さあ行こう
突如現れた美丈夫は紫乃と花見が何かを言う前に、看板娘に向かって口早に説明をする。
「俺の連れが済まないな。田舎から出てきたばかりで、雨綾の事を何も知らないんだ。無礼があったらどうか許してやってくれ」
「まぁ……! それでしたら、仕方ないですわねぇ」
美貌の男に看板娘は頬を赤らめ、しなを作る。
「で、こいつらは何をどれだけ食べたんだ?」
「三色団子を五十本とお汁粉一杯ですわぁ」
美丈夫は懐に手を突っ込むと布袋を取り出して、看板娘の手を取るとそこに銭を乗せていった。
チャリンチャリンと音を立てて銭が娘の手のひらの上に乗っていく。
娘の手のひらに銭の山が出来上がると、美丈夫は快活な笑顔で言った。
「これで足りるだろうか?」
「十分ですわぁ! またのお越しをお待ちしております!」
気前のいい支払いをした美丈夫は、紫乃と花見の肩に手を回すと「さ、行くぞ」と言って茶屋を離れて歩き出す。
流れるような動作に、紫乃も花見も促されるままだった。
大市を歩きながら紫乃は美丈夫を見上げる。
「ありがとう、助かった。が……」
「おっと、俺の名前は嵐雲だ」
凱嵐と呼ぼうとしたところ、遮るようにそんな声が降ってくる。
はて、と紫乃は首を傾げたが、凱嵐は「いいから」と言って圧をかけてきた。支払いを立て替えてもらったところだし、紫乃は何も聞かずに大人しく頷く。
「で、お前たち二人は何をしていたんだ?」
「仕事がなくなったから、雨綾の散歩」
「ほう、それはいい心掛けだな」
「そういう嵐雲こそ何をしてるんだ?」
「俺もまあ、散歩みたいなもんだ。たまには都の様子も見てみなければな」
なるほど、皇帝というのは都の様子にも気を配るものなのかと紫乃は思った。
紫乃が凱嵐について知っている事といえば、一日三食、豪勢だが面倒臭い食事をしているという事だけである。
なんとなく偉そうにふんぞり返っているだけなのかと思っていたが、そうではないらしい。
「そうだ、丁度良いからお前たちも俺と一緒に来ないか」
「えぇ……」
「断るにゃあ」
渋る紫乃と、速攻で断る花見。
凱嵐は非常に心外そうな顔をした。
「前々から思っていたが、お前たちは俺に対して容赦ないな」
「大体、どうして一緒に来て欲しいんだ」
「お前たちがいるとより庶民ぽく見えるからに決まっているだろ」
「庶民ぽく見せる必要があるのか?」
「当たり前だ。正体がバレると面倒だ」
「そういうものなのか」
「そういうものなのだ」
「人間て面倒だにゃあ」
ちっとも同行に乗り気ではない紫乃と花見に凱嵐は笠の下で渋面を作り、それから思いついたと言わんばかりに人差し指を立てた。
「そうだ。同行してくれるなら、雨綾で一番美味い牛鍋屋に連れていってやろう。連日超満員で人気の店でな。丸々太った脂乗りの良い牛を使っていると専らの噂だ」
「にゃに!?」
食いついたのは紫乃ではなく花見である。
五十本もの団子を食べたというのに、胃袋にまだ空きがある花見は目を爛々と輝かせて凱嵐を見上げた。
「ぎゅ、牛鍋……! ワテの好物の肉!」
花見はじゅるりとよだれを垂らした。花見は基本的に肉食だ。しかし天栄宮での食事は魚が多い。これは真雨皇国が川と海に囲まれ、加えて雨綾が大きな川に面した都なので魚が獲れる環境にあるせいなのだと伴代は言っていた。さらに玄担ぎとして「鯛」を一日に一度は皇帝の食事に出すという決まりが古くからあるらしく、必ず鯛を調理している。
なのに毒味の関係で腐るといけないから刺身が食べられないという、極めてチグハグな食事情だ。おかげさまで献立の幅が狭まっている。
「いくらでも食っていいぞ。だから俺の用事に付き合え」
「紫乃、どうする!?」
花見の顔には「牛鍋! 牛鍋!」と書かれていた。わかりやすすぎる性格に紫乃は苦笑を漏らし、「いいよ、行こう」と答えた。
「やったにゃあ! んで、どこ行くんだ!?」
「都の外れの医院に用事がある」
「イイン?」
「病人を診てくれる場所だ。このところ、雨綾で病が流行っていてな」
「ははあ。ニンゲンは弱いからにゃあ」
「お前たちのような存在からしたら、脆弱に映るんだろうな」
三人で並んで雑談をしつつ、凱嵐の目的地であるという医院まで歩く。
大市から離れる程に人通りは少なくなっていき、どことなく寂れた雰囲気になった。
そして医院のある場所は雨綾の端も端であり、壊れた長屋が立ち並び、ボロを纏った人間が疲れ切った表情で俯きながら歩いている、うら寂しい場所だった。
三人が通りを通ると、じっとりとした視線が突き刺さる。しかし凱嵐はさほど気に留めておらず、花見は人間の敵意などどうとも思っていない。そして花見がいる以上、紫乃に危害が及ぶ事はないため、紫乃も時に恐れや怯えはなかった。
ただ、皆栄養状態が良くなさそうだな、と思う。
体というのは食べた物で出来上がる。だから碌な食物を口にしていないと、皮膚が黄ばんだり咳が止まらなくなったりと、体に異常が出るのだと母はよく言っていた。
「よし、ここだ」
凱嵐が立ち止まったのは、この界隈の中では比較的マシな作りの小屋だった。





