最終章
亘は静かに語り出した。
「この図書館の本はただの本ではありません。一冊一冊がその人の人生を保存しています。保存の方法も人それぞれです。一冊目のように絵本のように描く方、二冊目のように写真でまとめる方、文章でまとめる方、漫画にまとめる方様々です。記憶はおぼろげであっても、この空間の中にいれば、自ずと鮮明に思い出します。そしてその記憶を形として残すことができます。写真のように。イメージを絵として転写することもできます。頭の中で呼び起こした文章を本にまとめることも。」
亘は続けた。
「ここまでの説明でご不明な点はございますか?」
『そうか…俺は…』
本を書くために必要な方法、これまで少しずつ思い出したことを合わせて一つの答えにたどり着いた。
「俺は、死んだんですね。」
亘は何も言わず、ただ深く目を瞑った。その仕草で分かった。俺は死んだのだと。
不思議と驚きもショックもなかった。思ったこととしては『やはりな』という感情だけだった。自分でも怖いくらいに落ち着いている。
「少しづつだけど、また思い出してきました。俺は病気でこの世をさった。周りにたくさんの人に囲まれて眠りについた。死にたくないとは思いました。妻も自分の娘もいる。まだ生きていたい、皆を悲しませたくないと。」
ふと最後の光景が蘇る。
「身勝手で自己中心な考えですが、俺はその時幸せだったんです。たくさんの人が自分のために集まり涙を流してくれていた。自分のやってきたことは間違っていなかった。」
「そして、そのまま目を閉じました。最初に夢だと言われた時、僕は違和感を感じませんでした。だって、本当に眠ったようだったんですから。」
俺は、残された人たちのことに思いを馳せた。妻と娘、父と母、友人達、会社の同僚。
「残された方々の姿を見に行くことはできます。しかし干渉することはできません。たまに力を持った方が我々の事を感じとり、伝わることはあります。しかし大半は見るだけしかできません。」
見守ること。それが俺にできること。
亘は全ての質問に答えた。
この場所はあの世とこの世の間。生きている人間には入ることはできないが、魂だけの人間は出入り自由。図書館の形状も人によって様々で、俺は大学の図書館だったが、自宅の書斎、学校、書店。ここにきた人間が一番、本を連想する場所に姿を変えるそうだ。
全ての人間がここに来られるわけではないことも聞いた。ほとんどの人間はここに来て自分の人生をまとめる。ここに来れず、現世に留まり続けてしまう人がいる。死ぬまでの辛い瞬間を繰り返し続け、怨み妬みが蓄積し、人であったことを忘れてしまうらしい。
人間だけではなく、動物もここにくる。条件としては少なからず感情や記憶を持てることだそうだ。理由は単純で本に描く内容があるものだけに限られる。そうでないもの達はまた別に行くところがある。
本を作り上げた後は向こうにある扉から、正式に向こう側へ渡る。渡った後は、一人一人に世界が与えられる。とてつもなく自由な世界。自分が望むように変化する世界。自分の姿形も自由に変えることができる。絵画の中に入る人、青い海に囲まれた小さな島で贅沢をする人、ひたすらバスケをする人、鳥になって世界を羽ばたく人、色々だそうだ。
世界は簡単につながったり離れたりする、会いたい人に会える。一人になりたい時は世界を切り離すこともできる。
そして、望むなら生まれ変わり、現世に戻ることもできる。記憶は無くなってしまうが、新しい命を与えられる。
亘は案内人として、この世界に来た人々を迎え入れるように言われているらしい。誰にとは教えてはくれなかったが、きっと私たちより高次元な存在なのだろう。
「大野美穂は、俺の勤めていた塾の生徒だった。とても明るい生徒で、よく俺のことをお兄さんと言って慕っていた。高校受験が終わり塾を退塾することになって、悲しくて泣いていた。そして、それっきりになってしまった。」
亘が言うには、大野は俺のことを待っていたらしい。ここに来てからずっと。本に書いてしまうと俺に思いが知られてしまうから書かなかったらしい。本を書きおわり、もう一度会えることを待っている。
「恥ずかしいな、なんか。」
杉本も待ってる。もしかしたら、俺のことを待っている人はたくさんいるんじゃないんだろうか。
「それでは髙橋様、そろそろお書きになられますか?他の方の本も自由に読みながら。」
俺も本を書き始めよう。時間がかかるかもしれない。でも、丁寧に書き上げよう。俺の大切な人がここに来た時、人生がどれだけ素晴らしいもので、悲しいもので、辛いもので、輝いているのか、それが伝わるように。誰かに見てもらって何かを感じてもらえるようにするのはもちろん、自分自身にとっても。俺は人生を見つめ直す。自分の人生はどうだったかな?まっさらな本に一筆入れる。
【高橋直人】




