雨綾病の顛末
翌日の朝議の場で、雨綾病の件が議題に上がると凱嵐は真っ先に口を開く。
「雨綾病は白米を食べる偏った食生活が原因、との見方が出た。これより白米のみを扱う
食事処に是正の触れ込みを出す」
これに噛み付いたのは太覧だ。
「恐れながら申し上げます。雨綾に集う民は、白米を目当てにしている面がございます。突如そのような触れ込みをしては、反発を買うのではないでしょうか?」
この反論は、想定済みだ。
「白米以外の目玉を作れば良い。とりあえず家畜の関税を下げ、肉を市場に流通させやすいようにしようと考えている」
現在、牛肉や豚肉、はたまた猪肉や雉肉などには雨綾に入る時には高い関税がかけられており、これが障害となって市場での流通を阻害している。
まずはこの関税を下げ、食事処で肉を出しやすいようにするというのが昨夜凱嵐と賢孝が下した結論だった。
それでも太覧の表情は芳しくない。首を左右に振ると、太っている上に弛んだ頬の肉がブルンブルンと揺れた。
「しかし、関税を下げるとなると色々と弊害も出ます。今すぐにというわけには……」
「いいや、今すぐにする」
凱嵐は断固とした決意を持って宣言した。太覧の小さい目に剣呑な色が宿るも、凱嵐は気にしなかった。
「確かに税を下げると、他の施策に影響が出る。……だが、先に捕えた空木が税を秘密裏に横取りし、私財に加えていたことがわかっている。差し押さえた空木の財産と、奴が懐に収めていた税の分を勘案すると、肉の関税を下げたところで問題がない事がわかっている」
「ぬ…………」
「であれば、今回の件に関しては早急に指示しようと思うが、いかがか?」
凱嵐が居並ぶ面々を見渡せば、誰も何も言わなかった。
満足した凱嵐は、「早速、話を進めるように」と命じる。
他の議題に関してもつつがなく進み、朝議は終わった。
朝議の後に天栄宮を歩きながら、凱嵐は隣にいる賢孝へと話しかけた。
「どうだ、賢孝。紫乃を見直したか」
「…………なぜ陛下がそんなにも嬉しそうなのです」
賢孝がジトリとした目で凱嵐を見つめる。しかし賢孝の湿度を含んだ粘着質な視線など、どこ吹く風といった様子で受け流し、凱嵐はからりと言った。
「そりゃ、俺が連れてきた人間はお前にも好いてほしいだろう。お前は俺の右腕なんだから」
まるで湿気を感じない、真夏の晴天のような晴れやかな笑顔と共に言われた言葉に賢孝は動揺を隠せない。
そうだ、賢孝の尊敬する陛下はいつでも賢孝の意見を尊重し、耳を傾けてくれていた。
御膳所の大刷新時も苦言を呈しつつ、最後には是を唱えてくれた。その後十年、冷や飯を食べさせられる事態になっても、まあ納得してくれていた。流石に限界を迎えたようだけれども。
「案ずるな、紫乃は悪い人間ではない。俺の本能が告げている」
「陛下がそうおっしゃるなら、まぁ」
賢孝が言うと、凱嵐は「よし、それでいい」と満足そうに言う。
「これで雨綾病がおさまるといいのだが」
「左様ですね」
これには素直に肯定する。
病は人の心と体を蝕んでゆく。病が広がるほどに人心は荒み、懐疑心に満ち、やがては病人を差別し始める。
おさまってくれるのであればそれに越した事はない。
尚、この後より雨綾では白米丼の代わりに麦飯の上に肉を乗せた肉丼が登場するようになった。
白米のみの丼より腹持ちが良く、力が出ると評判を呼んだ肉丼は瞬く間に人気となり、白米丼に取って代わるのにさほど時間はかからなかった。
そして同時に雨綾病は徐々に患者数を減らして行き、数年後にはほとんど罹患する者がいなくなる。
原因を突き止めたのが医者ではなく、天栄宮の御膳所で働く御料理番頭であると知っているのは、ごく一部のみの人間であった。





