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【書籍化】皇帝陛下の御料理番  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
天栄宮

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新旧の御料理番頭、三人衆①

 天栄宮(てんえいきゅう)の北側には、皇帝の食事を作る御膳所と使用人用の宿舎、そして町から運ばれてくる物資をしまっておく蔵が存在している。

 明け六つ(午前六時)の鐘と共に北門が開門し、荷車に乗せられた様々な品が搬入される。

 番兵、調達番、商人が行き交うそこで、紫乃は伴代(ばんだい)と共に次々に降ろされて蔵の前に運ばれ、並ぶ品を見つめていた。


「おぉ……」

「どうだい姐さん。これが天栄宮名物、明けの荷物だよ」

「凄い……!」


 伴代(ばんだい)に声をかけられた紫乃は目を輝かせて率直な意見を口にする。

 巨大な荷車には山のように食材が乗せられ、重みで軋んでいた。

 野菜、卵、魚、肉と種類別に荷車が列を成して門から堀を越え、橋を渡りやって来る。紫乃は近寄ってそれを見つめた。

 蔵の前で指示を飛ばしていた男が伴代に気づき、振り向いて声をかけてきた。筋肉の逞しい四十代ほどの男で、太い眉毛が特徴的である。


「おはよう、伴代。その子はどうした?」

「あぁ、新しい夕餉(ゆうげ)の御料理番頭になった紫乃姐さんだ」

「お前の代わりに、その子が御料理番頭に?」

「そうだ」


 言って伴代は紫乃の肩をポンと叩く。


「言っておくが、料理の腕は天才的だ。紅玉(こうぎょく)様の再来と言っても過言じゃねえ」

「お前がそう言うなら、そうなんだろうがよぉ……プライドの高いお前が、よくぞ認めたもんだなぁ」

「俺は料理人だ。俺より美味い飯が作れる人間に敬意を払うのは当然ってモンだろう」

「成長したな、伴代(ばんだい)も。昔はもっと尖りまくってたクセに」

「俺だってもう三十五歳だ、落ち着くに決まってんだろ。姐さん、こいつ食材の調達のまとめ役だから、仲良くしておいて損はないぜ」

「おう、よろしくな、紫乃さん」

「よろしく」


 差し出された右手を握ると、がっしりした厚みのある手のひらが紫乃の手を包み込んだ。

 伴代は握手する二人を見ながら荷台をぐいと指し示して説明をした。


「この食料蔵には毎朝新鮮な食材が雨綾(うりょう)の一流問屋より届けられる。その中から一番いいものを見繕って御膳所に運ぶのが、御料理番頭の一日の最初の仕事だ。朝・昼の御料理番頭と相談して決めるのがいいぜ。何せ、献立が被ったら大事だからな」

「わかった」


 そんな話をしていると、一人の老人がこちらに近寄ってくる。

 まるで枯れ木のようにやせ細り、今にもぽっきりと折れてしまいそうなほど痩せこけた老人だったが、足取りはしっかりとしている。ボサボサの白い眉毛の間から覗くつぶらな瞳は力強く、間近まで来て立ち止まると伴代(ばんだい)に話しかけた。


「早いのう、伴代。何をやってんじゃ? 朝餉(あさげ)の支度に間に合わないから、儂からさっさと食材決めてしまうが」

「じさま」


 伴代がじさまと呼んだ人物は紫乃に目を留めると首を傾げた。


「お前さんが誰かを伴ってくるのは珍しい。新しく入った下女か?」

「いや、昨日から俺の代わりに夕餉(ゆうげ)の御料理番頭になった、紫乃姐さんだ」

「ほう!」

 伴代の言葉にじさまは心から驚いている様子だった。腰を折り曲げ、紫乃をジロジロと見つめてくる。

「この娘が、お前さんの代わりの新しい御料理番頭とな?」

「そうだ。言っておくがな、料理の腕は確かだぞ。紅玉(こうぎょく)様の再来だと俺は思っている」

「ほう!」

 じさまは再び素っ頓狂な声を上げ、やはり紫乃を見つめ続けた。そして振り向くと、後方にいる誰かに大声で呼びかける。

「おぉい、昼餉(ひるげ)の! 面白い事になっておるぞ!」

「…………」


 ぬぅと荷台の側から現れたのは、紫乃より頭二つ分は背丈の高い男だった。厳しい顔つきで、角刈りの黒髪と顎にある傷が特徴的な四十代半ばの男だ。

 のしのしと近づいてきた男は、のっぺりした顔にこれといった表情を浮かべず、伴代(ばんだい)とじさまに向かって一言。


「俺は忙しい」

「あぁ、そりゃわかっておるわい。じゃが、ちいと耳を貸さんか。夕餉(ゆうげ)の御料理番頭が交代したそうでな」

「何?」

昼餉(ひるげ)の旦那。俺の隣にいるこの方こそ、新しい夕餉の御料理番、紫乃姐さんだ」

「紫乃だ。よろしく頼む」

「…………」


 伴代の紹介と紫乃の挨拶に、男は大した反応を見せなかった。大柄な見た目と表情の乏しい男は、まるで岩のようである。

 何も言わない岩男の代わりに伴代が紫乃にこっそりと耳打ちをした。


「悪い、旦那は無口なんだよ」


 それから伴代は、枯れ木のような老人と岩男の間に立つと、二人の背中をバシンバシンと叩きながら明るい声を出す。


「この二人が姐さん以外の御料理番頭さ。人呼んで、朝餉(あさげ)のじさまと昼餉(ひるげ)の旦那。ちなみに俺は夕餉(ゆうげ)の兄貴と呼ばれていた。『御膳所(ごぜんしょ)の御料理番頭三人衆』とは俺たちの事で、そりゃあ他の料理番から一目置かれる存在だったわけだが……それも昨日までの話。今日からは姐さんが新しい三人衆の一人だな」

「まさか、お前さんが御料理番頭を降りる日が来るとはのう。娘や、出身はどこだ?」

屹然(きつぜん)

「屹然!? あそこは人が住むような場所じゃなかろう」

神来川(じんらいがわ)のほとりに住んでいた」

「ほあ!?」

「…………」


 紫乃の返事に朝餉のじさまは腰が抜けそうなほど驚き、昼餉の旦那も乏しい表情の中で目をわずかに見開いた。


「……失礼じゃが、料理の腕はどうなんじゃ?」

「私の料理は誰にも負けない自信がある」

「じさま。紫乃姐さんを御料理番頭に命じたのは他でもない、陛下ご自身なんだよ」

「なんと、まぁ」


 じさまは首を振り振り、理解できないとでも言いたげにため息をついた。


「長生きしてると、色んな事が起きるのぉ。まあ、伴代が認めたなら、儂らから言う事は何もないわい。夕餉の。天栄宮(てんえいきゅう)屹然(きつぜん)とは別の意味で魔境じゃ。寝首を掻かれたくなければくれぐれも気をつけたほうがええ」

「…………」


 じさまの脅すような言葉に昼餉の旦那もゆっくりと首を縦に振った。


「肝に銘じておく」

「ほっほ。いい返事じゃ」


 じさまは長く白い口髭を揺らしながらそう言うと、「じゃ、食材を見に行くとしようかの」と言い、率先して荷台の列に近づいた。



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