流れ星ねこねこカフェにようこそ
此処は、流星群が降る夜にだけ開く不思議な不思議な夜の喫茶店。
しかも、動物たちのためだけの喫茶店。
この喫茶店のマスターは、まるで夜に溶け込んでしまいそうな真っ黒の猫の店主。
右目は、金の星の色、左目は銀の月の色と言ったオッドアイです。
何でも見通すことのできるオッドアイのマスター。
その耳が微かに震えて何かの足音を捉えました。
マスターは、深々とその足音に対し一礼をしました。
ビクッとしたのは人間のあなた。
あなたは、森を散歩中に迷子になり、とうとう夜になってしまったという。
そんなあなたの目の前に、真っ黒な猫が粋な恰好をして一礼をしています。
「あの……」
あなたはどうにか言葉を発します。
すると名刺を差し出す黒い猫。
「『流れ星ねこねこ喫茶店』……マスターの黒猫?」
名刺を読んだあなたは不思議そうに首を傾けます。
マスターはお茶目に片目をウィンクさせました。
何故かホッとするあなた。
「その、カフェは何処にあるのかしら?」
最もな疑問は、マスターに人差し指を立てられてしまいました。
お静かに、ということでしょうか。
パチン!
マスターが指を鳴らすと……。
ざわわわわ。
居並ぶ木たちがまるで魔法のように動きだし、整列しました。
あなたとマスターをまるで導くかのように道が出来ました!
マスターがまた深々と一礼してから歩き出します。
ポカーンとしていたあなたは慌ててマスターの後を追います。
道はとある冬薔薇のアーチに続いていました。
粗末な看板が立っています。
『流れ星ねこねこ喫茶店』
あなたがその看板を眺めていると。
「おや、マスター何処ぞに行っとったんかね」
あなたはまたまたポカーンと立ち尽くしました。
そこに居たのは、洒落た格好をした獏。しかも言葉を話す獏。
「おほ~お。そこに居らっしゃるのは、人ですな」
一礼をして答えるマスター。
黙するのが彼の答えの様です。
「いやあ、余興余興。今宵は美味しい珈琲が飲めそうですな」
ほっほ、と笑う獏を横目に、あなたとマスターは店へと向かいます。
オープンテラスに面した店は古風な喫茶店の佇まいです。
夜の中に、様々な椅子や席に座った動物たちが居ます。
ゾウにキリンに、ウサギに、リスにネズミ……。
皆、着飾っています。
灯りを絞った照明の為、皆はあなたが人だとは気付いていません。
マスターはあなたをカウンターの一番近くの席に座らせました。
薄暗い闇の中、仄かな灯りに照らされて、皆談笑しています。
「おや、マスターがお戻りだ」
カウンターに近寄って来たのは、ゴリラでした。
「マスター。そろそろ時間かね……おい! 人が居るぞ! 人間だ!」
ゴリラの突然の大声に、談笑の声がピタリと止み、ざわざわと不穏なさざめきが広がりました。
「人間だって!」
「何で人が此処に?」
「此処は動物のためだけの喫茶店だぞ!」
あなたは恐ろしくなって、思わずマスターを見ました。
カウンターから出て、スッと片手を上げるマスター。
黙る動物たち。
マスターはまた、深々頭を下げて何も言いません。
「ふ、ふん! マスターがそう為さるなら。みんな、今日は無礼講らしいぞ!」
ゴリラのその言葉に、皆が落ち着きを取り戻しました。
時間は、そろそろ真夜中になります。
「あ」
あなたは小さく声を上げました。
喫茶店の天井が、すうっと透明になって行くのです。
そして。
「流れ星が!」
誰かの声に、動物たちが歓声を上げました。
流れ星は次々と夜空を流れます。
マスターは皆に珈琲を配り始めます。
そしてポケットから何やら光る金平糖を取り出して……。
あなたの持つ珈琲カップにポチャリと落としました。
仄かに光る珈琲。
それが、合図でした。
ゴリラが立ち上がって言いました。
「流れ星珈琲に今宵も乾杯!」
ひゅうるるる。ぽっちゃん!
なんと流れ星が落ちてきてゴリラが持つ珈琲カップに飛び込みました!
シュワワワワー☆
まるでお砂糖のように光って溶けていく流れ星。
「わたしも!」
「僕も乾杯!」
ひゅうるる~。ひゅうるるる~。
ぽっちゃん、ぽっちゃん!
動物たち掲げる珈琲カップに次々と流れ星が飛び込みます。
そしてお砂糖のように光りながら溶けていくのです。
溶けた後は、みんな珈琲を美味しそうに飲み干すのでした。
うっとりした顔はまさに至福の顔。
マスターがあなたの背に手を当てます。
あなたも勇気を出して声を出します。
「流れ星珈琲に、乾杯! 来て、流れ星!」
ひゅるる、ぽちゃり!
シュワワ☆
あなたは両手で珈琲カップを包みました。
流れ星は柔らかくあたたかな光を残して溶けていきました。
ふと、何だか泣きたくなってきたあなた。
マスターの顔を見ると、優しい顔で見守っていてくれていました。
「美味しい……」
一口すすると、心に明かりが灯ったみたいです。
それは、流れ星のあたたかな思い出の灯り。
此処は、流星群が降る夜にだけ開く不思議な不思議な夜の喫茶店。
動物たちのためだけではなく、たまに心の迷子の人がマスターによって迎えられる、そんな、不思議な不思議な喫茶店。
〖おわり〗
お読み下さり、誠にありがとうございます(深く一礼)。