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【書籍化】皇帝陛下の御料理番  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
天栄宮

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夕餉の準備

 夕餉(ゆうげ)の準備は陽が高いうちから始められた。

 集まった食材を吟味し、献立を考えるところから始まる。

 日によって集まる食材にばらつきがあるから、何を作るかはその日に考えなければならない。

「散歩する」と言ってどこかに行ってしまった花見を見送り、何にしようか顎に手を当てて考える紫乃の元に伴代(じょげん)がやって来てアドバイスをする。


「紫乃姐さん、昨日は一汁五菜でしたが、本来ならばあれに酒と菓子、薄茶がつくんですよ。って言っても朝に言った通り、果物は陛下の口に入る事はないんですがね」

「焼き芋や羊羹なんかはどうだ?」

「陛下はあまり甘い物がお好きではないんです。逆に執務補佐の賢孝(けんこう)様は甘い物がお好きなので、賢孝様と膳を共にされる時にはお出ししております」

「その賢孝(けんこう)様というのはどんな人なんだ? ちょくちょく名前を聞くんだけど」

「賢孝様は凱嵐(がいらん)様を剛岩(ごうがん)時代からずっとお支えしているお方で、大変な切れ者でございますよ。『動の凱嵐様、静の賢孝様』と言われるほどに二枚岩になっているお方でしてね。凱嵐様が戦場を率先して駆け回り、バッタバッタと敵を倒すお方なら、賢孝様は後ろにて的確な指示を出す。

 そうして二人で剛岩と周辺地域を駆け回って妖怪を討伐して周り、『剛岩の二英雄』と呼ばれるまでになったのでございます。

 勢いそのままに各地に出没していた強力な妖怪や盗賊を討伐して治安回復に努め、先代皇帝を失って混乱の最中にあった雨綾(うりょう)にやって来てあっという間に凱嵐様が帝位に就けるよう画策したお方にございます」

「へぇ」

「先代皇帝が急逝し、皇太子様はとうの昔に病気でお亡くなりに。空白になった帝位争いでしっちゃかめっちゃかになっていた天栄宮(てんえいきゅう)に軍を率いたお二人が颯爽と現れた時には俺は感動しました。

 圧倒的なオーラを持つ凱嵐様に、静かながらも只者ではない雰囲気を醸し出す賢孝様。

 お二人は、骨肉の争いを繰り広げる天栄宮に風穴を開け、新しい時代の幕開けを約束したのです。ちなみに大鈴(だいりん)もその時凱嵐様が連れて来た一人なんですよ」

「そうだったのか。随分とがい……陛下に心酔しているように見えたけど」

「何でも死のうとしていたところを陛下に助けられたらしく、以来陛下に一生を捧げると決めてたそうです」


 それは随分と重い決意だ。

 伴代はこそりと耳を打った。


「その時の話をし出すと長くなりますから、聞かないほうが良いですよ。俺は一刻(二時間)、時間を無駄にしました」

「…………肝に銘じておく」

 伴代(ばんだい)の心からの忠告に紫乃は頷いた。

「ちなみに賢孝様は疑い深いお方なので、きっと紫乃様も近いうちに目をつけられますよ。それまでに一通りの礼儀を身につけられるよう励んだ方がいいと思います」

「わかった」


 紫乃は凱嵐(がいらん)賢孝(けんこう)に気に入られたいとは全く思っていないが、母に引けを取らない御料理番になるためにも自分も礼儀作法とやらを覚えなければならない。

 紫乃にとって母は尊敬する人物であると同時に永遠のライバルだ。母に出来て自分に出来ない事などあってはならない、と思っている。


「ともあれ今日の夕餉の献立ですね。朝餉と昼餉の献立は覚えておいでですか?」

「うん。朝に蔵の前で聞いたから」

「ですがいざ調理段階になると急に献立が変わる場合もございます。念の為、朝昼の御料理番頭に聞きに言った方がいいでしょう」

「なるほど、わかった。行こう」


 言って立ち上がると、目の前の伴代も立つ。連れ立って二つの厨に顔を出し献立を教えてほしい旨を伝えると、なんと厨に残っている料理番から「じさまはもう寝たよ」と告げられた。


「もう?」


 紫乃は思わず時を確認する。まだ昼を過ぎたばかりの時間だ。

 驚く紫乃に朝餉の厨にいた料理番は説明をしてくれた。


「じさまは朝が早いんですよ。何せ丑三(うしみ)つ時には起きて、日課の乾布摩擦(かんぷまさつ)をするものだから、寝るのも早いんです」


 早いと言っても早すぎだ。

 丑三つ時は朝というより深夜で、まだ日が昇るまでに随分と時間がある。

 そんな時間に起きて乾布摩擦しているなど、正気とは思えない。


「まあ、夜中に|厠《かわや》へ行く時に月夜に照らされながら乾布摩擦をするじさまに出会うと驚きますよ。なんかそういう妖怪かと思いますから。真っ暗闇の中、シュッシュッシュ……って皮膚を手ぬぐいが擦る音と、じさまの息遣いが聞こえてきましてねぇ。

 で、何の話でしたっけ? あぁ、朝餉の献立ですね」


 料理番はそう言って朝餉に出した料理を教えてくれた。



 お次は昼餉である。昼餉の厨は現在、膳を凱嵐に出す直前で、ピリッとした空気が流れていた。

 しかし雰囲気は張り詰めているものの、ほとんど会話がない。

 昼餉の旦那を筆頭に黙々とそれぞれの作業に没頭していて、シーンとしていた。


「話しかけづらいな……」


 思わず紫乃がそう言うと、隣の伴代も「そうですね……」と頷いた。

 御料理番頭が無口なせいで、厨全体も無口になってしまったのだろうか。

 しかしたまに旦那が顔を上げ、厨の中を見て歩き、「ここはこう」「この(ひら)はこうだ」などと短く指示を出し、それに他の料理番が「はい」「わかりました」と返事をしているので、意思疎通はとれているようだ。

 無駄がないやりとりは見ていて感心するが、余所者を寄せ付けない雰囲気が漂っている。

 そんな風になんとなく厨の入り口に立っていたら、後ろから棘のある声が飛んできた。


「ちょっと、おどきよ。そんなところに突っ立たれちゃあ邪魔よ」


 続いて紫乃の体が横に乱暴に突き飛ばされる。

 割って入ってきたのは、毒味番の美梅(みうめ)だ。美梅は紫乃と伴代に目もくれず、数人の毒味番を連れて厨へと入って行った。


「昼餉の旦那。毒味に来たわよ」

「……そこにある」


 すでに出来上がっている膳を旦那が指差すと、毒味番の一人がさっと足をすすめて膳を持って小上がりに上がった。早速箸を手に食事を始める。

 その間、美梅は昼餉の旦那と話し込んでいた。


「あら、今日の魚はまた一段と美味しそうね」

(すずき)だ。塩を振って焼いた」

「こっちの香の物は(かぶ)の浅漬けかしら」

「ああ」


 心なしか、旦那の口数が増えた気がする。

 ぼんやりとやりとりを眺めていると、伴代に脇を小突かれた。


「姐さん、献立聞いちまいましょう」

「そうだった」


 紫乃は美梅と旦那の会話に割って入るべく、厨にようやく足を踏み入れた。

 膳を挟んでのやりとりをする美梅と旦那は侵入してきた紫乃と伴代に目を向ける。


「昼餉の献立を聞きにきた」

「……見ての通りだ」


 美梅に対するのとは異なるぶっきらぼうで親切心に欠ける物言いに、伴代が少しムッとした顔をする。


「旦那、説明する気はないのかい」

「あらぁ、新しい夕餉の御料理番頭様は、いちいち説明しないと献立すらわからないのかしら?」


 伴代の言葉に反応したのは美梅だ。嘲るような笑みを浮かべた彼女は、小馬鹿にするように紫乃と伴代を交互に見つめる。

 先ほど蔵前で出会った奥御膳所の御料理番頭に負けず劣らずの嫌味っぷりである。

 しかし紫乃は膳を見たままふむ、と納得する。


「成程、平に使っているのは甘藍(きゃべつ)……肉は雉肉(きじにく)か」


 するとこちらを見もしなかった旦那の視線が不意に紫乃へと注がれる。


「見ただけで肉の種類までわかるのか」

雉肉(きじにく)はよく食べていたから」


 基本的に山に住む野生動物を花見が仕留め、紫乃が捌く生活をしていたので、よく食べていたものならば見分けがつく。特に猪と雉であれば簡単だ。

 汁物の腕はすでに蓋が閉まっているので中身が見えない。紫乃は小上がりに近づいて、毒味番が食べすすめている膳を見た。


「腕の汁物は浅利(あさり)とわかめ」

「……そうだ」


 旦那がこっくりと頷く。


「よし、献立はわかった。伴代、厨に戻るぞ」


 献立がわかればもう用はない。お世辞にも歓迎されているとは言えないし、さっさと夕餉の厨に戻る事にしよう。


「邪魔したな、ありがとう」

「……ああ」


 旦那からの短い返事を聞きながら、静かすぎる厨を後にした。

 帰る道すがら伴代がこんなことを言ってくる。


「姐さん、見ただけでわかるなんてさすがです」

「ん?」

「肉の種類。俺は見分けるのに五年はかかりました」

「そういえば伴代ってどのくらいこの御膳所で働いてるんだ?」

「十歳の頃からなので、もう二十六年目になります」

「そんなにか? 長いな」


 驚き目を見開く紫乃に、伴代は「まぁ、俺にとっては料理が全てなんで」と言う。


「しがない餓鬼だったんですよ。紅玉(こうぎょく)様に拾って頂けなかったら、きっと今頃俺は死んでるか、野盗にでもなっていたと思います。紅玉様と、紅玉様の料理が俺にとっての全てなんです」


 その言葉には実感がこもっていて、紫乃は伴代が心の底から母を尊敬していたのだなと感じた。

 そんな伴代に紫乃は共感した。母をしたい人に悪い人などいないし、料理を好きな人にも悪い人はいない。つまり伴代はいい人である。


「私は料理は出来ても御膳所内の事は何もわからないから、伴代がいてくれて助かるよ」

「お役に立ててるんなら、良かったです」


 頭に手ぬぐいを巻いた伴代は、照れ臭そうな顔をして頬を掻いた。


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