小娘の実力
御膳所、夕餉用の厨は異様な空気に包まれていた。
「……馬鹿な……」
伴代は冷や汗をかきながら、目の前で繰り広げられている光景をただただ圧倒されて見つめている。
いつもは十人超が動き回っている厨で立ち働いているのは、たった二人。
突然夕餉の御料理番頭に任命されたという田舎娘の紫乃。そして紫乃を御膳所まで連れてきた、大鈴。
「大鈴、坪用の器を用意しておいて」
「かしこまりました」
料理を作っているのは紫乃一人で、大鈴は言われた食器を用意しているだけだ。
たった一人で、十二膳もの夕餉の用意をしている。
「そんな事、できるはずがない……!」
伴代はよろめき、厨の台に手をついた。冷や汗が止まらず、体が小刻みに痙攣している。
十二の膳が美しく並んでいる。
すでにその殆どに料理が盛り付けられていた。
湯気を立てる麦飯。
豆腐と若布の入った汁。
彩りも鮮やかな大根と人参の酢の物のなます。
じゅうじゅうと音を立てて焼けている、甘鯛の塩焼き。
平には野菜と鶏肉の煮物が盛り付けられ。
あとは坪と香の物で完成となる。
その出来は、伴代が作るものと遜色ない。いや、もしかしたら伴代が作る以上の料理かもしれない。
調理中の手際の良さは見事の一言であった。食材に合わせてきっちり包丁の使い分けをし、魚や肉の臭み取りも完璧だった。要領よく同時に何品もの料理を作り上げ、冷めないように一気に器へと盛り付ける。
食べる人のことを考えて作っている何よりの証左だ。
そして今、完成間近となっている料理……立ち上る卵の香りを嗅ぎながら、伴代は体の震えを止めようと体をかき抱いた。
屹然の山に住む田舎娘ではなかったのか?
なぜ、まだ十代の小娘が食材ごとに包丁を使い分けられる?
この厨には、包丁だけで十もの種類があったし、鍋も調理方法に合わせて各種のものが取り揃えられている。それを一見しただけで判別できるその能力は、どこで培った?
全てを把握できるようになるのはこの厨で血の滲むような努力をした料理番だけだ。伴代とて、二十代半ばでようやくその高みに到達できた。
それをまるで、息をするように自在に操るこの小娘は、一体……。
紫乃の目は調理を始めてからずっと固定されていて、こちらを伺う様子は一切ない。
何も教えていないのに、全てをわかっている。
小娘の能力が窺い知れず、それが伴代には空恐ろしかった。





