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皇帝は紫乃を逃さない

 蒼い幕が張り巡らされた中央に、凱嵐(がいらん)が腰掛けていた。

 そしてその前には、縛られて地べたに座らされた紫乃(しの)と猫の姿に戻った花見。ちなみに花見が猫の姿になると普通の人間には見えなくなるため、忽然と姿を消した花見に兵たちが慌てふためいていたが、「放っておけ」と凱嵐が諭した。

 凱嵐の目には二つに分かれた尾を持つ三毛猫の花見がはっきりと見えているからだ。

 人払いがされており、この幕の内側には紫乃と花見、凱嵐(がいらん)しか存在しない。

 問い詰めたい事は山ほどあるが、紫乃は口をつぐんでいた。流石にこの状況で食ってかかるほど愚かではない。殺気立っていた花見を大人しくするよう説いたのも紫乃である。花見は警戒を解かないままに、一応はじっとしてくれている。


「さて、数刻ぶりだな。薄々勘づいているだろうが、俺の名前は雨 凱嵐(う がいらん)真雨皇国(しんうこうこく)の皇帝だ」


 やっぱりねと紫乃は納得し、同時にあの時なんとしてでも見捨てればよかったと内心で毒づく。関わってしまったがばっかりに、(ろく)でもない目に遭ってしまった。

 紫乃の心の内が読めているのかいないのか、凱嵐は切長の瞳を細めて唇を弧に描いた。


「お前たちが傷つけてくれたのは、俺の私兵で蒼軍(そうぐん)という。蒼軍に歯向かうとは即ち、俺に楯突くという事。……この意味がわかるか」

「……逃げたら襲われた。先に手を出してきたのは、蒼軍(そうぐん)の方だ」

「ほう」


 凱嵐(がいらん)(おもむろ)に立ち上がると悠々と紫乃のそばへと歩いてくる。膝を立てて座ると、(うつむ)く紫乃の顎に手をかけて上向かせた。またもこの男と強制的に視線を合わせる事態に紫乃の眉間に皺が寄る。


「お前は二度、俺に無礼を働いた。一度目は小屋から俺を放り出した時。二度目は蒼軍に楯突いた時」

 凱嵐(がいらん)の声は刃のような鋭さを持って紫乃(しの)の胸を抉った。隣で花見がフーッと威嚇の声を出す。

「だが、お前が俺を助けたのもまた事実。俺はこう見えて、寛大な皇帝として名が通っている。命の恩人にはそれなりの謝意を持って接する。その上で、問おう。

 天栄宮(てんえいきゅう)に来て御膳所(ごぜんしょ)で働くか、この場で斬って捨てられるか。

 ……どちらでも好きな方を選ぶが良い」

「……!!」


 あまりにも身勝手な凱嵐の物言いに紫乃は目を見開いた。

 目の前の美丈夫からは冗談を言っている気配は欠片も感じられない。

 この男は、断ればきっと何の躊躇いもなく紫乃を殺すだろう。

 どうする。紫乃は考えた。

 御膳所(ごぜんしょ)に行き、そこで何かしらのミスをして放逐(ほうちく)されれば良いのだ。何も律儀に仕事に従事する必要などない。致し方なく紫乃は蚊の鳴くような声でつぶやいた。


「……御膳所(ごぜんしょ)にて働く」


 すると美貌の皇帝は実に美しく微笑むと、立ち上がり再び椅子へと座る。

 そしてよく通る朗々とした声で高らかに宣言した。


「それで良い。では、紫乃。お前は今より、天栄宮(てんえいきゅう)膳所(ぜんどころ)御膳所御料理番頭ごぜんしょおりょうりばんがしらに任命する」


 天栄宮(てんえいきゅう)というのは、皇帝の住む御所。

 膳所は皇帝に供する食事や菓子を作る仕事場。

 そして御膳所御料理番頭ごぜんしょおりょうりばんがしらはそれらを束ねる役職である。

 皇帝のために食の一切を引き受け、二百人超が働く膳所にてわずか三人しかいない役職。当然ミスは許されず、皇帝の口に合わぬ食事を提供すると即座に首を刎ねられる。

 たった二度の食事を振る舞っただけで、紫乃は己でも知らないうちに凱嵐(がいらん)の胃袋を掴んでおり、決して逃げられぬ役職へと祭り上げられたのだった。


次回から天栄宮に舞台が移ります

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