を食べていたのか、どれ」
凱嵐は皿に視線を移すと、おもむろに一本の団子を取り上げる。
誰かが止める暇もなく、大口を開けると団子に噛みつき、木串からかじり取ってもぐもぐと咀嚼し始めた。
「ん! このみたらし団子は美味いな! 誰が作った?」
「僭越ながら、このジジイめが」
「朝餉の御料理番頭か。良い仕事をする。どれ」
あっという間にみたらし団子を食べた凱嵐は、次に餡団子を手に取った。
「うむ。餡の甘さが程よい」
「陛下にお褒めいただき、身にあまる光栄にございます」
「昼餉のは料理もうまいからな。お、この焼き団子も絶品だ」
「畏れ多き幸せに……」
「先代の夕餉の御料理番頭か。特にこの、焦げた醤油が良い味を出しているな!」
次々に団子を頬張る凱嵐は最後に三色団子に手を伸ばした。
「ほう、三色団子に焼き色をつけるとはまた、珍しい」
言って凱嵐は三色団子と花見を見比べ、目を細めた。
「なるほどな。作り手は紫乃であろう」
「はい」
紫乃の肯定に凱嵐はやはりな、と考える。それから薄桃色の団子、白い団子、うぐいす色の団子と順に食べ、ゆっくりと味わってから感想を述べる。
「上品な味付けの三色団子が、焼くことで香ばしさも増している。いい一品だ」
「ありがとうございます」
そしてすっかり萎縮してしまった御料理番たちを見回し、一言。
「何をしている、そなたたちの宴会であろう。俺に構わず楽しくやってくれ」
「は、はぁ……」
国で最も偉い人物にそう言われて、「わかりました」とすぐさま宴会の続きをできるような人間などなかなかいない。
皆、どうしたものかと途方に暮れるなか、一際大きな声が響いた。
「どうしたのかにゃあ。食べないんならワテが全部もらうぞ」
「ワタシも、もっと食べたいですのう」
妖怪二人組である。
彼らは人間界の序列など全く関係がないため、凱嵐が来ようが平伏などしないし、食べるのも止めない。
むしゃむしゃと団子を食べる二人を見て、凱嵐が声を出した。
「ほら、うかうかしているとあの二匹に全て食べられてしまうぞ」
それでもなお動かない御料理番たちであったが、その中で一人、素早く団子に手を伸ばした人物が。
「伴代、お前の焼き団子、私は気に入った。うまい」
「姐さん」
「じさま。今度このみたらし餡の作り方を教えてもらえないか? あと、旦那も餡子の砂糖の分量を教えてくれ」
そして団子の皿を掴むと、周囲の御料理番たちに薦める。
「陛下がああ言ってるんだ、従わないと逆に咎められるかもしれない」
すると御料理番たちは、おずおずと皿に手を伸ばし、団子を再び食べ始めた。
若干のぎこちなさはあるものの、凱嵐はおおむね満足し、皿を一つ手に取ると後ろを振り返った。
「賢孝、お前もどうだ? 好物の甘いものだぞ」
賢孝は美しい顔に青筋を浮かべ、頬を引き攣らせて凱嵐を見据えている。
「陛下…………下々の者に混じって、そのような場所で団子を齧るなど……!」
「かたいことを申すな。ほら、食ってみろ」
「陛下! 毒見!」
「こんなにたくさんの御料理番が食べているのだから、それはもう毒見が済んでいると言える」
言いながら凱嵐はまたも皿から団子を取り上げ齧る。
凱嵐の自由奔放な様子を見た御料理番たちは呆気に取られていた。
夕餉の厨にいる御料理番なら凱嵐が結構気さくな人物だと知っているが、朝餉、昼餉の連中はそうではない。
まさかあれほど毒見毒見と五月蝿かったのに、突然こんな風に外で団子を食べ始めるとは夢にも思っていなかったはずだ。
凱嵐は皆を見回して、白い歯を見せて笑顔を浮かべると、言った。
「やはり食事は皆でするに限るな! そうだ、明日からは各厨にて食事をすることにしようではないか」
「陛下…………!!」
「良いではないか、賢孝。むしろ近い方が皆、助かるだろう」
串から団子を歯で抜き取りながらあっさりと重要事項を決める凱嵐。賢孝が今にも卒倒しそうになっていることなど、まるで気にしていない。
ふらりとした賢孝であるが、木に手をついてなんとかその場に踏みとどまる。
なおも凱嵐が差し出している団子をかろうじて受け取ると、一つ、団子の玉を齧りながら渋い顔で言った。
「こうなってしまった陛下を止めるのは、不可能……であれば厨近くに新たに陛下が食事をするための御殿を設けます」
「そこまで大げさにせずでも、俺は厨の小上がりで一向に構わんぞ」
「陛下の威厳に! 関わります!!」
賢孝の目は若干血走っていた。
あまりの勢いに気圧されたのか、凱嵐は視線を左右に彷徨わせてから咳払いをした。
「ならば……あー、御膳所から続く渡り廊下の先、正殿群の最北端にある御殿を使うのはどうだ。あそこならば何にも使われていないし、清掃すればすぐに食事に使うくらいできよう」
「左様でございますね。早速手配をいたします」
賢孝が納得したところで、凱嵐は御料理番たちの方に向き直る。
三々五々に団子を頬張る彼らは、凱嵐にきらきらとした視線を送っていた。
特にじさまは、そのボサボサ眉毛に覆われて小さな瞳から滂沱の涙を流している。
「陛下……そのようなお気遣いを頂き、このジジイめは幸せです」
「俺としても、出来るだけ温かな飯が食いたいのだ」
「陛下のお心に添えるよう、全力を尽くした朝餉をお作りいたします」
鼻を垂らしながら言うじさまに旦那がそっと手ぬぐいを差し出してやった。
「陛下万歳!」
「陛下の御代が長く続かんことを!」
「陛下に雨神様のご加護を!」
御料理番たちは団子を食べながら口々に凱嵐を誉めそやす。
それを聞いていた賢孝は、至極複雑そうな表情でボソリと呟いた。
「まるで御膳所の体制を強化した私が悪者ではありませんか」
「はっはっは」
凱嵐は大口を開けて快活に笑う。
賢孝のやり方が間違っていたとは思っていない。しかし何事にも限度というものがある。
確かに毒殺の危険性を減らすのも、皇帝としての威厳を保つのも大切な事柄だ。
ただ、そういったものとは別に、もう少しのびのびとしたいという考えも尊重してほしい。
「せめて食事時くらい、くつろぎたいものだ」
団子を齧りつつ平和なひと時を過ごしながら凱嵐は言う。
「…………さっさと片をつけましょう」
賢孝は静かに返答した。
「そうだな」
白元妃の勢力は確実に削ぎつつある。
宮中が平和になるためにも、凱嵐は敵勢力の一掃に力を入れようと心に決めた。





