第三次世界大戦を見る一般日本人
短編の投稿予定とは違うけど我慢できなかった。
(2022/2/24)マジでウクライナが侵攻されました。
第三次世界大戦は、核を使わないつまらない戦争になった。軍人が儚く死んで、国民が最新兵器で虐殺される。規制を抜けたグロテスクな映像が、ネットにて広がる。
でもYouTuberは楽しい企画を出している。車は行き交い、人々は買い物をして、夜は寝ている。
冬。朝六時。起床。外は未だ夜。この一軒家には俺しかいない。父は施設に。兄は一人暮らし。母は他界。俺一人、この家に巣食っている。
一階に降りる。ダンボールからカップラーメンを一つ取り、お湯を沸かせる。住宅街に忍ぶ我が家に音は少ない。近所の犬もまだ寝ている。キッチンにだけついた光が俺を照らす。休日の朝にしては物寂しい。
熱湯をカップに注ぎ、蓋をする。スマホのニュースアプリを開いた。
ウクライナとNATO、それとロシアが戦争をしている。戦場は東欧。中国と台湾の緊張も際限なく高まり、朝鮮半島の二カ国はどっちつかず。北朝鮮はロシアから圧力をかけられている、とかないとかあるとか。日本の動きはほとんどなし。
タイマーが鳴った。蓋を開けると湯気が昇る。YouTubeを開く。好きな実況者が動画を出していた。FPSのオンライン対戦。とても上手な人なので、見ていて爽快感がある。関連動画にはYouTubeの規制について一言申す人が多々。今の戦争は規制対象だ。フェイクニュース防止のためだそう。見ているゲームは世界大戦がテーマだが、この実況者は大丈夫だろうか。
食べ終わって、カップを捨てる。木漏れ日が目に入った。窓を見る。朝が水平線からおはよう。ランニングする人、犬の散歩、目的不明の車。日本より遠方の悲劇など、ここには描かれない。第一次世界大戦もこのような空気だったのだろうか。
どれだけ戦争のことを考えても、現実味がなかった。そもそも世界大戦と言えるのか。ヨーロッパしか戦場になっていないじゃないか。しかしメディアは三番目であるとしている。
コーヒーを淹れながら一日の計画を練る。休みの二十四時間。有意義に過ごしたい。
昼まで読書をしよう。食事をして、映画を見よう。ゲームをして、風呂に飯。酒で気持ちよくなって寝よう。先週のデジャブを体現した予定となった。
コーヒーを二階の自室に持っていく。机にカップを置いた。開く本は渚にて。核戦争後のオーストラリアの話。
核戦争。大昔から予想されたそれは、今も始まっていない。文明が滅び人が消え、生存者が嘆く世界は未だにない。世界を終わらせるあのきのこ雲は、今日も広島のイメージだ。
陽光とコーヒーと本。少し冷たい空気。日常の全ては病的なまでに整然としていた。
現状に落胆しているかと聞かれれば、そうだ。安全が列挙する今に肩を落としている。しかしその隣に、安心があるのだ。己は現在死ぬことがなく、仕事に愚痴を言えて、平和に文句を言えるのだ。
けれど、やはり、核戦争は起きてみて欲しい。
渚にてを途中で閉じる。もう昼だ。内容として、放射能が南に降りようとしている所での中断。自殺用の薬剤が配られていた。日本もそういうことをしてくれないか。そう思うのに理由はなかった。
一階に降り、昼飯の用意。作り置きしていたポテトサラダと、レトルトカレー。スマホを見ながら食べる。
ニュース。ロシアが若干劣勢。ウクライナは地獄らしい。ポーランドとかも巻き込まれているとのこと。文面からは上手く想像できなくて、教科書みたいな無感動があった。
ヨーロッパはもう国々として死んでいるとか。エネルギーの供給がなくなった各国。難民に溢れた各国。特にエネルギーは問題だそうで、電気がなかったりするという。政情も不安定。そんなニュースのコメント欄は意外にも平和。もちろん、ヨーロッパを見下す言葉も散見される。だが多くは、あの憧れの西洋が、という悲嘆だ。
けれど、そんなニュースも広告と殺人事件にサンドされている。ロシアという大国とアメリカ率いるNATOの衝突なのに、中東の紛争みたいだ。
おぉ怖い怖い。俺は茶化しながらアニメを見始めた。楽しい可愛い日常系。
飯が終わったので映画を見よう。自室に戻り、ゲーミングパソコンを立ち上げる。七色に光るのを無視して、いざ視聴。前々から見たかった「マッドマックス2」をだ。現在の情勢と似通っている部分があるが、それを含めて見ると、さぞ面白いだろう。
古い映画なのに、今でも通じそうな派手なアクション。荒野と道路とたくさんの車両。元気な無法者に弓矢。
世界が終わったら、こうなるのだろうか。だとしたら楽しそうじゃないか。
俺だったらどうしているだろう。この歳になって世紀末救世主になろうとは思わない。けど、モブくらいにはなれるのではないか。でも市民になるのはゴメンだな。ほら、あの暴走族みたいなヒャッハーになるとか。ボウガンで戦う狂った連中になるんだ。主人公に撃たれるワンシーンは俺のものだ。
でも、やはり主人公にもなりたい。ハードボイルド調がいいな。一発しか残弾のない銃と、話術で切り抜いていくんだ。
映画のエンディングを見ながら、己の妄想を嘲笑する。なんとまぁ現実味のない。核に吹き飛ばされているのがオチだろう。
十五時になった。ゲームを始める。朝に見た実況と同じゲーム。近未来の戦争をテーマとした、大人数FPS。奏でられる戦場の音色は全て、プレイヤーの発するものだ。
今日は中々よい調子だ。味方は無計画に突っ込んでデスを重ねているけれど。苛立ちはあるが深呼吸で落ち着く。
すでに連続五キル。激しい銃撃戦の中、さらにキルを積み上げる。八キル。なんていい日だ。いつもならこんなにできない。そして十キル目。俺の瞳はさぞ濡れているだろう。
しかし、プレイヤー達の挙動が怪しくなった。爆発は発砲の音は減少、棒立ちの者が道の落ち葉のよう。異様さに打たれ、キョロキョロとマウスを迷わせる。さてはラグか。ゲームから追い出されるのかも。せっかく十回連続でキルしたというのに。
ふと動きを見つけた。チャット欄だ。人気配信者のコメント欄みたいに、言葉が上へ流れていく。
彼らは発したのは「nuke」という言葉だ。
核。ずっと前なら小首を傾げていた。今はもう、想像できるものが近すぎる。
スマホでニュースを確認した。
【ヨーロッパで核爆発を確認か】
味気ない、けれど鋭すぎる一文。時計は十六時と何分か。ヨーロッパ。ヨーロッパだ。日本ではない。
そう思ったのに足は速くて、一階へ落ちるように下る。テレビをNHKに。
・・・・・・青い枠・・・・・・緊迫したアナウンサー・・・・・・繰り返される核兵器という言葉・・・・・・窓の外からの夕暮れ・・・・・・どれもがミスマッチに思えて、事実とは考えられなかった。
速報のメロディー。アナウンサーが若干の早口で物語る。ウクライナ、キエフにて核爆発を確認とのこと。確認ということは、あのきのこ雲を見た人がいるということで、その人は被曝したということだ。
きのこ雲。学生時代に見た広島の歴史。建物の消し飛んだ白黒の街並み。皮膚がただれたという人々の人形。原爆ドーム。
様々に駆け巡る想起。しかしどれもが過去に起こったことで、眼前の情報と一致しなかった。キエフがどういう都市か解らないのも、考えの及ばぬ一因だった。
だが、ICBMが空を飛ぶことだけは想像の世界に見えた。
核戦争。冷戦の遺産が、眠りから目覚めた。
東京は滅び日本は国として終わる。いや、世界から文明が消える。核の色に染まった冬が訪れ、人々は飢える。生存のため、人は人を襲う。この家の周囲も。主婦達、健康的なランナー達も、若者も、死にかけの老人達も。
アメリカは撃ち返すのだろうか。急に、不安が現実に戻る。ウクライナに撃たれたからって、撃ち返すだろうか。
いやもしかしたら。北朝鮮が便乗するかもしれない。ロシアの圧力によって、どこかに。可能性としてはアメリカに。日本の米軍基地に。そしたら、本当に。
放射能が北半球を包むのか。一面の荒野でオイルを求めるのか。俺は生き残れるのか。
逃げ出したくなった。だがどこに逃げれば。核シェルターなんてない。災害の備蓄はあるが核でも使えるのか。
NHKのアナウンサーが冷や汗を流している。スタジオがどよめいている。俺は今、家族に会いたくて仕方なかった。
窓の外は夕日が輝き、カラスがいつものように鳴いていた。