白元妃様にご報告
本日2話目の投稿です
天栄宮の奥深くに存在する奥御殿は女の園。
男子禁制の華やかな御殿は、本来であれば皇帝の妃が住まう場所だ。
しかし今代皇帝の凱嵐には現在妻はおらず、この場所を支配しているのは先代皇帝の妃である白元妃。たとえ皇帝であっても迂闊に近づく事のできない花園の最奥に、その人物は鎮座していた。
赤い髪に緑の目、ゾッとするほどに白い肌は、同盟国である雅舜王国の特有のもの。
錦糸銀糸で複雑な刺繍の施された蒼の着物を纏い、瑪瑙や金剛石といった玉がふんだんについた髪飾りで己を飾り。年を経てなお衰える事のない美しさを有する彼女は、白元妃。
ーーこの天栄宮の、陰の支配者である。
白元妃の前には一人の女官が平伏していた。女官は着物では隠しきれない痣や打撲の跡が至る所についており、万全とは言えない状態であるが、だからと言って見苦しいそぶりを見せることはない。己の体の状態より、主人である白元妃への報告が優先されなければならない。
「……先の凱嵐襲撃は失敗に終わりました」
「…………」
「申し訳ありません」
畳に額を擦り付けて謝罪する女官に白元妃はしらけた目を向けた。
女官に扮しているものの、この女は暗殺者である。名を、瑞円。自身の腕前もさることながら、妖怪を使役して対象を屠るという手腕を見込んで今回の襲撃を命じてはみたものの、結局この様。
「使役しているのが小鬼ごときでは、あの男を殺せなくて当然じゃ」
「申し訳、ありません」
数を揃えたところで所詮、小鬼は小鬼。低級妖怪が何匹いようと化け物の如き強さを持つ凱嵐を止める事は不可能だろう。
「仕留める事は叶いませんでしたが、一つ、気になる話を耳にしました」
女官は苦しげに体を震わせながら言葉を続ける。
「最後に私が放った吹き矢を、横から叩き落とした暗器があったのですが……どうやらそれが、黒羽という人物のものであったと」
「……何? 黒羽?」
ピクリと白元妃の綺麗に描かれた眉が揺れた。
「はい。それを申したのは、凱嵐と共にいた猫又妖怪……そして凱嵐が連れていた小娘にも関係がありそうでした」
「小娘、とな」
「黒髪に紫の瞳を持つ、どこにでもいそうな娘でした。ただ……凱嵐が至極大事そうに抱えておりまして。紫乃という名前の娘でした」
「…………」
白元妃は考える。
暗器を使った黒羽とは自分の夫、つまり先代皇帝の影衆だった男の名前で間違いがないだろう。
ある日を境に姿を見せなくなっていた男が、この折に凱嵐を助けに入った?
しかし黒羽に凱嵐を助ける義理はないはずだ。
凱嵐は皇族の血を引いているとはいえ、末端の家柄。先代皇帝と凱嵐は特別親しい間柄ではなかったし、直接会ったのもおそらく一度。
であればその紫乃という娘が怪しい。
「……娘について調べ、報告せよ」
「かしこまりました」
女官は言って、首を垂れたままに立ち上がり白元妃の前を辞去する。
白元妃は一人になった部屋の中で歯噛みをする。
「上手くいかぬのう」
要脚府の長官であった空木は捕らえられた。朝議に参加している太覧もこのままでは危うい。
白元妃の手の者は多いが、一人また一人と着実に地位を追われているのもまた確か。
そこに現れた、影衆と関わりがあるかもしれない娘の存在。
白元妃がこの天栄宮で権力を握り続けるために、不確定要素は確実に葬り去らねばならない。
朱色に塗られた爪で髪飾りの瑪瑙を弾くと白元妃は立ち上がった。
「天栄宮もままならぬところじゃ」
それでも白元妃はこの地位を守らねばならない。先代皇帝との間にたった一人の子供しかもうけられず、その子すら喪ってしまった白元妃は、油断すればあっという間に天栄宮を追い出されてしまうだろう。陰に追い落とされないためには、自らの地位を盤石にするしか道はない。
使えない刺客や官吏たちに頼るのはそろそろ止め、自ら動く時が来たのかもしれないと、白元妃はこれから起こる宮中での騒動に想像を巡らせた。





