6話 サーシャの特大水魔法
「サーシャ! 危ない!」
「きゃあ!」
そのタイミングで、運悪くサーシャに向かい、でんきネズミから電撃が放たれた!
電撃に対し、反応が遅れたサーシャ。僕は、咄嗟に地面を強く蹴り、飛び付くようにして、サーシャを抱え、電撃の合間を掻い潜った。
僕とサーシャの僅か数メートル後ろで、ドカーンという破裂音が鳴り空気を震わせた。
振り向くと、先程までサーシャが立っていた場所は黒焦げになっており、生い茂る草木の合間にぽっかりと大きな穴が空いてしまっていたのだった。
その焦げた跡が、でんきネズミの電撃の威力の凄まじさを物語っている。
この電撃が、サーシャに当たっていたらと思うとゾッとする僕。
サーシャも同じことを思ったのだろう。サーシャは僕の腕の中で、自分が立っていた場所を、呆けたように見つめていた。
「サーシャ、大丈夫? 怪我はない?」
サーシャの無事を確かめるため、僕は腕の中に収まるサーシャを覗き込むようにして、そう声をかけた。
僕の問いかけに、ハッと我に返ったように僕の方を見上げるサーシャ。
僕と目が合うと、サーシャは、ちょっ……近付きすぎっ……! とそう言って、一瞬でかぁっと顔を赤くした。
心なしか少し目を潤ませながら、何故か慌てた様子で僕の腕からすり抜けて行くサーシャ。
そうして、恥ずかしそうに目を伏せると、口を小さく尖らせて僕の問いにこう返事を返したのだった。
「何ともないわ。……ありがとう、悔しいけど助かったわ」
その返事を聞いて、ほっと胸を撫で下ろした僕。
君が無事で本当によかった……! とそう言ってサーシャに微笑むと、どういうわけか、サーシャは更に顔を真っ赤にしてプイっとそっぽを向いてしまったのだった。
「おい、お前らボサッとすんな! また、電撃が来るぞ!」
安心したのもつかの間に、ラルムが焦ったような口振りで、僕達にそう警告をしてきて。
慌ててでんきネズミの方へ目線を戻すと、今まさに次の電撃を放とうとしているところだった。
僕とサーシャは、素早く左右に別れて飛び、何とか次の一撃をかわす。
でんきネズミが、電撃を放つまでのモーションが思ったよりも早く、僕らは攻撃をかわすので精一杯だ。
とてもじゃないが、反撃の隙を見つけることが出来ない。
「これじゃあ、呪文の詠唱が出来ないわ! それにあのネズミ、ちょこまかと動き回るから狙いも定まらない!」
サーシャのその言葉に、ラルムは、しゃーねぇな! とそう声をあげると、僕らに向かいこう言い放った。
「セオ、お前何とかして、でんきネズミの注意を引け! 動きは俺が止めてやる」
「注意を引けって、そう言われても……! ええっと、剣技『辻風』」
ラルムの指示に従い、僕はでんきネズミを気を引こうと、剣を斜め上へ素早く振り上げ、圧縮された空気を繰り出した。
空気圧はつむじ風に変わり、周りのチリやホコリを巻き上げ、辺りの見通しを悪くしていく。
でんきネズミは、僕たちの位置を見失ったのか、絶え間なく続いていた電撃か一瞬止んだ。
「セオお前……! これじゃあ俺達も相手の姿が見えねぇだろうが」
「しまった! ごめんよラルム~!」
ラルムは、僕に一言そう文句を言って、地面を蹴り高く空に舞い上がった。
そうして、巻き上げたチリとホコリが及ばない高さに到達すると、シニカルに笑みを浮かべ、こう言葉を続けた。
「まぁ、初めての陽動にしちゃあ上出来だ。そら行くぞ! 『粘液』!」
ラルムはそう言うと、体液の粘度を高くし、でんきネズミへ向けて放射したのだった。
ラルムの『粘液』は見事でんきネズミに当たり、でんきネズミは、地面に伏せて動けなくなってしまった。
「そら、お嬢ちゃん! 今なら的は逃げないぜ!」
「こっちも準備は整ったわ! 覚悟しなさい! 水魔法『スプラッシュ』!」
僕達がでんきネズミの動きを止めている間に、呪文の詠唱を終えたサーシャの背後には、大量の水が球体のように、ひとかたまりにまとまっている。
巻き上げた土煙が収まったタイミングで言い放たれた、サーシャの掛け声と共に、球体はパチンと弾け、中に納められていた大量の水が滝のようにでんきネズミに向かい流れ込んだ!
ザッバーンと大きな水音をたて、ものすごい水圧の水がでんきネズミに襲いかかる。
「やった! 命中した!」
「これだけの圧の水を真正面から受けたら一溜もないでしょ!」
サーシャの『スプラッシュ』が見事命中し、ほっと胸を撫で下ろす僕とサーシャ。
けれど、水が引いた後に僕らの目に映った光景は目を疑うものだった。
「そんな……! どうして!」
「ちょっ……! ラルムどういう事よ! 全然ダメージを受けてないじゃない!」
そう、避けきれず大量の水を受けたでんきネズミは、堪えた様子もなく、ケロリとした顔をして、『粘液』で押さえられていない首から上をブルリと左右に降り、濡れた毛並みを乾かしていたのだった。
僕達の問いに、ラルムは慌てた様子もなくこう言葉を返した。
「残念だけどな、水属性魔法では奴に直接ダメージは与えられねぇんだ。けど……見てみな!」
「あ、体にまとっていた電気が消えていく……?」
「何が起こってるのよ?」
ラルムに促され、もう一度でんきネズミを見ると、先程まで常時バチバチと音をならして、体にまとっていた電気が、徐々に消えていくのが見てとれた。
「あいつは、体が濡れると、自分自身も感電しちまうのさ。
だから、水に濡れるとああやって帯電させてた電気を解くんだ。
そうなれば、物理攻撃が効くようになる!
出番だぜ、セオ! 一発盛大な物理攻撃をお見舞いしてやれ!」
「えっ……! 僕が攻撃を……」
ラルムにそう言われて、剣を握る手に一気に汗が吹き出してくる。
確かに、このメンバーで一番威力のある物理攻撃を仕掛けられるのは、魔法剣士である僕しか居ないだろう。
……けど、モンスターにダメージを与えるには、先程の『辻風』のような単純に剣のみで技を繰り出す剣技ではダメで、剣技の技に魔力を込めた剣魔術を使う必要があるのだ。
……出来るのか? この僕に。
でんきネズミの皮膚を貫くだけの威力に調節して、魔力を込めることが……本当に出来るのか?
また、あの時のようになってしまったら僕は……!
「おい、セオ! 大丈夫か?」
「どうしたの? 早く止めをさして!」
二人がそう僕に問いかける声が、やけに遠くに聞こえる。
不安に胸が押し潰されそうになって、剣を握った手はガタガタと大きく震え始めた。
息苦しさにぎゅっと目を瞑ると、脳裏に浮かんだのは、あの日の取り返しのつかない出来事の光景だった。
辺り一面に薙ぎ倒された木々に……無残に引き裂かれたモンスターの体達。
それらは宙に舞い上がり、僕らの頭上に血の雨を降らせていく……。
そして僕の傍らには、真っ赤な血で染まり、青白い顔で横たわる幼いサーシャの姿があった……。