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第二話


 それから三十分が過ぎた頃。


 軍略会議の行われる予定の大会議室の方角からこの世の物とは思えない程透き通った歌声が聞こえてきた。すると雨雲などは一つもない快晴の空からにわか雨が降り始めた。雲がないせいで雨粒一つ一つが太陽の光を宿し、宝石のように煌めいては虹を生み出している。


 これは「雨唄」という会議の開始を合図するウォーテリアの歌声だ。


 ユトミス王家直系の血筋であるウォーテリアは水の魔法に造詣が深く、彼女は歌を介して魔法を使うのが得意だった。


「さて、そろそろ迎えに…」


 臨席する貴族たちへの挨拶を済ませ、雨唄を歌う事でウォーテリアの今日の公務は全て終了した。後は秘密の部屋へと送り届ければサンドラの仕事も完了となる。


 駆け足で、先程の広間へと戻る。すると、部屋の前の廊下には虚ろな瞳で遠くを見つめ、何か物思いに耽る様な憂い顔を浮かべるウォーテリアの姿が見えた。


「ウォーテリア様。お迎えに上がるのが遅れ、申し訳ありません」


 突然、声をかけられたことにウォーテリアは滅多に見せぬような顔をサンドラへと向けた。


「雨唄の儀、ありがとうございます。姫様のおかげで国に潤いが保てるでしょう」

「…サンドラ様」

「・・・畏れながら再三に渡って申し上げておりますが、私如きを敬う事など必要ございませぬ。サンドラとお呼びくださいませ」

「はい…」

「本日の公務は全て終わりあそばしてございます。お部屋へとお戻りください」

「わかりました。では、部屋までの嚮導を命じます」

「畏まりました」


 そうしてサンドラはウォーテリアに先立ち、秘密の部屋に帰ろうとした刹那。前の柱の影から誰かが立ち塞がるように現れた。それは、さも偶然といった風な態度をとる。


「これはこれは、ウォーテリア様」

「ルオイル様…」


 二人が振り返れば、そこにはユトミスの中でも特に名門と名高いルオイル家の現当主、イスソイス・ルオイルがいた。ルオイルはいかにも気障な動きで、恭しく姫の前に跪くと芝居がかったような挨拶をしてきた。


「ご機嫌麗しゅうございます。影から拝聴させて頂きましたが、今日も素晴らしい歌声でございましたな」

「…ありがとうございます」

「到着が遅れ増したが、いま本日の軍略会議の前に王の命により国境付近の偵察をし、馳せ参じた次第。この頃の情勢というのは些か不安定で、我が王も不安がる民の気持ちを思い心痛一方ならぬご様子。しかしながらこの戦名代の我がルオイル家がいる限り、このユトミス王国の安寧をお約束すると我が王にも申し上げる所存でございます」


 ルオイル卿は丁寧を装いながらも、プライドをふんだんに塗りつけた講釈をしてきた。


 ウォーテリアも精一杯の笑顔を作り、喉の奥から当たり障りのない言葉を絞り出した様な声を出して答える。


「そう、でしたか」

「ルオイル卿。ウォーテリア様は公務を終え、お部屋にお戻りになるところでございます。ご挨拶もほどほどにお通しください」


 ウォーテリアの前に割って入るかのように立ち塞がったサンドラは、深々と頭を下げてルオイル卿に乞うた。だが、頭を上げる前に横からルオイル卿の渾身の裏拳が撃ち込まれた。サンドラの身体は、拳の勢いを一身に受け軽々しく吹き飛ばされてしまった。


「ルオイル様!?」

「貴様…誰に向かって口を利いている」

「お止めください、ルオイル様」

「我が王が特別な恩寵をかけてくださったことを笠に着て、少々図に乗り過ぎだ。この『呪いの子』がっ」


 倒れ込み床にぶつかった衝撃で顔や鼻から血を流しながらも、サンドラはウォーテリアのドレスに汚れを付けない事を考えて手を引いた。


「姫様、参りましょう」

「待て。話は終わっていないぞ」


 ルオイル卿はサンドラの肩を乱暴につかむ。しかしそれは空を掻くだけで、指先には何かが当たった感触すら伝わらない。


 何だ…と思った瞬間にはルオイル卿が見ていた二人の姿は霞のように跡形もなく消え去っていた。それが魔法で作られた幻影だという事に気が付くのに、それほど時間は掛からなかった。


「おのれ…いつも見失ってしまう。やはり秘密の部屋とやらの入口を見つけなければ…」



読んでいただきありがとうございます。


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