妻よ食らえ、催眠術!!!!!
「ほ、本当に成功しちゃったぞ……!?」
俺の前には、虚ろな目をした妻が、ソファーに座っている。
彼女をこの状態にしたのは、俺だ。
しかしまさか出来るとは思っていなかった、ダメ元で試したことだったので、ここまで驚いている。
どうして俺達がこんな状況になったのか。
その発端までとなると、二週間前にまで遡る。
「それじゃあ、出掛けてくるね」
「ああ、いってらっしゃい」
最近、妻の外出が増えた。
今までは24時間、ずっとくっついて離れないといった感じの妻だったが、この頃よく出掛けるのだ。
外出先や誰と一緒にいるかは不明。
聞いても教えてくれなかった。
この急な生活習慣の変わりように、俺は考えてはいけないと思うが、どうしても頭によぎることがあった。
浮気、もしくは不倫ともいう。
妻は大変に美しい女性だ。
これはもちろん俺自身が心底思っていることだが、パートナーだからの贔屓目ではなく、客観的にもそうなのだ。
幼い頃から周囲の大人達にかわいいと言われ、ある程度成長してからは同年代の人達に美しいと言われた。
そして優れているのは容姿だけではない。
学生時代は成績優秀、運動神経抜群の才女としても有名だった。
そんな、誰から見ても素晴らしい女性であるからこそ、浮気を疑ってしまう。
もし本当に浮気をしていたら、俺は一体どうなってしまうのか。
妻との過去は全て偽りと化してしまうのだろうか。
夜も眠れない程に気になるが、しかし俺は浮気調査のために、妻の物を漁ったり、外部に調査を依頼したりはしなかった。
外部に依頼をしなかったのは、夫婦の金銭管理は妻がしているから、いきなり何万円も使うことが出来ないといった理由もあったが、根底には別の思いがあった。
浮気をしているか確認したいが、知りたくないとも思ってしまう。
浮気をしていなければ万々歳だが、もししていたら?
そんなことを知るくらいならば、最初から調べないで、見ない振りをし続ければ、少なくとも夫婦としてあることは出来るんじゃないのか?
そんな微妙な心持ちの俺は、妻の裏の顔を明らかに出来そうな手段には踏み出せなかった。
気になる、けれど触れたくない。
悶々とした日々を過ごすなか、俺はあるもの出会った。
「『絶対催眠術~全て貴方の思うまま~』……?」
妻の部屋で、なんとも胡散臭い本を見つけたのだ。
内容は、ものすごい単純なもの。
これを見て、と言ってから、本の中のあるページを対象に見せつける。
それだけで催眠は完了、対象は命令待ちの状態に入り、あとは何でもできるという。
本の内容が真実ならば、命令待ちの時には、対象にどんな行為も強制することができるし、そこで感情を弄ることや存在しない記憶を植え付ければ、命令待ちの状態から戻ったとしてもその影響は続くという。
二度目になるが、胡散臭い。
けれどその胡散臭さが、今の俺には丁度良かった。
俺はこれを使って妻の浮気を確認しようと思ったのだ。
この本の催眠は絶対に失敗する。
そういう前提があるからこそ、浮気を知りたいけれど知りたくないという俺の心理状態に丁度良いのだ。
万一成功すれば、その時は本の言うことが全て真実となる。
妻の口から直接に確認できる、とはいえそれは起こりようのない妄想だが。
そう思って、妻に試してみたら。
「ほ、本当に成功しちゃったぞ……!?」
本にあった、命令待ちの状態に入ったのだ。
まさかこの本、本物だったとは。
いや、そう決めつけるのは早計だ。
これは元々妻の部屋にあったもの。
妻が内容を知っていて、かかった振りをして俺を驚かせようとしている可能性がある。
そうだった場合、いきなり浮気を確認しては俺が妻を疑っていることを知られて終わるだけ。
一つ、事前に質問を挟んで確かめる!
「質問するから、正直に答えてくれ」
「はい……」
「何か俺が、ドン引きしそうな秘密を一つ言ってくれ!」
我ながら絶妙な質問だ。
この質問の通りに答えた時は、もう完全にこの本を信じる。
無難な回答だったらさらに質問を重ねるだけだ。
秘密が浮気だったらどうしようかと思うが、そう答えられても本が本物ならば聞くと腹を決めた今、出てきても受け止める。
いや、していないならそれが一番だけど。
妻は少し考える素振りを見せたが、長く待つことはなかった。
「私、は、掃除機をかける前に、粘着クリーナーで部屋を一通りきれいにします……」
そういえば、そうだ。
妻は掃除機をかける前に、なぜか粘着クリーナー、俺はコロコロと呼ぶあれを部屋全体に使う。
どうせ掃除機をかけるのだから二度手間なだけだと思っていたが、あれには理由があるのだろうか。
「あれは、貴方の髪を集めるため、です……」
「は?」
今なんていった?
「えっと、もっと詳しくお願い」
「掃除機だと、貴方の髪が雑に吸い込まれて、回収できないので……。その前に粘着クリーナーで、集めて、います……」
「うわぁ」
確かにこれはドン引きだ。
だから妻も理由を聞いても今まで答えてくれなかったのだろう。
しかしこれで、俺はいよいよこの本を認めることにした。
認めたならば、次の質問は決まっている、逃げられない。
一度深呼吸をして、ずっと気になっていたことを聞く。
「君は、浮気、不倫、もしくは俺以外で好きな人ができたとか、そんなことがある?」
聞いて、しまった。
両手で身体を掻き抱き、耳を塞いでしまわないように抑えるが、それ以外の部分が聞きたくないと逃げようとする。
目なんて開けていられないし、さらには顔も伏せてしまった。
そして質問に対しての、妻の答えは。
「いいえ……。貴方だけを愛しています……」
それを聞いて、俺はなんだか、久しぶりに呼吸をしたような感覚に陥った。
いや、気付いたら呼吸が荒いし、質問をしてからは本当に呼吸を止めていたかもしれない。
けれどそう思ってしまうくらいには、なんだか解放されたような心持ちになったのだ。
「ち、ちなみに、最近外出多めなのはなんで……?」
一番に気になっていたことが解決した。
だから次の質問は考えたり、出すのをためらったりせずするりと出てきた。
「結婚してから、五年の記念日の、準備をして、いました……」
「えぇ……」
なんというか、気が抜けてしまう。
夫ならばそれくらい気付けと思われてしまうかもしれないが、いや予想できないだろこれは。
だって俺達の結婚記念日、3ヶ月後だもの。
いくらなんでも気が早すぎる。
教えてくれなかったのは、サプライズを企んでいたからと至極当たり前なことで、それ以外にわざわざ秘密にしていた理由なんてなかった。
けれどここ最近気にしていたことは全て解消された。
全部俺の不足が招いただけの事。
疑った俺が全面的に悪いのだ。
しかし、緊張のしすぎで喉が乾いてしまった。
俺は冷蔵庫のお茶を取り出して注ぐが、その中で色々振り返る。
いや、焦った焦った。
四六時中俺と共にあった妻が、なんで俺から離れたかと思ったが、離れていても俺のことを思ってくれるとは。
なんだか照れ臭くなる。
て、あれ?
なんで、結婚するような人間二人が、ずっと側で離れることなく、生活できるんだ?
日用品とか食事とかは一緒に出掛けるからいいとして、仕事はそうはいかない。
それでも二人一緒なのは、俺達が働いていないからだ。
大の大人が、働かないで、不自由なく生活できるとかあり得るのか?
いつからこうなんだ?
記憶を掘り起こしても、いつからこんな生活かは思い出せない。
けれど俺はいつからか、当たり前にこの生活を享受していた。
まてまてまて、何かがおかしい。
そうやって考えを巡らせていた俺の背後から。
「貴方、これを見て」
他にも色々書いておりますので、お読み頂ければ幸いです。




