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俺のクリスマス

作者: 御劔剣次

タイトル、あらすじが適当です。ごめんなさい。ですが、内容には合ってるはずです。ご安心を。



 それは、クリスマスの近いある日のこと。とある高校の人気のない一室に野郎が七人、体育座りで車座をする。

「諸君、早速だがクリスマスが差し迫っている」

 俺たちを部活終わりに召集した柿崎(かきざき)――通称、隊長――が、突然そう言い出した。意味なんか察することはできない。

「わかるだろう、クリスマス」

 それは理解できる。

「あの史上最悪のイベントが、まあ今年もやってくるのだ。町を一度振り返れば、必ず目につくカップル、カップル、カップルぅ!!」

 ああ、なるほど、嫉ましいのか。

 この友人、柿崎を隊長と呼ぶのは、この同盟軍『独り身隊』の創設者だからだ。独り身隊とは……説明はいらないだろう。

「隊長! 懇談会を所望致します!」

 懇談会とは、簡単に言えば慰安会だ。未成年飲酒黙認の寂れた居酒屋でメリークリスマスならぬ野郎クリスマスを過ごす会。酒を浴びるように飲みながら、「目から出るのは酒だ、酒なんだ!」と喚き散らす会。それが懇談会の実態だ。

「よし、金沢隊員、受理しよう!」

 隊長の言葉に、発言者含む五人の隊員が歓声をあげた。が、ただ一人、俺だけは、非常に気まずい思いをする。

「あー、わりぃ……」

 一言そう発すると、全員が一斉に黙り、こちらを見つめる。驚愕と、裏切りへの牽制としての冷たい目が非常に痛い。

「クリスマスは予定入っててさ、その、行け」

「バイトか?! 定期通院か?! 歯医者か?! まさか、我々への裏切り行為ではなかろうな?! いかな理由であろうとも外せ! 懇談会は全員参加でなければ意味はないんだぞ!?」

 話の途中だよ、遮んなよ。

「家族が一緒に外食に行くって言ってんだよ」

 家族。それはとてつもなく強力な一言となって隊長の口を閉じさせる。この独り身隊は、独り身仲間を大切にすることと家族を大切にすることを信条としている。故に、家族サービスのため、と言えば、隊長といえども強制はできなくなる。

 しかし、この家族との外食は、家族サービスだけではないので、身内を裏切る罪悪感にほんの少々心を痛める。元々無理矢理参加させられたものだから、それほどではないが。

「ま、まあ、家族とならしょうがないな、うむ」

 隊長以下全員、非常に残念そうな顔で俯く。

「まあ、そういうことで。じゃ、今日はもう帰るわ」

 居づらくなったその場を逃げるように特別教室の戸を開き、立ち去る。後ろからは立ち直った独り身隊の、二十五日の予定を決める元気な声が聞こえてきた。窓の外はもう、真っ暗だった。



 玄関に行くと、肩に袋とカバンを下げた人影が丁度外に出ようとしているところだった。腐るほど見てきた後ろ姿に、とりあえず声をかける。

「お、しおりん様は今ご帰宅でぼがっ!?」

 いきなりカバンを投げ付けられた。教科書の固さが痛い。

「その呼び方止めろっつってんだろ!」

 この物騒な人物は、生まれた病院で出会って以来の幼なじみ、(いずみ) 詩織(しおり)。部員二人のみの女子柔道部の部員だ。

「カバンを投げるなカバンを! どうせならそっちの、お前の汗がしみ込んだ胴着の入った袋を投げぶっ!?」

 靴を投げられました。鼻血が垂れてくる。

「死ね変態!」

 今投げた上靴の臭い嗅いでいい? なんて口にしたらもう片方が飛んでくるので止めておく。実行したら床に頭から投げ落とされるだろうな。

 これくらいのやり取りは、まあ、普通だ。周りの人間からは、美少女に付き纏う変態、という間柄で通っている。片思いに見えるらしく、『可哀想なお前は仲間だ!』と独り身隊に強制加入させられたという経緯もある。

 今の説明でも言ったが、そう、しおりん様は美少女なのだ。

「まあ、帰るか」

「あ、ああ……」

 俺の鼻血を見た詩織は、気まずそうにうなずいた。怪我させたことに後ろめたさがあるらしい。いつものことながら、後ろめたさを感じるなら最初から投げなきゃいいのに。



 帰宅路、無言の二人。いつものことながら、今日は少しだけ違う。いかんせん空気が悪い。なんだ、俺の鼻血はそんなに後味が悪いのか。

「……なんだよ、俺が鼻血出したのそんなに気にしてんのか?」

「あ、いや……悪かった……」

 聞いてみたら、謝られた。いつも強気なくせに、自分に過失があったらしおらしくなるしおりん様。くぅ〜、萌える!

「この鼻血はだな、いつもしおりん様がお履きになっている上靴の臭いを嗅げたからだぎっ?!」

 カバンによるアッパーカット。危うく舌を噛み切るところだった。危ない危ない。

「馬鹿! 死ね! 変態!」

「罵られるの気持ちいいっ!」

 言ったら気持ち悪いものを見る顔をして黙った。いやあ、もっと言って欲しかったのに。擬似ツンデレをもっと楽しんでいたかった。

 こいつとは腐れ縁で幼なじみで親密な仲だが、お互いに親友であると認識している。『男女間での深い友情は愛情になる』とは言われたが、俺たちは友情止まりだ。それ以上行く気もないし。

 小学生のときに俺が『好きだ! 付き合って!』って告白したら、右ストレートと共に『気持ち悪いこと言うな!』と言われた経験がある。世間的にはツンデレなのだろうが、当時も今もデレはない。


「クリスマス、近いな」

「は?」

 突然呟いた俺の言葉に、疑問符を浮かべる詩織。いや、お前に返事を求めたわけじゃなかったんだ。

「いや、近いなと思って。今年はどこに行くんだろうな」

「ああ。どっかのホテルじゃない?」

 今年のクリスマスの行き先を、詩織に尋ねる。そして返ってくる。実は、俺たちの両親は仲がいい。家族みたいなものだ。俺の母親が、詩織の父親の元カノだったらしい。俺の生まれた病院で偶然再開し、話し合ったら仲良くなったそうだ。俺の父親と詩織の母親は不倫を心配したが、今のところはなさそうだ。いや、俺としてもあってほしくない。

 以来、家族ぐるみの付き合いなんだそうだ。家も隣同士だし。

「ああ、こんだけの好条件が揃ってるのに、なんで恋仲じゃないんだろ」

「そりゃあ、お前が変態だからだろ。お前がもう少しまともだったら、あたしだって惚れてただろうね」

 なるほど。今日ほど変態になってしまった日を悔やんだことはない。

「詩織、好きだ。付き合ってほしい」

「嫌。死ねば?」

 五十二回目の挑戦に、見事破れた。ツンデレなら顔を赤く染めて言うものだが、呆れた顔で言いやがる。第二回目からそうだった。

「いつになったらこの俺の思いはしおりん様に届くんだろうな」

「二回死んだらじゃない?」

 なぜいつも死ね死ね言ってくるんでしょうか、この子は。どうせ俺が死んだら悲しむくせに。

「じゃあ死んでみるか」

「やってみれば?」

 ガードレール乗り越えて躊躇なく飛ぼうとしたら、掴まれて引き戻された。

「ば、馬鹿! 何やってんだ馬鹿!」

「いや、死のうかと思って」

 素面でそう答えたら、詩織は泣きそうな顔をした。

「な、なんで泣いてんだよ」

「バカ! 本気にすんなよバカ……」

 ほら、やっぱり自分が悲しむじゃねえか。さて、泣き止んでもらうためにネタバラシするか。

「いや、そこ飛び降りても死なねえよ?」

「?」

「だって、下、マットがいくつか積んであるし」

 下調べは万全だ。いや、この為のじゃないよ。なんのって、そりゃあ……いろいろ、さ。

「……そう、なの?」

「ん、ああ」

 途端に殴られた。おでこにきつい右ストレート。

「馬鹿、馬鹿! 死んじゃえ!」

 そう叫んで走り去っていく。いやぁ、やりすぎたな。かなりの罪悪感とともに起き上がり、ガードレールに寄りかかる。ふと下を見た。

「……」

 背筋が凍った。マットは撤去されてた。さすがに足から落ちれば死なない高さだが、重症は間違い無かっただろう。

「……こいつは、黙ってないとまずいな」

 この事実を知ったら、心が弱いあいつだ。自分が止めなかったらどうするとか泣き喚きながら、半日は説教された後ひたすら泣かれるだろうな。気まずすぎるぜそれは。

 俺のために助けてくれたことと泣いてくれたことに嬉しさを感じ、泣かせたことに罪悪感を感じながら、俺は帰宅する。



 十二月二十四日。世間でいうイブの日。今日は終業式がある。

 正直めんどくさい。学校さぼろうかなとも思うが、詩織に会いたいがために今日もゆく。

「そうそう、明日だけれども、雅第一ホテルに行くことになったわよ」

 半分寝ながらピザトーストをかじっている俺に、母親が告げる。

「あー、あそこか。ゲーセン広いのとバイキングの品が多いのがいいよね。風呂ちょい狭いけど」

 俺の素直な感想。俺的ミシュランでは星三つのホテルだ。風呂が狭いのだって、他と比べればではある。気にはならない。

「そうよねー。それにホテル自体も綺麗だしね」

 母親もどうやら星三つの模様。明日がとても楽しみになってきた。

「ごちー」

 パンの屑だらけの食器を母親に渡し、洗面台に向かう。

 身だしなみには気を遣っている。不潔感を相手に与えない。詩織の気を引こうと躍起になっていた小学生からの習慣だ。歯は並び良く白さを保ち、肌はツルツル。髪もツヤツヤに。

 俺のルックスは並。ただ肌や髪の艶は女子に羨ましがられるほどだ。独り身隊のやつらにも、これでモテないのは世界の七不思議だと誉められた。モテない原因は変態だからだろうが。


 制服をばっちり着こなし、カバンを肩に提げ、靴を履く。

「んじゃ、いってきまーす」

「はーい」

 毎朝のやり取りをして。ドアを開ける。

「あ」

「ん?」

 開けたら丁度、詩織がいた。別に相手は待ってくれてるわけじゃないので、朝一緒になるのは稀だ。月に一回あるかないかだ。

「よ、おはよー」

「あ……うん」

 気まずくうなずく詩織。あー、やっぱり昨日のこと気にしてるのか。

「……昨日は本当にごめん!」

「え?」

 素直に謝ったら凄く不思議そうな顔をされた。そりゃそうだ、普段の俺なら素直に謝りはしない。だけれども、謝りたい時だって俺にもある。

「昨日は悪ふざけが過ぎた。悪かったと思ってる。本当にごめんっ!」

 膝を付き、頭を地面に着ける。所謂土下座だ。

「え、あ……いいよ、もう。許す」

「ん……ごめん、ありがと」

 俺たちらしくないしんみりムードになったが、仕方ない。俺が悪い。

 そうして俺たちは一緒に登校することになったが、なんか居心地悪い。独り身隊の一人に出会ってしまい、一緒に歩いているところを揶揄されるかと思ったが、この雰囲気は何か言えるものじゃないと悟ったらしい。逃げるように走って言った。

 並んだまま、靴を履き替え、教室に向かう。気まずい。そのうち教室にたどり着く。

「じゃ」

「あ」

 詩織とはクラスは別だ。片手を上げて言うと、詩織ははっとこちらを向く。

「……」

 無言で顔を反らし、教室に入っていった。うーん、マジで気まずい。俺もとりあえず教室に入る。

「みんなのアイドル、泉詩織と何があったぁぁぁ!?」

 柿崎、もとい隊長がいきなり胸ぐらをつかんできた。正直顔が怖い。

「昨日、帰り一緒になった時、悪ふざけが過ぎて怒らせちゃったんだよ」

 隠すほどのことでもないし、正直に話す。

「か、帰りが一緒で登校も一緒だったとは! 貴様らやはり付き合ってるのか?! そうなのか?!」

「いや、それは無」

「クリスマスも二人で過ごすんだろ!? そうなのか!?」

「いや、だから家族と外」

「くそ! 貴様裏切ったな! 俺たち独り身隊を裏切っ」

 とりあえずボディブロー。かがんだところに脳天割り。

「話を聞くんだ隊長ぉ! 昨日も今日もたまたま一緒になっただけだ! それに、昨日付き合ってくれと五十二回目の告白をしたが『死ね』と言われたんですよ! 付き合ってるはずがありません!」

 殴られたことによりいくらばかりか冷静になった隊長は、ゆっくりと立ち上がり、俺の肩に手を置いた。

「ちくしょおぉぉぉ! 我らがアイドル泉詩織と付き合ってるとはぁ! 裏切り者、裏切り者ぉぉぉぉ!」

 前言撤回。完全に狂気に取りつかれていました。

 結局隊長は、他の隊員達によって取り押さえられ、保健室へと運ばれていった。冷静な隊員達は俺の言葉を信じてくれた。ありがたい。

 ぽん、と、肩を叩かれた。振り返ると金沢がいた。

「すまない。実は、柿崎が好きだった赤石(あかいし)が、三年生に告られて付き合い始めたんだよ」

 なるほど。

「柿崎の家に電話して、迎えに来てもらうことにする。明日になれば立ち直ってるはずさ」

「そうか」

 金沢は笑顔で言うが、柿崎のことを案じているようで、少し不安そうだ。しかしあの柿崎のことだ、明日には酒と涙で野郎クリスマスを楽しむだろうな。ここでチャイムがなる。

「おっと、鳴ったな」

 皆が皆、席へと急ぐ。



 終業式も終わり、下校時間。隊長の居ない教室は、隊長抜いたくらいじゃ静かにはならなかった。隊員達だけは、隊長の心配で妙に静かだったが。

 帰り支度も整ったし、帰るとするかな。廊下に出て一歩。

「あ……おい」

「ん?」

 呼び止められた。呼び止めたのは意外や意外、あの詩織だ。

「今日、一緒に帰れるか?」

「ああ、構わないぜ。しおりん様の上質な上靴の臭いとか嗅いでいいなら、な……」

 言ってる途中で身構えたが、最後まで言えてしまった。おかしい、おかしすぎる。いつもならカバンなり鉄拳なりミドルキックなりが飛んでくるはずなんだが。

「……じゃ、帰るか」

「……うん」

 妙にしおらしすぎる詩織。なんか変態する気が失せた俺は、帰ることを促した。このやり取りを独り身隊のやつらに見られていたら、確実に裏切り者の烙印を押されていただろう。裏切り者と彫られたハンコを額に。



 いつもの帰宅路を行こうとしたら、詩織は別の道を行こうと言う。はてさて、何があるのかと気になったが、とりあえず付いていった。

「なあ、何かあるのか?」

「……」

「まさか、果たし合いとか?」

「……」

「もしや人気のないところで告白か?」

 ピタリ。詩織は足を止めた。まさか、マジでか?!

「……あの、さ」

「な、なんだよ」

 やべぇ、緊張してきた。これは想定外だ。まさか告白がくるとは。深呼吸して、いつでも返事が出来るようにしておかなくては。

「あたしね」

「お、おう」

 来るぞ、いよいよ来るぞ……!

「転校、することになった」

「そうか……え?」

 俺の、聞き間違いか? 今、なんて……?

「転校、するの。お父さんが東京のほうに転勤になって。昨日、『東京に栄転だ』って、うれしそうに」

 ……そんな馬鹿な。

「ごめん、俺耳悪くなったみたいだ」

「転校するんだってば」

 ……嘘だ。

「あっれー? 今日って四月だったっけ?」

「嘘じゃないよ」

 ……そんなはずが……。

「あ、そうか。昨日驚かせたから、その仕返しに」

「本当なんだってば!」

 気付けば、詩織は泣きそうな顔をしている。それを見てやっと自覚した。ああ、本当なんだな。

「……で、いつなんだよ」

 正直、このままぶっ倒れるんじゃないかと思う中、冷静になれと必死になって意識を保つ。

「一月。始業式の次の日」

 そんなに近いのか。

「なあ、なんでこんなところに連れてきたんだ? 別に学校でもいいだろ」

 当然浮かんだ疑問。

「……みんなに、言えなかった」

 ……詩織は、力は強いのに、普段は強気なのに、こういう時には心が弱くなる。みんなの悲しむ顔が嫌で言えなかったんだろうな。

「じゃあ……なんで俺には?」

 一番悲しむって知ってるくせに。

「……知ってて欲しかったから」

「……なんで」

 それを聞くと、詩織は黙った。妙な沈黙。俺の心はその沈黙の重さに、次第に潰されていく。

「……わかんない」

 返って来たのは、その一言だけだった。

 その後、俺たちは全くの無言で帰宅した。別れ際の挨拶すらなかった。

「お帰りなさい。ねえ、詩織ちゃんから聞いた? 詩織ちゃんね……」

「もう聞いた! もういい!」

 かなりむしゃくしゃしてた。母親の言葉に、何かが溢れだしそうになった。必死に堪えながら、自室に駆け上がる。部屋に入ったら、制服を脱ぐのがもどかしくて、そのままの格好でベッドに潜り込んだ。暴れだしたかったが、その後始末が出来そうにないので、枕カバーを引き裂くだけに止めた。

 涙がとめどなく溢れる。どうしようもない感情の流れが、どうしようもない方向に向かうのがわかる。



 どのぐらいそうしていたのかは忘れた。気付けば外は真っ暗で、枕カバーは布切れになって、湿っぽかった。

 とりあえず、制服を着替えようと思った。脱ぐときに気が付いたが、ワイシャツと制服のボタンがいくつか取れていた。が、気にする余裕はなかった。なにも考えられなくなって、頭が真っ白になっている。

 なんとかジャージに着替え終える。気分はすぐれない。破壊衝動も一回転して虚空となっている。目がかゆい。腹が減った。

 ぼーっとする頭で、なんとなく考えた。詩織は遠くにいく。もう、いつも隣にいるはずの詩織はいなくなる。それはとてつもなく駄目な気がした。詩織が隣にいるということは、俺の人生の全てな気がした。

 なんの気力も湧かなくて、俺は窓を開けた。少し先には詩織の家の壁、窓。その窓は詩織の部屋、なんて、そこまで都合は良くない。あそこは物置部屋だ。

 窓の下には屋根がある。そこにあがってみる。外の空気は凍てつくようで、とても寒さを感じた。屋根の下を覗いてみる。高さは五メートルくらいだろうか。頭からいけばもしくは――

「何、してんの?」

 聞こえた声にはっとして、顔をあげると、物置部屋の窓から詩織が顔を出している。

「いや、死のうかなと思って」

「……」

「いや、嘘」

 なんか、死ぬとか言っちゃいけない気がした。本当は死のうとしてたけど。

「……ごめん」

 謝られた。

「……なんでさ」

 なんでか聞いた。

「だって……」

 詩織は、そこから先は言わなかった。言えないのかもしれない。

 それからまた、あの沈黙が訪れた。俺はそれが嫌で、何か話題を絞りだそうとした。

「……明日、だな」

「……ん、そだね」

 説明しなくても通じた。これはチャンスだと思い、なんとか繋げようと努力する。

「最後の一大イベントってやつだな、俺たちの」

「ん……」

 今言わないと、なんか、一生後悔するかもしれない。五十三回目の言葉。

「好きだ。小学生の時から変わらない。ずっとお前のことが好きだ」

「……知ってる」

 フフッと、詩織は笑った。おいおい、そりゃないぜ。こちとら最後の告白なんだぜ?

「……あたしも好きだよ」

「そっか、やっぱな……。……。……? え?」

 あー、ちょっと待った。

「ごめん、今日の俺は耳が遠いみたいで」

「好き。……もう、言わせないでね」

 真っ赤にしながらほほえんだ詩織の顔は、凄く可愛くて……。

「マジ、か?」

 なんだよこいつ、やっぱりツンデレだったのかよと思って。

「ごめんね、今まで」

 思いは通じてたなんて知ったから。

「詩織ぃ〜!」

「えぅ?!」

 俺は――跳んだ。やばい、距離的に。

「っらあ!!」

 なんとか窓枠に掴まる。危ねぇ危ねぇ、マジに落ちるところだったぜ。

「ちょ、なにやってんの馬鹿!」

 急いで引っ張り上げてくれる詩織。いまさらだけどやっぱすげー力だ。

「いやー、飛んでみようかと」

「意味わかんない!?」

 引き上げてもらい、窓枠に足をかけた。が、足が滑った。いや、半分わざとで。で、足が滑ってバランスが悪い上に引っ張られてるとなると……。

「うわわ!」

「あ、ちょ、きゃあ!」

 ドサッと中に落ちるわけだ。幸い、俺はなんとか詩織の上に落ちるのだけは避けた。詩織は得意の受け身で難を逃れる。

 なんかよくわからないけれど、可笑しさがこみあげてくる。くっくと笑いをこぼすと、詩織も釣られる。思わず二人で笑った。空きっ腹に響いたが、それほど気にしない。とにかく笑った。涙が出そうになったのは、詩織には秘密だ。


 それから、詩織の家族におじゃましますと言い、ご飯をご馳走になることになった。その胸を母親に電話すると、いつそっちに行ったと聞かれてしまった。なんて言えばいいのかわからず、とりあえず苦笑いしてぼかした。後で適当に言い訳しよう。

 で、食卓についた。何故か詩織の隣に。

「おばさん、なにゆえ詩織の隣!? 思春期ボーイをからかいますか?!」

「あら、そこしか空いてないのよ」

 どの口がそれを言うか。テーブルのサイドのあの空きは何なんだ。

「それとも詩織の隣は嫌かしら?」

「あたしは構わないけど?」

「ぐぅ……」

 なんだ、俺の器を量ろうってか? 据え膳食わぬはなんとやらってか?

「……いただきます」

 観念する。

 味噌汁持った手に接触事故やおかず争奪戦など、いろいろとハプニングはあったが、楽しくておいしい晩ご飯になった。久々に食べたおばさんの料理は、とてもおいしかった。

「ご馳走様〜」

「はい、お粗末様でした」

 ご馳走様の後、食器を片付けようとしたら詩織に奪われた。詩織が言うには、「客は働くな」だそうな。うん、じゃあ遠慮なく任せる。

「それじゃあ、そろそろ帰りますか」

「あら、もう帰っちゃうの? もう少しゆっくりしていったら?」

 おばさんが手にケーキの箱を携えて尋ねてくる。非常に魅惑的な誘惑だが、今日はやらなきゃならないことがある。

「いや、明日の準備をしなきゃなんで」

「あら、そう。残念ね」

 こうして、母娘に見送られて俺は家に帰宅する。

 家の玄関を開けて、ただいまと叫んですぐに自分の部屋に行く。そして、今や飴色となった革財布を手にとり、階段を落ちるように降りる。何事かと様子見に来た母親にいってきますを言い渡し、制止の声を振り切って外へと駆け出していく。目指すは商店街。

「はぁ、パソコンのために貯めた金なんだけどな」

 まあ、そんなことは些細なものだ。欠けらも後悔なく、俺は目的地まで走る。



 翌日、二十五日。世間でいうクリスマス。朝五時といえば、まだ日も上らない時間である。鳥の声もまばらだ。

「母さん、俺はもう準備できてるよ。まだー?」

「まってよ、まだお化粧終わってないんだから」

 俺は着替えの入ったキャリーバックを二つ引く。片方は母親の荷物で、もう片方は父親の荷物だ。俺の荷物は背中に背負ったリュックに詰められている。

 外から車のエンジン音が聞こえた。

「はい、終わったよー」

「おっそ……」

 呆れる俺に微笑みを投げ掛け、靴を履いて外に出る。

 あ、おい、荷物は俺に預けっぱなしかよ。

 仕方なく、キャリーバック両手に足だけで靴を履き、閉まりかけの扉に体当たりしてこじ開け外に出る。

「やっときた。遅ーい」

 肩提げの旅行カバンを提げた詩織が不満を顕に言う。

「へーへー申し訳ありませんしおりん様」

 あっかんべーもついでにしてやると、チョップを食らった。ひたがいたひ……。

「早く乗れー。出発するぞー」

 くそ、父親はどうやら俺を手伝う気はないらしい。つか、息子に全部押しつけるとかありえなくね? 母親の荷物なんか、一泊二日だけなのにやけに重いし。

「それじゃ、ホテルでね」

「んー、おう」

 去ってゆくしおりん様。……ん、そういやなんか態度が妙に可愛かったな。……これが好き合うってことか?

 急に嬉しくなって元気になった俺は、キャリーバックの重さもなんのその。凄い早さでトランクに詰め込む。俺のリュックは自分で持つ。いや、だって中にP○P入ってるし。暇潰しに、ねえ。

「それじゃあ、行くぞー」

 俺が乗り込んだことを確認した父親は、車を発進させる。スマートさなんか期待してはいけない。父親は基本急発進急停車だ。危険極まりない。

 車が発進し、後方に詩織んちの車が続くのを確認した俺は、リュックからP○Pを取り出す。さてやるかと思った時に、携帯が着信を告げる。誰だと確認すると、詩織からだった。

『今日は雅に行くんでしょ? きれいでいいところだよね』

 俺は驚愕した。普通の女の子の文面でメールが来たのは、今日が初めてだからだ。告白以前の詩織なら、『今日雅。いいとこだ』とか恐ろしく短絡的かつ少女らしくない文面だった。やはり、これが好き合うと言うことなのだろう。

 車内にもかかわらず、踊りだしてしまいそうになるのを抑え、メールの返信を行う。

 結局、P○Pの出番は終始なかった。出発から到着まで、今までしなかったようなやりとりをメールでしたからだ。気が付けば、受信ボックスの四分の一以上が詩織からのメールで埋まった。こんなにやりとりをしたのも初めてだ。



 二時間ほど掛けて、雅第一ホテルに到着した。下車一番、俺は体を伸ばしながら軽く叫ぶのだ。

「着いたー!」

 これを言わないと着いた気がしない。他の客がこちらをチラ見してくるが知ったこっちゃ無い。

 軽く体を慣らしていると、いつの間にか詩織が近くにいた。

「何してんの、行かないの?」

「ああ、行くよ」

 こいつめ、わざわざ呼びにくるなんて、そんなに俺のそばに居たいのか? くう〜、うれしいぜ!

 俺は幸せを噛み締めながら、詩織と一緒にホテルに入っていく。この表現、なんかアレだな。

「相変わらずきれいだね、ここ」

「むしろ汚いホテルのほうが珍しいだろ」

 宿泊施設が汚れてるなんて、客が引くぞ。そこはもう終わりだぞ。

「違うって! 装飾とか!」

 ああ、そっちか。まあ、確かに芸術性は高いかもな。

 よし、ここで格好よく一言。

「しおりん、おまえのほうが、きれいだばっ!?」

 が、顔面チョップを食らうとは、予想外だった。

「んなこっぱずかしいことを人前で言うな!」

 ああ、人前じゃなかったらいいのか。

 本当、変わったな、詩織。いや、本来の姿になっただけなのか。

 真っ赤になって吠える詩織を、俺は温かい微笑みで見つめる。それに気が付いた詩織も、赤い顔で微笑み返してきた。


 今日が最後のイベントなら、俺は今日という日を盛大にすることにする。そのための下準備までしたんだ。

 あ、初詣もあるのか。まあ、今はクリスマスだっ!


 チェックインを済ませ、部屋で一通りゴロゴロした後、廊下に出て詩織を待つ。待つこと三十分。詩織たちの部屋のドアが開き、詩織が出てくる。浴衣で。

 やっべー、可愛いすぎる……犯罪だ……。と見つめていると、詩織がこちらに気が付いた。顔を赤らめている。

「ちょっ、そんなに見つめんなよー……」

 すねたように口を尖らせ、体を両手で隠すようにして斜めに傾ける。

 仕草可愛! 言動可愛! 俺限界!

「しおりーん!」

「てぇい!」

 抱きつこうと伸ばした手を掴まれて、胸ぐらも掴まれて、見事な背負い投げ。素人な俺は当然受け身なんか取れなくて。

「がっふっ!?」

「あ、ごめん。変態には容赦するなって先生とお母さんに言われてるから」

 じゃ、今のは結構本気なのか。試合なら一本入っただろうな。呼吸が出来ない。

「かっ、はっ! し、おり……」

「何?」

 しゃべれない。待ったのサインを出し、呼吸を整え、立ち上がる。

「ゲーセンいくぞゲーセン!」

「……は?」

 呆れて冷たい眼をくれる詩織の手を引っ掴み、強引に引いていく。最初はやめろだの、ころぶから放せだの言ってたが、しばらくしたらおとなしくなった。それどころか、俺の手を握り返し、顔を少々赤らめながら横に並んで歩く。

 神様、俺、今、幸せです。神なんざ信じちゃいないが。


「よっし、次あれやろー!」

「ん、おっけー!」

 しばらくゲーセンで遊ぶと、詩織も調子に乗ってきたようだ。むしろこっちが引っ張られる。

 UFOキャッチャーでは、あれとってこれとってと。結局一つ二つしか取れずに俺が落ち込んで詩織に慰められたが。

 シューティングゲームでは、俺が足を引っ張る引っ張る。情けなくて涙が出て、詩織に慰められた。

 レースゲームでは全戦全敗。対戦ゲームも全敗。格ゲーすら全敗。

「し、しおりん様はゲームもお強い。遊武両道とは……」

「まあね〜♪」

 はぁ、本当なら、UFOキャッチャーで景品取りまくりで『わー、ありがとー!』とか抱きつかれ、シューティングゲームではバンバン撃ちまくりで『わー、すごーい!』と喜ばれ……。そんな夢想を現実は受け入れなかったか。

「えーと、ドンマイ!」

 仕舞いには慰められる始末。一大イベントに格好いいところを見せられなかった悔しさが、俺に滝の涙を流させる。るるる〜。

「……っと、もう十二時か」

 腕時計を確認。俺がしているのは女性物だが、そのほうが俺の細い腕には合う。独り身隊の連中には『オカマだったのか』とか変な目で見られたが。断じて違うからな。

「そうだねー。お昼はお母さん達が予約したレストランに行くんでしょ?」

「じゃ、いったん部屋に戻りますか」

 泣いた所為か腹も減った。俺たちは両親の元へと引き上げる。

 さて、昼飯を終えた後の計画でも立てておこうかな。



「おいしかったねー」

 まだ言うかしおりん様。食事中も散々言ってたではないか、母親達と共に。我々男組は舌鼓を打つだけだったのに。一口食べては美味しい美味しいと……。

 まあ、確かに美味しかったし、美味しそうに食べる詩織の表情といったらもう……。おかげで、さっきの料理の味なんか覚えてないぜ。美味しかったのは確かだ。

「さて、満腹になったところでさ、街に行かない?」

 俺の計画第二段は、『街でデート作戦』だ。シンプルかつ王道なラブラブ作戦だ。ホテルの外の街のことはよく知らんが、それなりの店やスポットはあるだろう。

「そうだね、いいかも」

「んじゃ、着替えてこいよ。ホテルの浴衣で行くわけにもいかんだろ」

 そうだね、と一言言うと、詩織は部屋へと走ってむかった。いやぁ、走るとさ、あのスリットから覗く素足が……。詩織はそれに気付いてないし。うーん、眼福。


「お待たせー」

 ロビーで待つ事四十分。時間掛けすぎだろという言葉は飲み込んだ。現れた詩織は、来たときとはまた違った服を着ている。

「それじゃー行きますか。腕組むのがいい? それとも手でも繋ぐ?」

「えー、恥ずかしいからヤッ」

 恥ずかしいって、さっき繋いでたやん。まあ、いいや。とりあえず行こう。


 街に来てみると、案外いろいろな店が立ち並んでいた。あれやこれやと二人で見てまわり、最初に入った店はアクセサリーショップ。

「ねえ、これとかどう?」

 鳥の形をしたネックレスをうれしそうに見せてくる。これを着けた詩織を想像する。……うーん、微妙。

「そういう派手目なのは、やっぱりロングヘアーかセミロングの人が似合うよな」

「遠回しに似合わないって言ってるのか」

 そんな不機嫌な顔されても……。

「無理に似合うって言ってもらって、似合わないものを着けるのか?」

「うーん、そうね」

 案外簡単に引いたな。実は似合わないって自覚してるんじゃ……?

 もしかすると、詩織はおしゃれを諦めてたりするのか? 部活の関係上、髪はそれほど伸ばせないわけだし。それは勿体ない、元が良い分余計に。

 よっし、俺がここで一肌脱ぐか。いや、昨日の時点でもう脱いでるけど。

「じゃ、似合いそうなのを俺が選んでやるよ」

「本当に? じゃあ、お願いしよっかな?」

 かっこつけて言ってみると、うれしそうに言う詩織。あああああ、可愛すぎる。

 とは言ってもなー、実際、俺にはファッションセンスなんか欠片もないしな。しかし、詩織に合いそうなものなら、探せる気がする。

 ネックレスの棚を熱心に見回す。アレもダメコレもダメと探していると、ピンと来たものを見つけた。すぐに手に取り詩織に見せる。

「これとか合いそうじゃないか?」

「これ?」

 詩織に見せたこれは、真珠色の玉に金色の金具で装飾した、小さくてすっきりしたデザインのネックレス。

 選考の基準は、俺が詩織に着けてほしいもの、です。

「こういう控え目なデザインが、詩織には合うと思う」

「そ、そうかな?」

 どうぞどうぞと勧めると、詩織は恐る恐る手に取り、首に装着する。見た感想は、俺的には似合っていると思う。似合いすぎてそれはもう……詩織可愛!

「お似合いですよ、お客様」

 豚に真珠でもそう言う店員の言葉を、普段俺は信じない。しかし今日ばかりはうなずいてしまう。

「そうかな」

 えへへーと照れ笑いする詩織。眩しい、可愛すぎる……。

 そしてふとそのネックレスの値段を見、思わずむせる。

「ど、どうしたの?!」

「げっほ、じゅ、十八万!?」

 まさか、金色の金具はマジで金なのか。真珠色の玉は天然真珠なのか。うーん、予算の三倍とは恐れ入る。つか、高すぎるだろ、これ……。

「ごめん、詩織……」

「いや、いいよ、気にしないで」

 店を出ても落ち込んでいる俺。詩織は目一杯気を遣っているようだ。いやぁ、今日は失敗ばっかりだな。はははは……。

 その後、洋服店に行ったり、カフェに寄ったり、また別のアクセサリーショップに行ったりと、総額四万ちょいのショッピングは終わった。いやー、財布が薄くなったよ、ははは。

 日も沈んで暗い五時。公園のベンチに腰掛けるカップル一組。

「ごめんね、こんなに買わせて」

「気にすんなって。女の子へのプレゼントは男の野望の一つだから」

 独り身隊の格言より引用。

「それよりさ、この後どっかで夕食にしよーぜー」

「え、ホテルのバイキングは?」

 ピザはーグラタンはー、と子供みたいな不満をもらす。く、ムードの欠片もありゃしねぇ。

「二人だけで食べたいんだよ。ダメか?」

「え……、ま、まあ、いいよ」

 一言決めると、詩織は赤くなってそっぽを向く。うわぁ、俺にやけそう。

「とは言っても、質も量も劣るファミレスになっちゃうけどねー」

 これ、悲しいけど現実なのよね。さて、詩織はどっちをとるか。

「別に、いいよ」

 こっちを見て微笑む詩織。この距離なら決まる!

「しーおりーん!」

「てやぁ!」

 抱きつこうとした俺の鳩尾に肘。どこで覚えたそんな技。

「護身用にって、部活の先生から」

 む、無念……。


 ファミレスってのは、クリスマスになると家族とカップルしかいないんだね。普段からそんな感じだけど、今日になると特に感じる。俺たちも今、この風景の一員なんだなーと。

「予算はあと一万と五千六百円でござぁい。それ以内なら何頼んでも大丈夫」

「いや、割り勘でいいよ……」

 うむ、確かに割り勘なら後腐れもないだろうな。なら、再び独り身隊の格言を引用するか。

「彼女に食事を奢るのは、男の嗜みなんだぜ?」

「そうなの?」

「そうなの」

 納得いかないようだが渋々納得してもらう。しかし、一万くらいで間に合うのだろうか? 主に詩織の胃袋が。

「……まあ、予算オーバーしたら考えなくもない」

「うん、わかった」

 だからって無茶な注目はするなよな。


 夕食は、まあ、はっきり言って恋人たちの聖夜とはかけ離れていたと思う。食べたいだけ食べる目の前の柔道少女は、どうして太くならないのか不思議だ。いや、普通より少しふくよかだが、ピザとかふとましいとかいう表現は合わない。

 ああ、料理を運んできた店員の表情には苦笑いしかなかったな。俺の財布も細やかな銭しか残っていないし。

「なんか、ごめんね。ちょっと頼みすぎちゃったかも……」

「いや、気にしなくてもいいよ。ケチる男は彼女に愛想尽かされるっていうし」

 そうやって独り身隊に何度奢らされたことか。

「よし、金も尽きたことだし、そろそろムードに浸ろうか」

「なにそれ?」

「中央広場にでっかいクリスマスツリーがあるんだってさ」

 さっきポスターに載ってたし。

「そこで恋人らしく、ベンチに二人寄り添ってツリーでも眺めようかと」

「……うん、いいね。そうしよっ」

 こちらを見つめてくる詩織は、なんともうれしそうで。

「いやっほぅ!」

 もう押さえ切れないうれしさが昇○拳となって表れる。道行く人の中に『それ知ってるぜ』って反応があったようななかったような。

「ちょ、どうしたの?!」

 詩織に心配された。おそらく脳みそのほうを。

「いや、ちょっとうれしさが爆発して」

 そういうとうれしさが大半な複雑そうな表情をされた。


 というわけで、ツリーを見上げられるベンチに二人並んで腰を下ろしたわけだけれども。座った瞬間、やなことを思い出した。

「あ、父さん母さんに連絡するの忘れてた」

「えぇ?! 何やってんのよ早く電話電話!」

 やべぇ今ごろ心配になったお互いの両親が、ホテル経由で警察に連絡しているに違いない。ヤバい。

 番号入力、発信。ワンコール、ツーコール……。フォーコール半で母親が出た。

「あ、母さん、ごめん連絡が遅れた」

「あら、ほんとに遅かったわね。あ、そこ、そこが気持ちいいですぅ……」

 寒気も来ますって。まさか電話で母親の艶のある声を聞かされるなんて、予想できる人間なんかいませんって。

「……何してんだよ」

「それはこっちのセリフだと思うんだけど……。足つぼマッサージ。気持ちいいのよ」

 息子が連絡もなしに失踪したってのに、心配もせずに足つぼマッサージで日頃の疲労を解消ですか。

「おばさんは?」

「詩織ちゃんのお母さんも一緒よ」

 俺たちの両親って、一体……。

「ああ、今日、遅くなるんでしょ? 十時までには帰ってきなさいよ」

 しかもエスパー?!

「ちょ、なんで母さ」

「いいのよー。若いっていいわねー。じゃ」

 プツン。ケータイ切れました。通信的な意味で。

 唖然とする俺。両親のことで心配する詩織に、このことを告げる。

「あたしたちの両親って、一体……」

 奇しくもそれは俺と一緒の感想。あとで母親にことの神髄を聞かねば。

 まあ、なにはともあれ、親公認で十時まで二人っきりだ。こんなチャンス、二度とないだろう。

「なあ」

「ん?」

「肩に手乗せていい?」

 怪訝な顔をされた。

「いちいち聞くことじゃないでしょ」

 そうか。そうなのか?

 とりあえず、そっと肩に手を置いた。この時に鳩尾にくるかとビクビクしたのは、詩織には秘密だ。

 肩を引き寄せると、詩織はもたれかかってきた。うわぁ、幸せ……。

「実はさ、ずっと昔からこうしてみたかったんだ」

 ツリーを見上げながらつぶやいてみた。

「へぇ、結構普通だね」

 少しむっとしそうな言い方だが、俺が変態だから仕方がない。つーか普通とか言われたら変態の俺が叫ぶ。ダメだろこのままじゃ、と。

「そしておっぱいをごっ!?」

「黙れ」

 まさかのゼロ距離ボディエルボー。こんな密着状態でも出せるのか。

 暫く無言でムードに浸る。いや、俺が無言なのはやせ我慢してるからだけど。周りもカップルだらけなんだなーと、ツリーを見上げながら思う。

 中央広場の時計が、八時半を告げている。それをちらりと確認した俺は、決意を新たにする。やるなら、今しかない! やるんだ俺! 立ち上がれ!

 突然立ち上がった俺に驚く詩織を、手を引いて立ち上がらせる。

「ちょっと、どうしたの急に?」

「あ、あのな、しお」

 言い掛けて、突然の爆発音と喚声に声が途切れる。詩織と一緒に振り返ると、ツリーの向こう側に花火が見えた。

「あ、花火! 行こ!」

「あ、ちょっ」

 俺は詩織に手を引かれて、ツリーの反対側に回った。花火が、暗い夜空に打ち上がる。詩織はうれしそうに見ているが、出鼻を挫かれた俺はなんとも微妙な表情だろう。

 少しの間、花火を見上げていた。花火が終わったら言おう。そう心に誓う。だがなかなか終わりが見えない。このまま時間が募れば、非常に言いだしにくいな……。

 とその時。ある一つの花火が上がった。空高くに打ち上がり、炸裂した。その形は、大きな球の中に小さな球が入っているものだ。それを見たとき、ふと懐かしい記憶がよみがえる。

 あれは、初めて花火大会なるものを見に行った時のものだ。詩織の手を繋いで一緒に見上げている時に、その形の花火が上がった。

『あたし、あの形が一番好きだな』

『どうして?』

『だって、おもしろいじゃん! 丸のなかに丸があるんだよ!』

 俺にはそのおもしろさはよくわからなかったが、以来、詩織が好きなその形が、俺の好きな形になった。たぶん、その時にはもう惚れてたんだろうな。

 それはまだ、第一回目の告白をする前の記憶だ。

「……あの形、好きだったよな」

「え? あ、うん」

 なんか、花火に勇気づけられたような気がする。気がするだけだけど。

 俺は花火に夢中になってる詩織の肩をつかみ、強引にこっちに振り向かせた。

「ちょっと、今いいとこ」

「受け取ってほしいものがある」

 詩織の言葉をさえぎり、ポケットに手を突っ込む。すぐに触れたものを引っ張りだし、詩織に見せる。表は透明だから、中身が見える。

「これ、は?」

 中身を見ながら詩織が尋ねる。俺は一旦深呼吸してから、深く息を吸う。

「いつか、俺は立派な社会人になって東京のどっかの会社に就職しようと思う。それがいつかも、どの会社かも決めてないけれど、その時まで持っててくれないか」

 えっと、驚いた顔をあげる詩織。待て、次が一番恥ずかしくて一番驚くこと言うんだから。

「そして、いつかそうなった時に、これを返してもらう。代わりに、その〜、ゆ、指輪を渡すからさっ! 婚約指輪っ!」

 きっと今の俺は真っ赤になっている。ああ、昨日一生懸命練習した内容と違うこと言ってるよ。直接的すぎる。

 これを聞いた詩織は、最初は理解できていないようだったが、花火が四発鳴ると、急に赤くなっていった。

「え、それって、ぷ、ぷろ……ぽー、ず」

「そのつもり、だ、けど……」

 恥ずかしさが臨界点に達した。次五文字しゃべったら心臓が破裂するかもしれない。五歩歩いてもするかも。

「……変だよ。告白して、付き合うことになって、その二日目にプロポーズとか」

 だよなぁ。やっぱり、ダメか。

「……冗談なんでしょ?」

「……冗談でこんなことするかよ」

 冗談で死のうとはしましたけど。

「……高校生のカップルって、うまくいかないもんだよ?」

「ある意味俺たちって、乳幼児のころから付き合ってるじゃん。いまさらうまくいかないとか、多分ない」

 ないと思います。

「……なんで、あたし?」

「俺が好きなのは、いや……」

 自分の頬を両手で張る。冷たいから凄く痛い。

「愛してるのは、今までも、今も、そしてこれからも、詩織だけだ。絶対に」

 嘘や飾りのない、素直な気持ち。これで断られたら、俺は一生独身確定だ。

「詩織には、断る権利はある。こんな俺のために一生を捧げる必要もないわけだしな」

 誰かとくっつくのは、俺としては悔しいけれど。詩織が認めた相手ならいいかなと思う俺は、潔いのか甘いのか。

 高校生が考えることじゃないのはわかってる。けれど、最後に言っておきたかった。この夜に。言わなきゃもう言えないような気がした。花火の音が、いやに耳に響いた。

 詩織はうつむいて、俺の手に握られた箱に目を向けている。

「……絶対、来る?」

「絶対」

「……二十五までだからね」

「えっ?」

 聞き返そうと思ったとき、手のなかから箱の感触が消えた。

「二十五歳までなら、預かっててあげるから」

 顔を上げた詩織の顔は、かすかに幸せそうに微笑んでいた。その顔が、歪んでいく。やばい、なんかいろいろとやばい。

「ちょ、なんで泣くのよ?!」

「し、詩織ぃ!」

 抱きつく。抱き締める。今度は投げ飛ばされなかった。抱き締められる詩織は、最初は少し抵抗したが、諦めたのか理解したのか、抱き返してきた。

「絶対、行くから、返してもらうために」

「うん」

「二十五歳までには、絶対に」

「うん」

「それまで、ちゃんと待っててよ……」

「うん……」

 今日は、本当、いいことなしだ。終始女々しかったのは俺のほうじゃないか。やっぱり、すべてにおいて詩織のほうが上なんだな。今回だって、計画じゃないて喜ぶのは詩織のほうだったはずなのに。

 でも、全部どうでもいい。結果的に、プロポーズには成功したわけだし。

 体を少し放して、見つめ合う。

「キスしていい?」

「普通、聞く?」

 詩織は目を瞑り、軽く顎を上げる。俺もそれに合わせて頭を傾け、ゆっくり近づいていく。

 軽く触れるだけの、キスをした――



 その後、花火終わってるじゃないかと詩織に文句を言われ、代わりに雀の涙ほどの金でアイスクリームを買わされ、食べおわった後時間を見たら九時半近くで時間がやべぇ。走って帰るが十時二分過ぎ、母親からのスリーパーホールドの刑で花畑が見え掛け、父親からは四の字固めでタップ二千回して解放してもらった。

 本当に、本当ぉーに災難な一日だった。それに見合うだけの、いや、お釣りすらきそうな幸せを手に入れたけれども。

 今日はなんか疲れた。もう寝よう。不思議と、すぐに眠ることができた。


 翌朝、飯の前に朝風呂に入ろうとしたら、部屋出た途端にばったりと詩織に出会った。

「おはよー」

「うん、はよー」

 はよーって何だはよーって。略すなよ。

「朝風呂? 男のくせに」

「いやー、男のくせには余計だろ。朝風呂だよ悪いか?」

「いや、別に」

 なんなんだちくしょう! くすくす笑う詩織の脇を過ぎて大浴場に向かおうとすると。

「……ねぇ、昨日の話、本当?」

「ん?」

 振り返ると、胸元を少し開いたセクシーな詩織がっ! 危うく飛び掛かりそうになった俺を止めたのは、首から下がった一つのネックレス。小さなダイヤが中心に埋められた銀製の十字架。六万円ほど出して買った誓いのネックレスだ。

「……当たり前だろ。絶対、絶対返してもらうからな、それ」

「じゃ、今返そうか?」

「え゛っ?!」

 俺、今、泣きそうです。吊ろうかと思います。

「じょ、冗談よ冗談! ちゃんと東京まで持ってくから」

「……タチ悪っ」

「いつかのお返しよ」

 見つめ合う二人。途端に二人同時に吹き出す。

「んじゃ、朝飯にまた合おう。俺の隣はお前の特等席な」

「うん」

 じゃっと軽く挨拶し、俺は大浴場へ向かう。幸せにだらけきった顔を引っ提げて。



 それからは、特に大したことはしていない。恥ずかしさのピークは昨日で終えたから、今日からは普通に接することができる。

 隣り合って朝ごはん。石鹸の匂いがすると言われて、そりゃお前もだと笑い合った。

 親にカンパしてもらい、二人で再びゲーセン。泣きを見たのはやはり俺。

 二人で昼のツリーを見に行った。昼は昼でよく映えた。

 そんな時間にも、終わりは訪れる。そろそろ帰る時間だ。なにか惜しい気もするが、後腐れはない。詩織が東京に飛び立つ日も、笑顔で見送れる気がする。

 帰りの車も、互いにメールのやりとりで時間を潰した。たぶん、一生のうちで一番多くメールした二日間だろう。なんだか区切るのが惜しくて、無理矢理話題を探した。それは向こうも同じらしく、話題には互いに一貫性がなかった。

 車が見慣れた街並みに入った。家はもうすくだ。

『車降りたら、話したいことがある。ちょっと時間ちょうだい』

 メールを打ち切ったときの、最後のメールの内容。話したいことって、何だ?


 車を降りて一言。

「着いたー!」

 これを言わなきゃ帰ってきた気がしない。とりあえず体を伸ばしながら詩織を待つ。来た。

「で、話したいことって何?」

 体を伸ばしながら尋ねる。

「あのさ、浮気とかダメだから、あたし!」

「しねぇよー」

「一週間に六日はメールしてね!」

「ほとんど毎日かよ」

「絶対だよ!」

「……絶対、な」

 それにしてもなー。

「なんで今なんだよ。別に出発の時でもいいだろ?」

「ダメ! 一回二回じゃ忘れるだろうから、出発まで毎日、いや、これから毎日言うの!」

「あっはっはっは。嬉しいこと言ってくれるねー」

 小学生みたいだな。

「じゃ、また明日!」

 そういって、自分の荷物を持って家へと入っていく。また明日も会うのかと思ったが、俺も毎日でも会いたいと思う。

 荷物を家に運び込んで、一息つく。お茶が美味ぇ……。

 隣の家から詩織の悲鳴が聞こえた気がしたが、ネズミでも出たのだろうか?

「案外うまくいったみたいねー」

 隣に座った母親が一言。なにがうまくいったんだ? そういや聞きたいことがあったんだった。

「なあ、なんで俺たちが帰らないってわかったんだ?」

「いやぁ、そうなるように仕組んだわけだしねぇ」

 ……は?

「ちょ、何?」

「嘘なのよ」

「……何が?」

 いやな、いや、良い予感か? がするんだが……?

「詩織ちゃんのお父さんの転勤ね。あれ、私たちが考えた嘘なのよ」

「……はぁぁぁぁぁあぁぁぁ!? なんですとぅ!?」

 いや、まて、はっ?!

「あんたたち、両思いだったのになかなかくっつかないから、詩織ちゃんのお母さんと計画したのよ」

「それじゃあ、詩織の転校は……」

「嘘」

「俺の心配は……」

「取り越し苦労」

 ……生まれて初めて、親に殺意を抱いた瞬間だった。

「なんじゃそりゃああああぁぁぁぁ!?」

 隣から聞こえた気がした詩織の悲鳴は、これだったのか。絶叫だな。

「まあでも、これでやっとくっついたわけだし、結果オーライってやつじゃない?」

 こちとら垣根で投身自殺まで謀りそうになったんだぞおい!?

 ってことは、なにか。昨日のプロポーズ、かなり的外れなこと言ったわけで。うっわ、恥ずかしい! どんな顔して次に会えばいいんだよ! うーわー!

「なんてことしてくれたんだよクソババアぁぁ!」

 言ったら絞められた。ギブギブ、堕ちる墜ちる。

「まあ、いいじゃない。結果的にくっついたんだから」

「く……」

 そこは否めない……。



 でも、よかった。詩織は遠くには行かない。

 確かに、母親の陰謀には腹はたつが、おかげで晴れて思いは通じ合ったんだ。そこには感謝してる。

 ありがとう、母さん。今までで最高のクリスマスプレゼントだったよ。俺、絶対に詩織を幸せにするよ、うん。



 詩織、愛してるよ――




 後日。

「これ、やっぱり返すよ。東京、行かないし」

 詩織が俺に突き出してくるネックレスを、俺は突き返す。

「ばーか、それは婚約指輪との交換だ。それ以外の返品は認めねー」

「……馬鹿」

 そう言いつつも、ネックレスを大事そうに首に下げる。可愛い。

「詩織……」

 思わず抱き締めると、抵抗して来なかった。

 今日は一段と冷えるから、しばらくはこうしていようと思う。

時間が無い中急いだ上慣れない恋愛物だから、ボロボロな作品失礼しました。「俺」の名前が出ていないのは仕様です。酷評、お待ちしております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大変宜しい恋愛小説でしたな。 初々しい高校生カップルの甘酸っぱい青春っぷりが伝わって参りました。個人的にはもっとむず痒いくらいの初々しさとか、くどいくらいのラブラブか、おかしいくらいに歪んだ…
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