表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】皇帝陛下の御料理番  作者: 佐倉涼@5作書籍3作コミカライズ
天栄宮

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/118

次代の御料理番頭

 紫乃は、出汁と卵液を丁寧に裏漉(うらご)ししたものを蒸し器に入れ、火加減をじっと見つめていた。

 紫乃が作っているのは、卵豆腐(たまごどうふ)である。

 卵豆腐は作るのが難しい。火加減を間違えると表面がぼこぼことして見た目がよくない物が出来上がってしまうし、かといって弱火すぎても中心まで火が通らない。

 蒸し器の温度を常に調整しつつ、適度な温度を保つのが重要だ。


(……そろそろか)


 額の汗を拭いつつ、水で濡らした手拭いで蓋を持ち上げる。そっと竹串を刺し、出来具合を確認した。


(よし、完璧)


 頷いた紫乃は手早く卵豆腐を切り分け、大鈴(だいりん)が用意してくれた(つぼ)用の器に盛り付けた。表面に三つ葉を添えれば完成だ。

 冷やしても美味しい卵豆腐であるが、凱嵐(がいらん)はどうも温かい料理に飢えているようなのであえて出来立てのものを用意した。

 紫乃の母直伝の卵豆腐は口当たりふわふわ、つるんとした喉越しが自慢の一品である。花見はこの卵豆腐を、卵十個分はおかわりをする。

 ずらりと並んだ膳は十二個。圧巻の光景だ。

 あとは花見が漬物瓶を持ってくるのを待つだけなのだが。


「紫乃ー!」


 タイミングよく花見の声がし、厨の中に漬物瓶を持った花見が飛び込んできた。


「お待たせ、紫乃。見つけたにゃあ」

「おかえり、ありがとう」


 瓶がごとりと床に置かれ、早速紫乃は蓋を開ける。(ぬか)の独特な匂いが鼻をくすぐる。

 周囲が「あの子供、誰だ?」「耳と尻尾が生えているぞ」「妖怪か?」などとざわめいたが、紫乃は構わなかった。料理中の紫乃にとって料理以外の話など全てどうでもいい話題である。


大鈴(だいりん)、香の物用に小皿を」

「かしこまりました」


 大鈴がいてくれて助かったと紫乃は思う。料理は自分一人でどうとでもなるのだが、食器の用意までするとなると手間だ。紫乃はこの厨の勝手がわからないので、探しているだけで無駄に時間がかかってしまう。

 手早く糠を落とすと、トントンと切っていく。

 厨の包丁はいつも使っているものと異なるが、それでも使い勝手が良いので問題なく使いこなせた。

 香の物を小皿に盛り、膳に盛り付ければ完成である。


「さ、出来たぞ」


 紫乃は膳の一つを伴代にずいと差し出す。


「どうぞ、屹然(きつぜん)の田舎娘の作った料理、ご賞味あれ」


 母譲りの、自慢の料理たち。

 今日は特に腕によりをかけて作った。これをまずいとは言わせない。

 伴代(ばんだい)は震える手で箸をとり、雨神様への感謝を述べると、卵豆腐から箸をつける。

 黙々と食べ進める伴代は、最初に紫乃が(くりや)に入ってきた時の勢いをすっかり失っていた。

 綺麗に全てを平らげた伴代(ばんだい)は、迷うように視線を彷徨わせている。


「どうだ?」

「……美味かった……」

「そーか」


 紫乃は、ふっと笑った。美味かった、その一言はいつだって紫乃の心を暖かくさせる。


「そーか、美味かったか」


 腕を組んだ紫乃は、笑みを浮かべた。

 それを見た伴代はなぜだか意表を突かれた顔をする。それからその場で深々と頭を下げた。


「参った。……まさかここまでのものを作り上げるとは予想もしていなかった……何よりこの料理、調理手順も見た目も味も、全てが紅玉(こうぎょく)様の生写しだ」


 紅玉様の生写し。

 その言葉が胸にストンと落ちて来て、紫乃の心を満たしていく。

 後ろで花見が「とーぜん!」と腕を組んで勝ち誇った顔をしていた。

 顔を上げた伴代(ばんだい)は、決意に満ちた目をしていた。


「認めよう。アンタが次の夕餉(ゆうげ)の御料理番頭だ。……紫乃様」


+++


『そーか、美味かったか』


 この一言と共に紫乃が浮かべた笑顔は、初めて伴代(ばんだい)紅玉(こうぎょく)の食事を食べた時に浮かべたものと瓜二つだった。

 紅玉はさっぱりとした性格を持ち、繊細な料理をする人だった。

 伴代が夕餉(ゆうげ)の御料理番頭に任命されたのは、今から十六年前。

 当時の伴代はまだ二十歳の若造で、まさか自分が御料理番頭になるなどとは露ほども思っていなかった。

 その時の御料理番頭は紅玉という女性で、皇帝に長らく重用されていた人物だ。

 伴代も紅玉の作る料理に心酔していて、彼女の作る料理に少しでも近づこうと努力を重ねていた。

 繊細にして優美。複雑な手順で作り出される料理はどれも美味いだけでなく、美しい見た目を兼ね備えていた。一流の食材が彼女の手によって一流の料理となっていく。まさに、この真雨皇国(しんうこうこく)の頂点に立つ皇帝に出すにふさわしい料理といえよう。

 あんな事件が起こらなければ、まだ彼女はこの(くりや)にいたはずなのだ。

 兵に囲まれた紅玉は、立ちすくむ御料理番たちを見回し、そして伴代に目を止める。


「次の御料理番頭は伴代(ばんだい)だ」

「……俺が!?」


 驚く伴代に紅玉は静かに頷いてみせた。


「伴代が一番、その役にふさわしい。腕を磨いて、誰にも手の届かない高みに登れ。そして私の料理を絶やさないように」


 その言葉を最後に、伴代が紅玉(こうぎょく)の姿を見る事はなかった。

 伴代は強くあろうと決めた。

 誰よりも美味い料理を作る事こそが紅玉の意志を継ぐ事になる。

 だから伴代は努力を重ね、紅玉の料理を追い求め続けた。皇帝が代変わりしようと夕餉の御料理番頭の役を続け、そして現皇帝の口から「美味い」という言葉を引き出そうと努力した。

 しかし今、伴代は直感した。

 この紫乃という娘は天性のものを持っている。

 伴代が何年努力しようと決して再現できなかった紅玉の味をいとも簡単に作り上げ、そして出してみせた。これはもう、認めざるを得ない。

ーー次代の御料理番頭は、この娘以外にあり得なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


皇帝陛下の御料理番
1月25日発売!!



画像タップでKADOKAWAメディアワークス文庫詳細ページへどうぞ!

書籍版は大幅改稿によりより面白く読みやすくなっております。
“皇帝陛下の御料理番1
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ