【番外編】第一回、御膳所団子作り大会①
それは何気ない花見のある一言から始まった。
「団子が食べたいにゃあ」
普段は寝こけている花見が明け六つの食材調達についてきて、本日の夕餉には何を出そうかと紫乃が食材を吟味している時にポツリとこぼした台詞である。
おそらく、花見は桜の木に蕾が膨らんでいるのを見つけたのだろう。視線は荷車に積まれた食材ではなく、首をこれでもかと持ち上げて空を見上げている。
春先の澄んだ寒空に、細い枝についた桜の蕾が揺れている。
咲くにはまだ時間がかかるだろうが、なぜ花見がこんな微妙な状態の桜の木を見て団子を食べたがっているのか紫乃にはすぐにわかった。
「作ろうか?」
「いいの?」
「うん。ちょうど季節だしね」
すると花見の顔は、ぱあっと花が開いたように綻んだ。
「さすが紫乃!」
ところがこの話を聞いていたのは花見だけではない。
「紫乃姐さんの作るお団子、ぜひ食べたいのう!」
目を輝かせてどこからともなくひょっこりと現れたのは、狐耳を生やした白い着物を着た少女ーー先般の事件で紫乃が意図せずに調伏した、野弧だ。ちなみに野弧だと呼びづらいので、紫乃は野菊という名前を授けている。
野菊は両頬に手を添えると、じゅるりと涎を啜った。
「あれほど美味しい稲荷寿司を作る姐さんが作る団子……! 絶品の予感がしますのう!」
これに反応したのは、同じく食材を見繕っていた他の御料理番頭だ。
「ほう? 儂も団子には五月蝿いタチでのう。儂の作るみたらし団子こそ頬の落ちる美味さじゃよ」
じさまがボサボサ眉毛の下からきらりと眼光鋭く光らせながら言う。
「…………団子ならば、みたらし一択」
旦那までもがこう言って来た。
「いやいや、俺の作る餡団子こそ一番だ」
伴代すらこうして会話に参加してくる始末。
「ちなみに姐さんの作る得意な団子は何だ?」
「私は三色団子」
「なるほど。全員得意な団子が違うってわけか」
伴代は手ぬぐいを巻いた頭を上下に動かし、納得したような顔をしている。
そして人差し指を突き立てた伴代は、こんな提案をしてきた。
「こうなったら、誰が一番美味い団子を作れるか勝負しないといけないな。ちなみに俺は焼き団子が得意です」
何がどうしたらそんな勝負になるのか、話の流れが謎すぎるが、料理人としての血が疼くのか御料理番頭三人衆は速攻で同意をした。
「じゃの」
「うむ」
「そうだな」
かくしてここに、「第一回、御膳所団子作り大会」が開かれることと相成った。
「じさま、みたらしの様子を確認お願いします!」
「ほいよ。……あぁ、こりゃいい具合じゃのう。良かろう、火を止めい」
「はい!」
「旦那、餡子はここに置いておけばいいですか?」
「うむ。団子に塗ろう」
「姐さん、本当に花見団子を焼いちまっていいんですか!?」
「良いんだ、少し焦げ目がついた方が風味が増して美味しくなる」
「伴代の兄貴、醤油に浸けました」
「もう一度焼くから、くれ」
「はいさぁ」
御膳所が賑やかだ。
各厨それぞれの頭と伴代が音頭をとって、得意な団子を作っている。
御料理番たちは大量の団子を丸め、茹で、串に刺し、そして盆に乗せて次々と外に運び出している。
御膳所外の庭には七輪がずらりと並んでおり、網の上で団子が良い色に焼かれていた。
紫乃、じさま、旦那、伴代の四人は七輪の横にしゃがみこみ、団子の焼き加減をじっと確認している。
御料理番が団扇で煙を仰いでいる横で団子をひっくり返し、焼けたものは皿の上に乗せていく。
周囲一体に団子が焼けるなんとも言えない香ばしい匂いが漂っていた。
「やはり団子は、七輪で炙るに限るのう」
「焦げ目のついた団子のほのかな苦味は、美味い」
「にしても三色団子を焼くなんて、斬新ですね」
伴代が己の作る焼けた団子を次々に皿の上に山積みにしながら言った。伴代は一度醤油に潜らせた団子を再び七輪で炙っているため、他のものよりもいい香りがする。焼けた醤油の匂いというのは、なぜこうも心躍るのだろう、と紫乃は隣で団子を焼きながら思う。
紫乃は伴代の作る焼き団子の匂いに心を惹かれつつも、真剣な目つきでパチパチと炎が爆ぜる網の上で焼かれていく団子の様子を見つめ、頃合いを見計らって串を持ちひっくり返した。
「用心深い野良猫を、匂いで誘き寄せようとして編み出した料理だよ」
「へえ。姐さんは猫好きなんですか?」
「そうだな。嫌いじゃない」
そして、ちらりと視線を七輪から移動させた。その先には石の上に座り、紫乃の作った三色団子を食べる花見の姿が。
「うみゃああああ! やっぱ紫乃の作る花見団子は、最高!」
「待てよ花見さん。俺たちのじさまが作ったみたらし団子だって美味いだろう!?」
「いやいや、この餡団子の出来を見ろよ。旦那の作る餡団子こそが、至高の一品だ」
「伴代兄貴の作る焼き団子だって負けてねえぜ」
なぜか料理番たちは皆、それぞれの推し団子を持って花見を囲いながら団子談義をしていた。
すでに皿の上にはさまざまな団子が大量に並んでいて、いい匂いが御膳所の周囲に立ち込めていた。
団子宴会である。
「よしっ……と。これで終わりじゃ」
「……腹が減った」
「俺たちも食おうぜ」
じさま、旦那、伴代が七輪の上の最後の一本を皿に移すと、立ち上がる。
紫乃も焼き色のついた三色団子がこんもり盛られた皿を持って、皆のいる方へと移動する。
「紫乃ぉぉぉ、団子、めちゃ美味!」
花見は紫乃が近づいて来たのを見ると、食べ終えた団子の串を振り回しながらそんな感想を伝えてくれた。
「串、他の人に刺さると危ない」
「あ、ごめん」
花見は串を壺にぽいと入れると、次の団子に取り掛かった。
「うみゃああああ。あ、でも、こっちの焼き団子もうんみゃあああ」
「ですな。ワタシはみたらしも美味しいと思いますけどなぁ」
花見の隣にいる野菊も右手にみたらし団子、左手にあん団子を持ち、交互に食べすすめている。その顔には「至福!」とありありと描かれていた。
「団子、初めて食べましたわぁ。ほっぺたが落ちそう! もう、最高!」
野菊も花見も妖怪のポテンシャルを遺憾なく発揮し、むしゃむしゃと団子を食べている。
その様子を見た御料理番たちは、ご機嫌に笑いながら言った。
「ほっほっほ、美味いと言ってくれるのであれば、人間だろうと妖怪だろうと大歓迎じゃわい!」
「……違いない」
「妖怪ってもっと恐ろしい存在だと思ってたけど、案外親しみやすいんですねぇ」
そんな感想を漏らすじさまに旦那に伴代。
御料理番たちは山のように作られた団子を手に取り、次々に胃袋におさめていった。
「私も食べようかな」
「姐さん、俺の作った焼き団子からどうぞ!」
「いんや、儂のみたらしからじゃ」
「……餡団子」
途端に三人は紫乃に向かって己の作った自慢のひと串を差し出してくる。
ぐいぐいと押しつけられるそれを、紫乃は苦笑しながら受け取った。
「ありがとう、順番に食べるよ」





