忌み子のシルバ 4
訓練を終えて終礼もないのならば後は帰るだけだ。生徒たちは談笑しながら更衣室に向かいこの後の予定を話し合っている。
育成校はやることさえやっていれば外出にもうるさくはない。常識の範囲内でならば外泊申請なども通る。それで付いていけなくなった者は去っていくのみだ。
「エルデリアさんって剣もすごいんですね!まさかマイルズ君に勝っちゃうなんて!」
「悔しいなぁ……次は負けないからね?また明日リベンジを……」
「お前の番は終わりだよ。次は私がやる。」
「ぬぅ……」
帰り道に皆で今日の訓練のことについて語り合う。
話題はやはりエルデリアとマイルズの練習試合だ。結果は二本先取でエルデリアの勝利。彼女の方が剣の腕は上だったが決して圧倒的だったという訳では無く、勝利とまではいかなくとも一つ間違えばマイルズが一本取っていただろう場面もいくつかあった。
マイルズが悔しさとすぐに再戦できないことへのもどかしさに歯噛みし、エルデリアは順番だと笑いながらフォローする。
「……しかし侮っていたつもりはないんだが、認識が甘かったよ。私は自国の同年代では敵なしだったんだ。まさかこれほどの使い手がいるとは思ってもみなかった。」
「あーそれはここに入学したときに皆が通ってきた道だよ。」
「そうなのか?」
「ここに入学する人って大抵は地元じゃ敵なし!ってぐらいには才能ある人だからね。周囲に持て囃されて自分も結構その気になってたりするんだ。ところがここに来て自分と同等以上の人がわんさかいることに気づいてショックを受ける」
それまで自分が一番だと思っていた者が現実を見せつけられ折れてしまうことはここでは珍しくない。そこから奮起できる者もいれば、折れたまま終わってしまう者もいる。
「後者の方が多いのは、悲しいことだけどねぇ。」
「そうか……」
気楽に言うクラスメイトとは対照的にエルデリアはその者達の気持ちを考えて目を落としてしまう。騎士の道は簡単なものではない。幾人も夢破れ去っていくことのある狭き門なのだ。
少し気落ちした様子の彼女にマイルズが笑いかける。
「ま、そういうのは一年で大体ふるいに掛けられるから。二年になると退学者は大幅に減るんだよ。」
「そうそう。それにあの騎士長アルター様だって、足りない才能を努力で補うタイプの人なんだって。努力さえすればあのくらい強くなれるかもしれないんだから、諦めないことが何より大事なんだ。」
「そうだな。私も折れぬように精進しなければ」
友人と話していたエルデリアがふと真面目な顔をして考え込む。銀髪を耳にかき上げて顎先に手を当てる。その仕草に男性陣が見惚れ、女性陣に小突かれて我に返る。
「不躾な質問なのだが、マイルズ君はここ基準でどのくらい強いんだ?」
「俺?うーん、確か……同学年だと四位、全体だと八十位が一年最後の記録だったよ。」
育成校は一学年二百人程度の三学年である。より経験を積んだ上級生が強いのは当然のことで、全体順位が百を切れば一年としては相当に優秀な部類だ。
「君以上に強い相手が八十人近くいるのか……なるほど、心が折れるのも分かるな。」
想像を遥かに上回る現実に冷や汗を流しながらしみじみと呟くエルデリア。井の中の蛙気分を存分に味わい途方に暮れる彼女を見てマイルズたちが笑いながらそれを否定する。
「三年生はもう卒業しちゃったんだからもっと少ないよ。あくまで一年最終時点での順位だから。この育成校で三年間みっちり鍛え抜いた卒業生はその辺りの騎士もどきなんて相手にならないほどの最精鋭だからね。百位以内なんて三年が七割くらいを占めるから、実際は二、三十人くらいじゃないかな?」
「それでも十分多いが……いや、数字にこだわりすぎるのも良くないか。」
周囲に強者があふれているこの環境。ここでなら自分はより強くなれる。
育成校には学生寮とは別に教職員、従者兼用の寮がある。貴族の生徒も多くいるため一人までならば従者を連れても許される育成校側の配慮だ。貴族だからといって必ず従者を連れていないといけないわけでもないが、家の格などにも関わってくるので基本的にはほぼ全員連れている。
エルデリアも例に漏れず従者連れだ。
「お嬢様。登校初日はいかがでしたかな?」
「ここに来たのは正解だったぞジョルジ。生徒も教官も非常に質が高い。私もうかうかしていられないな。」
彼女が幼い頃から仕えている長年の従者であるジョルジは主の満足そうな言葉に髭をさすって微笑む。
「特に剣術の教官は素晴らしいな。名を何といったか……」
「ダスティン=イルーシオ。出身は末端騎士の家柄ですが、実力だけで今の地位にまで上り詰めたとか。彼の兄も非常に優れた騎士だったそうですぞ。」
聞き覚えのある家名にエルデリアの眉が動く。
「イルーシオ……確か先の戦でそんな名を聞いた覚えがあるな。」
「そのイルーシオで間違いないかと。」
「いいな……面白いではないか、ミストラル騎士育成校!」
燃える主を見てジョルジが苦笑いする。
こういうところは旦那様譲りですな。私としてはもう少し女性らしさを身に着けて欲しくはありますが。そちらの方は今後に期待でしょうか。
ジョルジのそんな内心など興奮するエルデリアには微塵も気づいてはもらえなかった。
「ああ、そうだ。一つジョルジに調べて欲しい事があるんだ。」
「なんでしょうか?」
主のための情報収集もジョルジの仕事だ。育成校についてきているのは彼だけだがこの国に来ているのは数多くいる。彼らを使えば簡単な情報ならばすぐに集まることだろう。
「シルバ=オーリンという者についても情報を集めてもらいたい。」
「ふむ……何か、気になる行動でも?」
エルデリアは昼間訓練場での彼に対する周囲の反応を話した。ジョルジをそれを聞きながら髭をさする。
「……話を聞いているだけだとただ虐められているだけにも聞こえますな。お嬢様には分からないことかもしれませんが、虐められることに深い理由など必要ないのです。」
「私もそこまで性善説を信じてはいない。いじめだと、最初はそう思ったんだ。私にとても良くしてくれる彼らにもこういった一面があるのかとやるせない気持ちにもなったんだ。」
でも、とエルデリアが続ける
「“この国で上手くやっていきたいならば、あの男に関わるな”……私が聞いた生徒はそう言ったんだ。」
「……随分大きな主語ですな。その生徒が大袈裟に言っているだけの可能性もありますが。」
「そういうタイプには見えなかったな。それに大袈裟に言うとしても“育成校で上手くやっていくなら”……程度じゃないか?」
一理あると頷くジョルジ。だが一理だけだ。
彼はまだ、やはりただのいじめではないのだろうかと考えている。
「覚えているかジョルジ?レリク家の次男坊を。」
「ええ、覚えていますとも。お嬢様に取り入ろうと他派閥の下位貴族をこき下ろしていたあの坊主ですな。最後にはお嬢様に前蹴りを食らったアレがどうかしましたかな?」
あのヤクザキックは見事でした。
「貴族の派閥争いや下級貴族への圧力。これも言ってしまえば大人のいじめの様なものだと私は思っている。……そして私はすり寄られる側だ。気分の良いものではないがな。」
だからこそ分かるんだ
「あの手の輩はな、いじめられる者が如何に卑劣で愚鈍で悪逆かを吹き込んでくるものなんだ。蔑まれて当然の対象だと意識に植え込んで来ようとする。」
彼らにはそれがなかった。まるで腫れ物に触れるかのように誰も口にせず、いない者として扱っている。エルデリアはそこに疑問を覚えた。
「私はそれが気になったんだ。彼らが私の感じたように良い人間であったとしたら。そのように扱われる人物はいったい何をしでかしたのかとな。」
エルデリアの話を黙って聞いていたジョルジはしばらく考えて頷いた。
「そこまでおっしゃるのなら……しばし時間をください。」
「任せた。急ぎではないから中間報告は必要ない。じっくり調べてからでいい。」
「承知いたしました。」