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【書籍化】皇帝陛下の御料理番  作者: 佐倉涼@もふペコ料理人10/30発売
天栄宮

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【番外編】丑三つ時の乾布摩擦

 シュッシュ。シュッシュ。

 真夜中の使用人宿舎の庭で、不気味な音が響いていた。

 それを聞いたのは、花見である。

 妖怪である花見は基本的に夜を好む。しかも猫又妖怪である花見は夜目が効くし、猫であった生前も夜行性だった。

 日中でも動くのだが、本格的に活動するのは夜の方が多かった。

 山小屋に凱嵐(がいらん)が来た時や、天栄宮(てんえいきゅう)に無理やり連行された時などは警戒して起きていたが、そうでない時の花見は日中はあまりやる気がない。

 そして今夜出会ったのが、謎の(じじい)だった。

 宿舎の庭で、上半身を裸にして何やら一心不乱に背中を擦り続ける老人。花見はその様子を木の上から見て、首を傾げた。


(この爺……何やってんだにゃ?)


 花見は基本的に人間界の常識に疎いので、乾布摩擦(かんぷまさつ)というものを知らない。

 知っていたところでこんな真夜中に乾布摩擦をしている人間がいたらそれはそれで疑問しか湧かないが、花見はひとまず老人の動向に注視する事にした。

 布が背中を擦る、シュッシュシュッシュという規則正しい音が響き続ける。

 しばらくそうしていた老人は、満足したのか手を止めると、手ぬぐいを肩に引っ掛けた。勢いよく振るった手ぬぐいがしなり、老人の背中をぱしんと打つ。


「ふはぁ、やはり寝起きの乾布摩擦は目が覚めるわい。のう、お前さんもそう思わんか?」


 老人が爽やかな声で言うと、振り向いて木の上にいる花見を見た。花見は首を傾げる。


(お?)

「隠れておっても、気づいているわい。どれ、お前さんも一つ、やってみんか」


 意外だが、老人は花見に気づいていたらしい。老人からは見えにくい位置に隠れていたというのに、なかなか鋭い老人のようだ。

 花見は静かに地面に降り立つと、老人の側へと歩いていく。

 老人は、着物の帯に手を突っ込むともう一つ手ぬぐいを取り出し花見に差し出した。


「ほれ」


 花見は何となく受け取ると、(たもと)から手を引っ込め(えり)からぐいと出し、上半身を脱ぎ捨てる。十歳に化けている花見の体は薄く、春先の風が素肌を撫でると鳥肌がたった。


「ウヒャア」

「擦れば温かくなるぞい」

「ほんとかよ、ジジイ!? 嘘ついたら承知しねえからな」

「フォッフォッフォ」


 花見の本気とも冗談ともつかない罵声を気にもとめず、老人は再び背中を擦り出した。

 花見も見よう見まねで手ぬぐいを背中に回すと、両手で持って上下に動かす。なかなか難しくて手間取ったが、コツを掴むとスムーズに動かせた。

 シュッシュ。シュッシュ。

 シュッシュ。シュッシュ。

 月明かりに照らされながら、二つの布が擦れる音が天栄宮の片隅で響き渡る。

 時折、(ふくろう)のホゥホゥという鳴き声も聞こえてきた。

 しばらくそうして一心不乱に背中を擦っていると、確かに段々と体がポカポカとしてきた。

 手を動かしているからか、じんわりと汗すら浮かんでくる。


(おぉ……これは確かに、結構いいかもしんない)


 花見は内心で、そう思った。


「どうじゃ、乾布摩擦もいいもんじゃろ」

「かんぷまさつ?」

「こうして背中を布で擦る事じゃ」

「ああ……そうだにゃあ」


 二人は手を止めずに会話をする。


「しかし、猫又妖怪とはまた珍しいのう。天栄宮で見るのは、初めての妖怪じゃが」

「最近、来たんだよ」

「ほう。ここの暮らしはどうじゃ」

「まあまあ。良いもん食えるのがいい」

「フォッフォッフォ、天栄宮は食の宝庫じゃからのう」


 老人は妖怪である花見に動じず、気さくに話しかけてきた。この天栄宮にいる人間全員に当てはまるのだが、花見を気にしなさすぎである。耳と尻尾が生えていても気にしないし、妖怪とわかった上で普通に接してくるのはなぜなんだろうと花見は思った。

 通常、妖怪というのは人間に害を成す生き物なので、正体がバレると追い回されるのだが天栄宮では今のところそうした目に遭っていない。むしろ、皆が花見に気さくに接している。


「しかし、今代陛下が妖怪を調伏できるとは知らなんだ」

「ん?」


 老人は手を動かし続けたまま花見をじっと見て、口髭を揺らす。


「陛下は討伐が得意とは聞いておったが、調伏まで出来るとはのう。頼もしいお方じゃ」

「…………?」


 そういえば漬物瓶を取りに行った時もそんな話をされたし、凱嵐(がいらん)にも「俺に使役されていると言っておけ」と言われた。揃いも揃って、花見が凱嵐に調伏されていると思い込んでいるのだろうか。

 花見は出来心が働き、手を止めると八重歯を剥き出しにして老人を試すように言った。


「ワテは野良の妖怪かもしんねーぞ」

「そりゃあないじゃろう」


 しかし老人はあっさりと言う。


「天栄宮に貼られている護符は強力じゃ。野良妖怪が入り込む余地はない。例え四凶(しきょう)とて、この宮には近づけんよ」


 四凶というのはこの真雨皇国(しんうこうこく)に存在する四匹の妖怪の総称だ。

 天を裂き地を割る、その恐ろしく強い力はもはや災害と恐れられており、同じ妖怪であっても近づかない、伝説めいた怪物である。

 そんな四凶(しきょう)ですら近づけないとは、凄まじい護符だ。そういや天井も柱も護符まみれだったなと漬物瓶を探し回っていた時のことを思い出した。


「天栄宮にはのう、皇族か、皇族の血を含ませた札にて調伏・封印された妖怪しかいやせんのじゃ」

(はて?)


 じゃあ、皇族でも皇族の護符を使われたわけでもなく、紫乃に調伏された自分はなぜこの場所にいるんだろう? と花見は首を傾げ、そして驚愕の事実に思い当たり目を見開いた。


(もしかしてワテは、どんな強力な護符も通用しない超スゴイ妖怪……!?)


 納得した。花見はきっと、四凶(しきょう)すら近づけない天栄宮(てんえいきゅう)に入り込めてしまう程の物凄い妖怪なのだ。


(やっぱりワテ、最強。きっと紫乃の飯のおかげだにゃあ)


 紫乃のご飯を食べると力が湧いてくるのだ。こう、妖怪としての自尊心とか、空虚な心を満たしてくれ、自信と共に「よっしゃあ! やったるぞ!」と腹の底から力が込み上げてくるのを感じる。九年間紫乃の料理を食べ続けた事により、花見は恐るべき力を身に付けたに違いない。


「お前さん、手が止まっておるぞい」


 老人に言われ、花見は乾布摩擦を再開する。


「何だか機嫌が良さそうだのう」

「ちょっと自分の可能性に気付いたんだにゃあ」


 四凶をも超える妖怪に進化したという可能性に気がついた花見は、ご機嫌で乾布摩擦をするのだった。


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“皇帝陛下の御料理番1
― 新着の感想 ―
[一言] いやまぁ…。思うのは自由かぁ。
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