第六話
一方その頃。
国王から国の留守を預かっていたリィユツ総隊長は、突如として侵攻を開始してきたルメタ軍に少数の騎士を率いて寸でのところで防衛線を保っていた。しかし、それも敵の侵攻の速度を遅延しているに過ぎず、前線は崩壊こそしていないものの着実に押し込められ城への接近を許す結果となっていた。
リィユツの頭には避難の完了していない町民を見捨てでも防衛隊を城内へ撤退させ、籠城に転じることも最早やむなしという考えが浮かんでいた。姫のいる城への侵入を許し、万が一秘密の部屋が破壊される様な事にでもなれば、ルメタ軍以上にユトミスに壊滅的な被害が出る恐れがあるからだ。
血が出るまでに下唇を噛みしめ、断腸の思いで城下を開け放しての撤退を命じようとした。するとその時、向かって左方から氷の礫が飛んできてルメタ軍を襲った。氷の礫は地面にぶつかると共に四散して冷気を放ち、相手の隊列を大きく崩してしまったのだ。
その様子にユトミス軍も、ルメタ軍も両軍ともが目を丸くして驚いている。
「なんだ!? 霧氷魔術師の攻撃か?」
「いえ、我々とは別の誰かが敵陣にて魔法を放っているようです!」
「何だと? あれだけの強大な氷結魔法を一体誰が?」
すると、西の空を何かが飛行してルメタ軍に激突していった。たちどころにルメタ軍は混乱し、猛攻が突如として止まった。そして、ルメタ軍に飛び込んで行った誰かを目視したユトミス軍は別の意味で驚き混乱した。
「「ス、スチェイミア様!?」」
ユトミス兵から驚愕の声が発せられたのも束の間、次の瞬間には氷の大剣を鬼気として振るうアイシア姫が現れ、恐るべき魔力と覇気を放ちながらルメタ兵たちをなぎ倒していった。
「どうなっているんだ? 一瞬でスチェイミア様がアイシア様に変わった・・・?」
誰一人、状況を飲み込めずにまるで劇場で芝居を見るかのように没頭している。そんな中で、リィユツだけが青ざめた顔で歯噛みしていた。そして、その場の全員に喝を入れんばかりの大声でサンドラの所在を聞いた。
「誰か! サンドラの所在が分かる者はおるか!?」
「サ、サンドラですか?」
「奴ならばルメタ軍の侵攻を防ぐためにダーソ地区に派遣されたはずですが…」
「すぐに伝令を走らせろ! サンドラをすぐにここに連れて来い! 伝令に向かう以外の者は戦闘準備を取れ。目標は姫君だ。」
目標は姫君、その言葉はユトミス兵たちの耳に入っても、すぐに理解を齎さなかった。しかし、鬼気迫るリィユツ総隊長の表情から何かを察した騎士たちが一人、また一人と武器を構え始め、すぐに全員が臨戦態勢を取る。
「良いか、皆の者。畏れ多くも姫君なれど、殺すつもりで戦えっ! それでようやく互角の戦いだ」
リィユツがそう宣言したのとほぼ同時に、いつの間にかウォーテリアの姿に転じた姫が両軍対して無差別に波濤での攻撃を繰り出してきた。鎧が重い分、ルメタ軍の兵たちは足元を掬われ、転倒し、更にぬかるみに足を取られて満足に歩行すらできない者もいた。
が、その攻撃の被害を受けたのはユトミス軍も同じだった。こちらはこちらで城下の家屋が流され、石や木材の破片が波と共に押し寄せて進軍を阻む。ウォーテリアとの距離が遠かったのが、唯一の救いだった。
朦朧と虚ろな瞳のまま、ウォーテリアは次の魔法を発動した。今の波濤で周囲に広まった水が、今度は柱となり、下方からの放水攻撃となって周囲を襲った。すると再びウォーテリアの姿に変化があった。またしてもアイシアの姿に戻ると、打ちあがった水を瞬時に凍らせて、氷柱の雨として用いた。
ところが、そんな姫の猛攻の中であっても、退かずに立ち向かう無骨な者もルメタ軍の中にはいた。
盾で氷柱を塞ぎながら懸命に近づくと、喉首を狙って剣を振り下ろす。しかし、それは姫には届かない。いや、届いてはいたのだが目論見通りに喉を切り裂くことは出来なかった。アイシアから今度はスチェイミアの姿に変わると、剣は煙でも斬るかのように空しくスチェイミアの身体をすり抜けるばかりだった。
そんな気概を見せた兵もあえなくスチェイミアが放った蒸気で遥か後ろに吹き飛ばされていく。
そして、周囲にルメタ軍の姿がなくなると、姫はリィユツたちユトミス軍を睨みつけ、獲物に飛び掛かる虎の勢いで襲い掛かって来る。
最前線にいたリィユツは死を覚悟した。
しかし、その覚悟は無駄だった。
飛び掛かる姫をいとも簡単に吹き飛ばして、ユトミス軍とリィユツの目の前に颯爽とサンドラが現れたからだった。
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