2話 最速でたてられた死亡フラグ
「ちょっと、セオ! 何なのよ、あの大広間でのやる気のない、アイゼンリッヒの名の元にー。って掛け声は!
全く、こんなのが私の旅のパートナーだと思うと情けなくて泣けてくるわ!」
魔王討伐宣言の儀式が終わった後に、僕にそう声をかけてきたのは、魔法剣士の隊列の後方で、儀式に参加していた、国家魔法使いの内の一人である、サーシャ・テレジアである。
サーシャは、エルラドきっての魔法使いの名家、テレジア家の一人娘で、今期の討伐隊に参加する魔法使いの中で、一番の実力者と名高い。
落ちこぼれの僕とは正反対の位置にいる女の子だ。
長く綺麗な深紅の髪を、ツインテールにした彼女は、カツカツと足音をならしながら、僕の元へすごい剣幕で近づいてくる。
彼女のあまりの剣幕に、ヒィッと小さな悲鳴をあげてしまった僕。
そんな僕のリアクションを見て、サーシャは呆れたように頭を抱えてしまったのだった。
わざとらしくため息を漏らすサーシャに、僕は一応小さく反論を返してみる。
「……僕は一緒に討伐してくれって頼んでいないだろ?
君が勝手に僕とパートナーを組んできたんじゃないか……」
僕のその言葉に、サーシャは更に語気を強め、こう言葉を返してきた。
「私が組んであげなきゃ、あんたに魔法使いのパートナーなんて見つかりっこないじゃない!
魔王討伐のパーティーは、少なくても魔法剣士と魔法使いが必要なのは、あんたもよく知ってるでしょう?」
「わかってるよ。魔王は、伝説の剣『ファートムソード』が装備できる勇敢な魔法剣士と、
伝説の杖『シクサイ』を操れる、高い魔力を誇る魔法使い、この2人がかりでなきゃ倒せない事ぐらい。
……だからこそ、君は僕みたいなヘッポコ剣士じゃなくて、魔法剣士学科首席卒業の、ロイドみたいなヤツと組むべきなんだよ」
僕がそう言い終わるや否や、おや、僕の名前を呼んだかい? ヘボ剣士君。と後ろから、そう気取った口調で声をかける者がいた。
それと同時に、右肩にずしりと感じる重み。
声がした方を振り向くと、そこには今話題に上がった、ロイド・アーガイルが僕の肩に腕をのせ、立っていたのだった。
横には、ロイドのパートナーである、魔法使いアリー・メイガンが伏し目がちに並び立っている。
ロイドは、キザったらしく、これはこれはサーシャ・テレジア嬢。ご機嫌いかがかな。と、僕の肩から腕をどかし、サーシャに向かい、恭しく挨拶をした。
そうして、僕たちの会話へ割って入り込むと、こう言葉を続けたのだった。
「サーシャ嬢。このヘボ剣士君の言う通り、君は僕と共に旅をするべきだ。
美しく聡明な魔法使いである君のパートナーは、同じく美しく聡明で勇敢であるこの僕がふさわしいのだよ。
それがこんなに弱虫で、貧弱の、落ちこぼれなんかとパートナーを組むなんて、正気の沙汰とは思えやしない!
今からでも遅くはない、僕と一緒にきたまえ」
そんなロイドの言葉に、サーシャは、顔の横で手を払うそぶりをしながら、自信たっぷりにこう返事を返したのだった。
「ロイド。前にも言ったけど、私はセオ以外とパーティーを組む気はないわ。
それにね、セオは優秀な魔法剣士よ。皆も、セオ本人ですらその事を知らないだけ。
セオは、きっと魔王を倒して勇者の称号を手にする。私にはわかるの。今に見てるといいわ!」
サーシャのその言葉に、僕は一気に血の気が引いていくのを感じた。
恐る恐るロイドへ目を向けると、怒りで顔を真っ赤ににしたロイドと、バチっと目があってしまった。
ヒィ……! と小さく悲鳴をあげ、体を硬直させる僕。
サーシャにパーティー参加への打診を二度も断れ、しかも最弱のヘッポコ剣士が、自分を差し置いて、勇者になるなんて宣言をされてしまったことが、ロイドにとってよっぽど屈辱的だったようだ。
あぁ、サーシャ、頼むよ! 勝手にロイドへ喧嘩を売るような真似をしないでくれ!
そんなこと思いながら、僕は慌てて取り繕うように、ロイドに向けてこう言った。
「あはは、何言ってるんだろうね、サーシャは!
僕が優秀な剣士? 勇者になる? そんなことあるはずないじゃないか!
ロイド、サーシャはたまに突拍子もない冗談を言う子なんだ。
さっきの言葉だって、全部冗談だと思うから。
……だから、気を悪くしないでくれないかい?」
そう、誤魔化し笑いをしながら、一先ずロイドへ許しをこうてみる。
そんな僕の言葉に、背後から、冗談なんかじゃないわよ、何勝手なこといってるの! というサーシャの抗議する声が聞こえてくるが、その上から更に笑い声をかぶせ、サーシャの言葉に蓋をした。
けれども僕の努力はむなしく、額に青筋を立てたロイドは、ワナワナ肩を揺らしながらこう吐き捨てていったのだった。
「こんなにコケにされたのは生まれて初めてだ! いいか、魔王を倒すのはこの僕だ!
魔王倒し、僕が勇者になった暁には、君達が僕に吐いた言葉の数々を後悔させてあげるから、覚悟しておきなよ!
アリー行くぞ! 早くしろ!」
ロイドに促されたアリーは、ピクリと肩を揺らすと、僕たちへ、ペコリと小さく頭を下げ、慌ててロイドの後を追いかけて行ってしまった。
僕は、頭を抱えながらサーシャの方へ振り返り、彼女へ抗議の言葉をぶつけた。
「サーシャ! どうしてくれるんだよ!
ロイドをあんなに怒らせて……。どんな嫌がらせされるか、たまったもんじゃないぞ。
あいつはな、気に入らないヤツは、とことん潰しにかかる陰湿で嫌なヤツなんだ!
僕なんて、何度嫌がらせのターゲットにされたことか!
ただでさえ、君と幼なじみってだけで目の敵にされてるのに……。
こんなんじゃ、旅に出る前から死亡フラグ確定だよ」
そういってベソをかく僕に、サーシャはなんてことはない口調でこう言葉を返してきた。
「あんたが私の宣言通り、魔王を倒しさえすれば、全ては上手く行くわよ。
大丈夫、私を誰だと思ってるの?
魔法国家エルラドにおいて、名家中の名家、テレジア家の時期当主、サーシャ・テレジアよ。
私があなたを勇者にしてみせるわ!
私を信じて。……そして、自分自身を信じるのよ。
あなたは自分で思っている以上に、素敵な男の子なんだから、ね?」
そう言って、照れくさそうに、はにかむサーシャ。
どうやら、最後に続けた言葉が、彼女にとって、とても恥ずかしいものだったようだ。
はにかんだサーシャの顔は、とても可愛らしくて、僕の顔は一気に熱くなる。
言葉と共に、彼女が握ってくれた僕の手には、温かな彼女のぬくもりが伝わってきて、何故だか僕は少し泣きそうになった。
気の強いサーシャ。いつも言葉がきついし、僕は彼女のわがままに振り回されてばかりだけど……。
でも、いつも気弱でいじめられてばっかりの、取り柄のないダメな僕を、何故か彼女はいつだって、こうして信じていてくれているのだ。
誰にも相手にされない無価値な僕に、彼女だけは優しく微笑んでくれるのだ。
彼女が僕に見せてくれるその微笑みと、彼女が寄せてくれる信頼に、僕はどれ程救われただろうか。
正直、魔王討伐は怖くて逃げ出したくて堪らないけれど……。
僕を誇りに思ってくれる母さんと、こうして僕を信じてくれているサーシャのために、出来る限りの力をつくそうと、僕はそう心に決めたのだった。