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忌み子のシルバ 3

「おはよう。少し早いが、連絡事項もあるので朝礼を始める。」


本は結局ほとんど読み進められなかった。そうこうしているうちに時間が来たようで教官が教室に入ってくる。普通の学び舎などとは違い教官がいるときに無駄口を叩こうなどという命知らずはいない。身に一様に背筋を伸ばして傾聴している。

教官はがっしりとした体格に鋭い視線をした偉丈夫だ。一線は退いたものの騎士としての力量は高く生徒達からも尊敬と少しの恐れを向けられている。


「今日は編入生を紹介する。」


唐突な教官の発言に生徒たちの反応は大きく分かれた。

急すぎる編入性の情報に戸惑う者と、事前にそれを知っていたであろう者。反応の別れ方は庶民と裕福な貴族や騎士たちの名門一家かどうかの差だ。人脈や情報網を持つ者達は事前にそのことを知っていたのだろう。

 


「静かに。」


それでも教官の鶴の一声で収まるあたり流石は騎士見習いといったところだろうか。十分に落ち着きを取り戻したのを確認した教官が廊下側に声を掛けた。


「入りなさい。」


そう言われて教室の扉が開いて入って来たのは、息をのむほどに美しい女性だった。

長い銀髪を揺らして入って来た彼女はしっかりとした足取りで教卓まで進む。その所作一つとっても洗練されていて明らかに上流階級の人間だということが見て取れる。それもかなり上の方だろう。


「自己紹介を。」


「エルデリア=ストラーガ。非才の身ではあるが、皆と共に切磋琢磨していきたい。よろしく頼む。」


ハキハキとした声に堂々たる姿勢。整った目鼻立ちに凛々しさすら感じさせる容姿。生命力に満ち溢れた彼女の出で立ちに男性のみならず女性も目を奪われている。


「彼女は隣国アステールの出身だ。見てわかるだろうが、高貴な家柄のお方だ。クラスメイトとして接するのは構わんが失礼のないように」


「教官、私の家は関係ない。皆には同じように接してほしいんですが。」


「身分の違う者との対応の仕方を学ぶのも学業の一環だ。……それに家や親、血の繋がりというものは本人の望む望まないに関わらずついて回るものだ。どこへ行ってもな。それも含めての学びの場と考えなさい。」


「……はい。」


不承不承といった風に首を縦に振るエルデリアに教官が口の端を少し歪める。本人は笑っているつもりなのだろうが、その強面と相まって迫力が増しているだけだ。無論、誰も指摘はしないが。


「何も仲良くするなと言っているわけではない。親しき中にも礼儀あり。節度を持って接しろという当たり前のことを守ればいい。いいな?」


「……はい!」


教官の言葉に目を輝かせるエルデリア。

流石、教官は人生経験が違う。厳しいだけではない大人の対応を見れば彼が敬われるのも分かるというものだろう。


その後は各種連絡事項を伝えて朝礼は終わった。

教官が出て行った後にクラスメイト達は早速編入生へと群がっていく。普段はこの手の騒ぎからは一歩引いたところから見ている貴族たちも今日ばかりは加わらざるを得ない。彼女が隣国の貴族に当たる家柄なのだとしたら挨拶をして顔を覚えてもらう必要があるためだ。


混ざらないのはシルバただ一人だけだ。



「ストラーガさんはなぜこの育成校へ?」


「エルデリアでいい。貴族として我が国を支えたい、そう考えて自分を磨こうと思ったらここが選択肢になるのは必然だろう。歴史こそ浅いがミストラル育成校の噂は我が国にも届いているよ。」


「エルデリアさんにそこまで言ってもらえるとは光栄だ。」


「先ほどの教官の言葉一つとっても実に考えさせられるものだった。教育者の質も高いんだな。それに、君たちもただ者ではない。相当に鍛えているようだ。」


「そう言うエルデリアさんこそ。」



歓談する彼らを見ればエルデリアが早くも受け入れられているのが分かる。見目もよく、立場を笠に着ない人当たりの良さが貴族平民問わずに受けが良いようだ。

談笑は次の授業が始まるまで続いた。


彼女は教養も高いようで文学の教官からの評価も高かった。平民は文学方面が苦手なことが多いので彼らの質問にも快く答えている。能力は高いが性格も大物のようで貴族からの評判も悪くないものだった。


エルデリアは一日にしてクラスの中心人物の一人となっていった。




いくつかの授業を終えると剣の訓練が始まる。

勉学も礼儀作法も大事ではある。しかし騎士の本懐は剣であるところに変わりはない。騎士育成校に通うだけあって剣の訓練には熱の入り方が違う。


模擬剣を使った仕合を中心とした実戦形式の訓練が多い。当然怪我人も出るが医療設備も十分に整っているため大事に至ることは滅多にない。


教官が生徒たちに本日の訓練内容を説明する。


「今日は技の型練習をする。二人一組になって打ち込みと受けを交互にやれ。一年学んできたことのおさらいだ。これまでの訓練の成果を見せてみろ。」


「「はい!!」」


「終わったものから俺に声を掛けろ。模擬戦を行う。」


各々二人組を作ると打ち込み練習を始める。型練習は受け手と攻め手が明確なため基本の練習にはもってこいだ。攻めと受け、どちらか片方に集中できるので不測の事故が起きにくい。試合形式だと防御が疎かになりがちな者も多く、模擬剣では大怪我に繋がりやすいので基本的に教官立ち合いの元でなければ許可されない。模擬剣とは言っても結局は鉄の塊なので殴られれば骨くらいは簡単に折れる。



生徒たちが二人組のペアを作り型の練習を始めると、そこかしこで鈍い金属音と掛け声が上がり始めた。その中を教官が間違った動きや危険な行動をしていないかを確認しながら歩いている。

ペアは仲の良い者や実力が近い者同士で組む者もいれば家同士の付き合いで組む者もいる。そんな中で一人で剣を振り続ける者がいた。当然、シルバだ。

彼は誰ともペアを組まずに端の方で型の練習をしている。一人で黙々と、ただひたすらに剣を振るう。



それはいつもの光景で、クラスの誰一人として疑問に思わない。勝手な行動をとれば喝を飛ばすあの教官ですら彼を咎めることはない。しかし今日はそれを疑問に思う者がいた。

エルデリアである。


「マイルズ君、一つ聞いてもいいか?」


型稽古の合間、一通りの攻守を終えたエルデリアがペアの生徒に問いかけた。相手の男子生徒はエルデリアの打ち込みの重さに痺れた手を振っている。エルデリアと組みたがった生徒はたくさんいたが、彼女の力量を見抜いた教官がクラスでも上位の腕を持つマイルズを名指ししたのだ。


「うん?なんだいエルデリアさん。」


「彼はなぜ一人で訓練しているんだ?」


「彼って?……あっ」


エルデリアの指さした方を見たマイルズの表情が強張る。気まずそうに視線を巡らせた後に助けを求めるように周囲を見るが、他の生徒はまだ型練習の最中で気づいた様子がない。例え気づいたとしても見て見ぬふりをするだろうが。


「すまない、何かまずいことを聞いてしまっただろうか?」


「……ああ、いやーそういう訳では無いんだけど……いやそういう訳か。」


「えっ?」


形式上そう聞いただけで本当にまずい事と暗に返されたことにエルデリアは面食らってしまう。マイルズは心底嫌そうな顔であの男子生徒を見やる。そのことに触れるのすら嫌なのだろう。彼の言葉は刺々しさを隠しきれていなかった。


「このミストラルで……いや、この国で上手くやっていきたいなら……あの男には関わらないことだよ。僕から言えるのはそれだけだ。」


「それはどういう……いや、何でもない。教えてくれてありがとう。」


「どういたしまして。さて、そろそろ再開しようか。教官!立会願います!」



声に反応した教官が近づいてくる。


「早いな。見込み以上だったか。寸止めあり、組討なしの三本勝負だ。準備はいいか?」


「ハイ!」


「ストラーガは?」


「……行けます。」


嫌な話を忘れて意気揚々と剣を構えるマイルズ。今は目の前のことに集中するべきかとそれに応えるエルデリア。二人の準備が整ったのを確認した教官が合図を出す。


「始め!」


「せあ!」


先手必勝。開始と共に斬りかかるマイルズ。受け止めた剣の重さは確かなもので、彼の練度の高さが伝わってくる。余所事を考えながら対処できる相手ではない。疑問を頭から追い払うと目の前の相手を迎え撃つべく剣を振るった。



生徒たちが沸き立っている。クラスでも実力者のマイルズと期待の編入生エルデリアの正面対決に自分たちの手を止めて観戦に集中する。見るのも稽古、教官はあえてそれを咎めない。二年らしからぬ剣技のぶつかり合いに他の教官が関心するように声を漏らす。


「どこの生徒だ?」


「一人はビンゲル家の長男ですな。もう一人はほら、アステールの……」


「おお、噂の編入生か。今年の二年は粒揃いだな。」


教師たちも唸らせる試合は校内の噂になるほどだった。





―――どこかで盛り上がっているような声がする。


しかしそれはすぐに意識の外へ消えていった。剣を振るうシルバには周りの声など何も聞こえてはいない。理想の動きを求めて無心で剣を振り続ける。記憶に残る動きを、ただひたすらに追い続ける。


そうしたいから。そして、そうしなければいけないから。






「よし、今日の訓練はこれまでだ!!」


教官の声が訓練所中に響き渡る。そこまで声を張り上げなくてもいいじゃないかと生徒たちが思うほどにその声は大きい。だがそのおかげで一度の号令で全員が集まってくる。


「……あ、もう終わりか。」


その声にやっと自分の世界から戻って来たシルバは間の抜けた声を出して動きを止めた。剣をつたった汗が地面に落ちた。ロングソードを鞘に納めて呼吸を整えると既に集まっていた生徒たちから少し距離を置いた端に並ぶ。



「皆、御苦労だった。こちらの想定以上の仕上がりだったぞ。新しい仲間も増えて競争心を刺激されるだろうが、剣の道に近道はない。無茶はせず、しかし日々の鍛錬を怠らないように。今日は特に連絡事項もないので終礼は省略して良し。以上、解散!」


「「ありがとうございました!!」」



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