謎解きは夕餉と共に
本日2話目の投稿です
「紫乃姐さん、おはようございまっす」
「おはよう」
「今日は何の仕込みからしますか?」
厨に顔を出すと、既に集っていた面々が紫乃に声をかけてきた。
紫乃は着物の袂を紐で括って襷掛けにしながら指示を出していく。花見はここまでやって来たはいいものの、特に手伝いはせずに厨の隅で紫乃をじっと見つめている。
「今日は虹鱒を使うから、それの処理。あとは筍のアク抜きを」
「了解です」
「それから、今日の米は白米を使って」
「え?」
それまでテキパキと動いていた伴代が手を止めて紫乃を振り返った。
「……白米、ですか?」
「うん」
「そりゃあまた、なんで?」
「ちょっと、陛下に説明するのに必要だから」
「説明?」
「そう」
ますます意味がわからないと首を捻る伴代に、紫乃は淡々と告げる。
「この都を賑わす『雨綾病』についての説明に、使うんだ」
「よお、紫乃。今日も来たぞ」
陛下が厨にやってきた。本日も賢孝を後ろに伴っている。
明らかに怒っている賢孝を連れて御膳所に足繁く通う凱嵐は、並の神経の持ち主ではない。
「お待ちしておりました」
揃って平伏する厨の面々もまた、皇帝が直々に厨に来るという異様な光景に慣れつつあった。なんなら、
「急げ、早く仕上げないと」(紫乃)
「そろそろ陛下がやってくる」(伴代)
「私、外を見てきましょうか?」(大鈴)
という会話までもが繰り広げられていた。
小上がりに上がった凱嵐が「面をあげよ、膳の支度を頼む」と言うのを合図に、顔を上げてそれぞれが膳を運ぶ仕上げに取り掛かった。
「陛下、なぜ当然のように厨へと行くのですか……!」
「厨で食べる飯が一番美味いからに決まってるだろ」
「そんな理由でホイホイと出かけないでくださいよ、皇帝でしょう!?」
「俺は皇帝だから、自由に振る舞うことにした」
「自由すぎます!」
賢孝の鋭いツッコミに、凱嵐はまあ座れと促しながら言い訳を始める。
「俺は本当は、朝餉と昼餉も厨で食べたいと思っている。だが、我慢している。だから夕餉くらい好きにさせてくれ」
「意味がわかりません……」
賢孝は眉間をもみしだきながら、言葉を漏らした。心底わからないと言いたげだった。
紫乃は御膳の用意をし、小上がりに正座をすると、真っ直ぐに凱嵐を見つめた。
「陛下、私、『雨綾病』の原因わかりました」
途端、軽口を叩き合っていた二人の表情が変わる。
紫乃は毒味用に盛った茶碗をずいと差し出し、よく見えるようにした。
「これは……白米?」
「そうです」
「白米がどうしたんだ」
戸惑う凱嵐と賢孝に紫乃ははっきりと告げた。
「原因はこの『白米』にあったんです」
そもそも、この『雨綾病』と言うのはおかしな病だった。
患うのは働き盛りの男が中心。
方々の里から雨綾にやって来た男たちは、よく食べよく働きよく眠る、実に健康的な男ばかりだ。
それなのに、そうした人間が真っ先に病に倒れる。
初めはだるさ、食欲不振といった軽い症状。
放っておくと寝たきりになり、そのまま死に至る。
症状が軽い時に故郷に帰ると、まるで病気だったのが嘘みたいにケロッと治ってしまう。
けど再び雨綾に来ると、また病を患うのだという。
おかしな点は他にもあり、病人が帰った先の里ではその病が広がる事はない。
通常、流行病は人から人へと伝播するものだが、そうした特徴がこの病にはないのだという。
雨綾でのみ流行っているから、『雨綾病』。
「……天栄宮の使用人宿舎でも都でも、雨綾では白米を沢山食べられるという話を聞いたんです」
物流の便が良く、帝国一栄えている雨綾では庶民であっても白米が食べられる。
「けど、地方の里では白米はあまり食べられていない」
屹然近くの里でも、食べられているのは麦飯や雑穀米だった。
米は年貢で収めないといけないから、そうそう口に入るものではない。
それでも冬を越すために餅米をつくから、冬の間だけは麦飯ではなく餅を食べている。
その餅ばかりを食べると「病気になる」と母はよく言っていた。その理由がこれだ。
「白米ばかりを食べて、他のものを食べていないから栄養が偏って病気になります。天栄宮の使用人の中でも、御膳所で
働く人は雨綾病に罹っていないと聞いています。それは、肉や野菜に加えて麦飯を食べているから。麦飯は麦の部分に栄養が詰まっているから、そればかり食べても白米よりも病気になりにくいんだと」
紫乃の話を聞いた凱嵐と賢孝は絶句し、白米をしばし見つめていた。
それから口数少なく夕餉を食べると、いつにない早さで厨を後にする。去り際に凱嵐は、「感謝する」と言い、賢孝はちらりと紫乃を一瞥してから厨を出た。
二人がいなくなると厨に集った料理番がわらわらと紫乃の周囲を取り囲んだ。
「姐さん、さっきの話、本当ですかい?」
「白米が原因で雨綾病にかかるって……」
「だが、確かに、雨綾病に罹った奴は皆、よく白米を食べる」
「ははあ、なるほど」
三々五々に意見を交わす料理番たちに紫乃はひとつ頷いてみせた。
「私は医者じゃないから、確かな事は言えないけど。でもいい線いってると思うよ」
食事というのは決して「胃が満たされればいい」という単純なものではない。
人の体というのは、食べたもので構成される。
だから変に偏った食生活を送っていると、どんなに健康的な人でも体調を崩して病にかかる。
今回の件はその典型だろう、と紫乃は思った。
「よし、じゃあ、早速宿舎の野郎どもに教えてやろうぜ。明日からは麦飯を食えって」
「だがよ、あいつら皆、白米目当てで雨綾に来ているんだ。急に麦飯食えって言われてはいそうですかとはいかんだろ」
「病気になるよかいいだろうがよ」
ワイワイいう外野たちに、それまで傍観に徹していた大鈴が頬に手を添えて「困ったわねえ」と言った。
「良くも悪くも、天栄宮で働く人は我が強いですから……麦飯にしてなんて言ったら、辞めかねないわ」
「そういう大鈴はどうなの?」
紫乃が興味本位でそう聞くと、大鈴はおっとりとした笑顔を浮かべた。
「私ですか? 私は、陛下と同じものを召し上がりたいので、麦飯一択でございますよ」
はっきり告げる大鈴に、紫乃は「ブレないな」と心の中で思ったのだった。





