【短編小説】そこの人、ちょっとそこで待ってもらえませんか?
【そこの人、ちょっとそこで待ってもらえませんか?】
僕は田舎に住んでいた。いや、ど田舎である。
交通機関が全く通っていない、ど田舎。周りは田んぼや畑、山に囲まれている。
僕は、25歳独身の極々普通の会社員だ。会社員といっても工場勤務。三交代勤務制で夜勤もある。
月収20万、手取り16万。会社から歩いて40分ほどのところにマンションを借りて生活している。
金はない。普通ならこんなど田舎なら自動車を持っているのが前提条件だ。でも買えない。
正直、今の仕事に将来性を感じていなくて、転職を考えているほどだ。
好きな仕事なら話は別だが、なあなあで入った職場だからそんな気持ちなどない。
将来結婚するつもりもないが、このままずっと今の仕事で、給料で生活するのは、考えたくもない。
どうせなら、一発当てて悠々自適に...
そんなことを思いながら、今日も、会社に向かって、歩く。
今日は夜勤なため、22時出勤。外ももう暗い。街灯も10m置きくらいにしかない。
「...はぁ...。」
ふと吐いたため息が白く映った。いつのまにか、もう冬に近づいていた。まだ雪は降っていなかった。
寒気に耐えながら会社に向かった。
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会社に着くと、既に作業服を着た社員たちがいた。
「おはようございます。」
と、挨拶をした。
「...おはようございます...。」
と、死んだような顔で暗く返された。決して僕が嫌われているわけではない。多分。
ほかの人も同じだ。夜勤はきつい。地獄だ。できることならば、夜勤なんてしたくない。
僕も作業服に着替え、上長に挨拶をし、仕事にとりかかった。
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気づけばもう6時だった。あっという間に感じたのは、おそらく眠気のせいだろう。
ほとんど眠った状態で作業していたようだ。ミスをしていても、もうどうでもいい。
夜勤終わりはそう感じてしまう。
私服に着替え、家まで帰る。半目で、よたよたになりながら歩いた。
冬に近づいていたからか、まだ外は暗かった。少しだが、霧も出ていた。
「(寒っ...。)」
眠気と疲れと寒さで、つぶやく気力もない。
信号機が青になり、横断歩道を渡り切ってまっすぐの道に出た。
さすがに、こんな朝早く、しかも寒い中で外に出ている人なんていなかった。
こんな時間に外にいるのは自分だけだった。
霧をかき分けながら、しばらくまっすぐの道を歩いていると、向こう側の道に人の影が見えた。
「(こんな時間に外に出るなんて、変な人だな。ジョギングでもするのか...?)」
と、心の中でつぶやいた。
だが、その男は見るからに運動するような体系じゃなかった。そう、例えるならごぼうだ。細い。
顔も痩せこけていた。
「ホームレスか...。」
ようやくつぶやく気力が出てきた。
霧でよく見えなかった服が見え、身なりはしっかりしていて、ホームレスとは言い難かった。
不思議にも薄そうな服も来ていた。
「寒そうだな...。」
本当に寒そうな服装をしていた。
少ししてその男がこちらに気づいた。僕は歩きながら会釈をした。
すると男は細い体で大声で、
「そこの人、ちょっとそこで待ってもらえませんか?」
そう言った。
んん?と思った僕は怪訝そうな顔をした。
その顔を見た男は気を遣うかのようにもう一度、
「そこの人、ちょっとそこで待ってもらえませんか?」
もう一度大声で言った。
不思議に思って僕は、
「どうしてですか??」
と応答した。
すると、その男はすこし笑ってこう言った。
「そこの人、ちょっとそこで待ってもらえませんか?殺しに行くので。」
そう言った。
正直、夜勤明けの僕は何を言っているのかわからなかった。
眠気と疲れで死にそうになっていて頭が働かなかった。
男は向こう側の道からこちら側の道に向かって走ってきた。
僕は頭が働いておらず状況が理解できずにぼーっとしていた。
だが、据わった目で男を見つめていると、霧の中で光るものが見えた。
ナイフだった。
それを見た瞬間、全身に血が回り廻ったかのように頭が冴えわたった。
眠気もふっとび、ようやく状況を理解した。
「(殺される...!)」
あまりの恐怖に声が出ず、心の中で叫んだ。
まっすぐの道を全力で走った。霧で前が見えない。
「はァァ...ッ...!はァァ...ッ...!」
何も声を発していないのに声が枯れ、呼吸もおろそかになっていた。
男はこっちに向かってくる。異様に足が速かった。男が向かってくるときに
少しの間ぼーっとしていたとはいえ、かなり差が狭まっていた。
ひきつった顔で、少し後ろを振り向くと、男は笑っていた。
気のせいだったのだろうか。さっきは痩せこけていた男が妙に筋肉質に見える。
さっきはぼーっとしていたために、痩せこけて見えていたのだろうか。
「シュッ...シュッ...!」
少しでも疲れなく、速く走るために、ボクシングの要領で息を吐いて走った。
そのおかげか、ふと思い出したことがあった。
テレビの地元ニュースで、見た。最近うちの近くの地域で謎の通り魔殺人事件が起こっているという。被害者はまばらな年齢層。
頻出していたのは平日の昼間。専門家は、平日の昼間は、多くの人は仕事でいない。田舎であれば
なおさら。その一目が付かないときに特定の人を狙った計画的犯行なのではないか、と。
でも今は違う、平日の深夜。どうして平日の深夜に。
僕は理解した。単純だった。平日の昼間と同じ状況、人目が付かない状況だからだ。
霧の中、逃げる場所を探しながら当たりを見回していたら看板を見つけた。あの地域だった。
僕は確信した。同一人物だと。
僕は焦った。男と僕との距離は徐々に狭まっていた。僕はこのまま殺されてしまうのか。
今なら思う。あんなに地獄だと感じていた夜勤が、普段の生活が、天国だったと。
走馬灯のように今までの日常が脳裏によぎった。
「クッソォ.........」
そんな悔やんでいた僕に手を差し伸べるかのように、運が味方した。
よく知っている道に来た。家の近くだ。それに交番もある。
それだけじゃない、霧がより深くなった。
道を知っている僕はスピードを上げた。
スピードを上げたことと霧が深くなり、道が見えなくなったからか、
あきらかに男から離れているのが分かった。
僕はこれを利用し賭けに出た。道を曲がり交番に向かった。走った。ひたすら走った。
気づくと男は後ろにいなかった。
ちょうどそれに気づいた時、交番が見えた。常駐のおまわりさんがいた。ダッシュで逃げ込んだ。
事情を話し、時が過ぎるまで隠してもらうことにした。
顔を見ているので、間違いなく男は血眼で僕を殺しに来る、そう思った。
幸いにも夜勤だったため、今日は振替休日。しばらく隠れていることができる。
おまわりさんは事情を聴いたあと、交番の前で監視をしていた。
これでもう安心だと思った。だけど違った。
僕が隠れている中で、何かが落ちる音がした。
僕は物陰からのぞいた。
「....ッッ!」
そこにはおまわりさん。血を流し倒れていた。
声を失った。そして男がいた。目があった。
まずい!と思った瞬間、温かくなった。
気づけば刺されていた。刺されたところがじんわりと温かくなった。
僕は、倒れた。
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気づくとそこは病院だった。どうやら僕は一命を取り留めたらしい。
数か所刺されていたようで、傷口がズキズキと痛む。
医者に聞くと、おまわりさんは死んでしまったようだ。僕が生きていたのは奇跡だったそうだ。
そして、男はまだ捕まっていない。
朝のニュースがやっていた。臨時ニュースだ。
僕が刺されたニュースがやっていた。おまわりさんは死亡、僕は重体とされていた。
「はぁぁッ.....!」
僕は背筋が凍った。
男がこのニュースを見ていれば、僕が生きていることがばれてしまう。
そうすれば間違いなくまた殺しに来るだろうと察した。
僕はなんとかして早く退院した。
会社やマンションは電話で事情を説明し、その場を去った。
遠くに行かなければならないと思った。男が知らない場所に。
男が僕を殺そうとしていた理由は今だわかっていない。
今僕は前いた場所からかなり遠く離れた場所で日々おびえながらも質素に生活している。
今の現状が幸せだということを忘れずに。