第一話 ジメジメキノコ系20代女性
汚い部屋と書いて汚部屋。モノで溢れた充実感のある場所。ではなく、モノとゴミが埋め尽くすスペース。テレビでは汚部屋を片付ける業者の紹介やら、どれくらいのゴミがある部屋なのか競い合うやら、汚部屋はダメ!ってな雰囲気で押してくる。
私から言わせれば汚部屋ではあるが、汚いのではなく、便利な部屋だ。ベッドからドアまでのけもの道。床が見えているのはドアが開くスペースだけ。上半分だけ顔を出している壁。私の身長と寝相にぴったりフィットしているベッド。狭いことはない。迷うこともない。必要なモノは全て手の届くところに揃っている。
「あれ、スマホの充電器この辺に置いた気がするんだけどな…」
ガサガサとビニール袋を後ろに投げ捨て、充電器を探す。後ろに投げた袋はゴミ袋だったと思う。すぐに必要ではないから、手の届くところから退場させてもらおう。
この部屋はとても清潔で、よくある黒い虫も見かけたことがないし、それ以外の虫も見たことがない。たまに変な匂いがすることはあるが、そう言う時は原因と思われる付近にあったゴミっぽいモノを捨てれば解決。
窓は開かない。開けないのではなく、開けたら部屋のものが外に落ちてしまうし、そもそも窓まで歩いて行ける道がない。空き巣に入ろうったって無駄よ、無駄。
「お、あったあった……」
充電器を電源に差し込もうと近づけた瞬間、体に痺れが回る。気がついた時には遅い。充電器のコードは中身が見えてしまうほどボロボロで、その露出した箇所を午前中に飲んだコーラの残りがびしゃびしゃに濡らしていた。
「いった……」
猛烈な痛みに驚いたが、なるほど充電器から漏電したんだと分かれば案外落ち着いていた。しかし今度同じことになったら生きている保証もないと思い直し、席を立ち上がった。
「まぁ充電できないのは困るし。買いに行きましょ。財布財布っと……」
部屋のドアまでの獣道をザクザクと踏み分けて歩く。途中何かを踏んだ感覚もあったがまぁ気にしない。ドア付近にできた山の頂上に置いてあったはずの財布を探し出してポケットに仕舞い込む。
部屋を出て廊下に出ると眩しい日の光が入ってきて、思わず目を細める。今日は晴れなんだな。誰もいない廊下を歩き、物音のしないキッチンを通り抜け、くしゃくしゃな頭をぽりぽり掻きながら出しっぱなしのサンダルを履く。
「……は?」
外に出ようと扉を開けたが、その先は家の庭ではなかった。
見たことのない4本足の動物がそこらじゅうを歩き回っている。象よりは小さいが、馬よりは大きい。ビーズのように丸い2つの目。体は柔らかそうな毛で覆われていて、大きな尻尾をくるりと巻いている。例えるなら……
「でっかい…ポメラニアン……?」
巨大なポメラニアンのような動物の1匹がこちらを見ている気がする。可愛い見た目をしてはいるが、サイズがサイズだから踏まれたり蹴られたりしたら命の保証はないかもしれない。そもそも優しい動物かどうかも分からない。
「ていうかここはどこ!?夢でも見てんのか??」
風に乗って舞う砂埃に目を細めながら辺りを見回す。20年以上過ごした我が家の近所の景色はいったい何処へやら。こんな巨大なポメラニアンがいる砂漠のような場所に立ち尽くす。コミュ力あふれる陽キャだったらこんな状況も楽しめるかもね!と心の中で悪態をつく。
「てかポメラニアンさらにデカくなって…いや、近づいてきてる…?」
ハッハという呼吸の音が足音と一緒に迫ってくる。逃げなきゃ、と後ろにあるはずの玄関のドアに手を伸ばしたが、手は空を切っただけで、そこには砂の地平線しかなかった。
「なんで!?ウチに帰らせてもくれないの!!?」
帰る場所があろうがなかろうが、あの巨大ポメラニアンが満面の笑みを浮かべてこちらに走ってくる以上、何としても逃げなければならない。捕まったらきっと死ぬ。
普段日光はほとんど浴びない日陰人間にこれでもかもいうほど太陽が照りつける。普段自分の家の近所しか歩かないサンダルは足元の砂に埋まって今にも放り投げてしまいそうだ。20代引きこもり。転がるように必死に走る。
「だ、だれかぁ……たひゅけてぇ〜」
喉がヒューヒューとなる。走っているというより、前に倒れているだけのようだ。もう倒れる、というところで、涙で揺れる視界の端に人影を見た。
「####〜!!##〜!!!」
何かを言いながら手招きしている。言葉は分からない。でもその人の家に招いてくれている。
「たしゅけ…!!たひけて…くだひゃ……」
教科書で見たような煌びやかな民族衣装をまとった女性が倒れる体を受け止めてくれた。
女性は何かを言っているが、じめじめキノコのような生活をしていた自分はもう体力も気力も限界だった。
最後に耳に届いたのはピィーーという甲高い口笛だった。




