4話 大惨事
どうしてこうなった……
いやー、なんか気がついたら立ち上がってスタスタと歩いていたんだよね……
今、僕の目の前には僕達の希望の星であるスーパースターであるカイトを子供相手というのも足りないほどにあしらった聖騎士団副団長のヴァイスさん。
同じく皆のメインヒロインであるクラリスの魔法を、単純に魔力ぶつけて吹き飛ばすなんて恐ろしいことを文字通り息を吐くように行った魔術師団副団長のラーネットさんが立っている。
なんで僕ごときが偉そうに二人に意見しているんだが……
さっきの僕よ、恨むぞ。
「ひよっこの友達が、敵討ちでもするのか?」
「その子に惚れてるのかい? 代わりに一矢報いるのかい?」
あー怖い。おしっこちびりそう。
二人にぎろりと睨まれて僕はもう限界ギリギリです。
「両方共ノーです。
僕がヴァイスさんに挑んでも何の意味もないですし、ラーネットさんに一矢報いることも出来るはずもありません。
それでも、お二人が友達を蔑むことを止めない理由にはなりません」
足はガタガタと震えている。
まともに話せたのが奇跡なほど奥歯はカタカタなっている。
物珍しそうに僕を見ている二人と目を逸らさないようにしていても、視点を合わせないようにしているだけだ。泣きたい。漏れそう。
「……クッ……ハッハッハ!! 気に入った。
カイトはひよっこだがいい友を持っている。
そういうやつは強くなる!」
「少々やりすぎたな。すまない、えーっと君は……」
「カロルです。カロルシアン=マイスティです!」
「カロル君。二人は間違いなく強くなる。
間違いない宝石の原石だ。
ただね、磨き方を間違えちゃいけない。
ここからはオフレコだが、大臣共や、机の前で偉そうにしている奴らのやり方じゃあその宝石はダメになる!
実務部隊の総意は今回のシステムは100%失敗する。
あんなもんは貴族共のガキでも放り込んで、せいぜい自己顕示欲と承認欲求を満たすために使えばいい。
冒険者として、様々な旅、冒険を経て経験を積んだからこそ、我々は強いんだ」
「他の学校でも同じことが起きている。
大人げないとは思うが、選定方法は各地に派遣された副隊長格に任せられている。
学校への義理立てもあるから一応選ぶが、叩き潰すまでが決まってるんだ。
這い上がってこいカイト! なんだかんだ言ったがお前なら間違いなく一流の冒険者になれる!」
「クラリスも同じだ。基本を忘れるな。毎日の積み重ねが強さになる。
全員にも言える。今日冒険者になってもそれはスタートでしかない。
冒険者として何をするのか、日々努力と反省の長い道のりが始まる。
諸君の健闘を祈っている」
歴戦の冒険者のありがたいお言葉に僕達冒険者の卵達は感動する。
ただ、自分たちで滅茶苦茶にしておいて、なんか良いこと言ったふうにした二人に、僕はしばらくしてからムカついた。
色々ありすぎた合格者発表は、こうして何故か感動の幕切れをする。
カイト、クラリスはDランク。そしてひっそりと僕はめでたくEはランクからの冒険者デビューとなる。
試験を受けた10人は全員合格していた。Eランクは僕ともう一人。
予想外のEランクにホントは小躍りするほど嬉しかったが……
地獄の底に落ちたように落ち込んでいたカイトとクラリスの世話を仰せつかった僕は、喜ぶに喜べなかった……
何を言っても、ああ……、とか、うん……とか歯切れの悪い対応に途方に暮れていた。
クラリスに至っては地面に魔法陣を書きながらブツブツブツブツ言っていて気味が悪い始末。
「なぁカイト、クラリス……みんな帰ってったよー。神樹亭でパーティだよー。
もういこうよ~」
「……なにもできなかった……偉そうなこと言って……」
「カイトくんを馬鹿にされたのに……なんの力にもなれなかった……」
さっきからこの調子だ。もう、いい加減うんざりしてきた。
「……わかった。カイトは僕とパーティ組んでくれないってことだね。
せっかく頑張ってEクラスになったのに。
もういいや、明日からのパーティ探しに神樹亭行くね」
僕が立ち上がろうとすると、しっかりと服を握られて立ち上がれない。
僕程度だとカイトに力で抑えられれば動けない。
やっぱりヴァイスさんはとんでもなく凄いんだなー……
「それとこれとは話が別だ。約束だろ。俺とパーティを組むって」
「だったらもう今日は、冒険者になれたことを祝って気持ちよく明日から頑張ろう!」
立ち上がろうとすると今度はクラリスが僕の腕を掴んでいる。
「私も、私も入れて……私はカイト君の側で強くなる。もう馬鹿になんてさせない……」
「あ、う、うん……」
なんかキャラが変わっていませんかクラリスさん……
長い長い説得の末にやっとこさ二人を神樹亭、僕達の街の御食事処、みんな大好き神樹亭へと引きずっていくことに成功する。
「「「カイト、クラリス、Dランクおめでとーーーーー!!!」」」
僕達が入ると同時に他の同期が祝ってくれる。
今日一緒に冒険者になった10人は今まで一緒に頑張ってきた仲間だ。
その仲間たちから快挙とも言えるDランクが二人も誕生したことは素直に嬉しい。
僕だって友人二人を本当に誇らしいと思っている。
「カロル、お疲れさん」
ベックが皿に料理を取り分けてくれていた。それに飲み物を手渡しながら僕の労をねぎらってくれた。
ほんとうに気が利くいいやつだ。
「それに、Eランクおめでとう。俺も何故かEランクになれたし、本当にめでたい」
あの不毛な慰めを長時間行っていた僕の胃には取り敢えず食事が必要だった。
神樹亭はそのリーズナブルな値段と豊富な量、そして味のバランスが素晴らしい。
学生の味方でもあり、冒険者の母と言ってもいい。
学生割引もあるし、今日のような特別な日は冒険者の方々による温かい支援で無料でこの料理などを楽しめる。冒険者の方々も過去に通った道。
僕達が成長して一端の冒険者になったら、ここに来て学生の世話をするというのが一つの目標でもある。
お陰で今日はなんでも食べ放題飲み放題だ。
普段は取り合いになって喧嘩になる特製ポークステーキも、ニワ鳥の唐揚げも食べ放題だ!
「今年は全員18越えててよかったな。こうして酒も飲める」
泡立つビールを掲げてベックがうまそうに唐揚げを頬張っている。
「17以下の未成年が居るとジュースだけになるんだよね」
僕はあまりビールが得意じゃないが、最初の一杯は付き合う。
「まぁ毎年大抵途中からは解禁になってるみたいだけどね」
それからは同期の皆とお互いの冒険者としての旅立ちを喜び合う。
もちろん会の主役はカイト、クラリスの両名だ。
……まだ少しいじけていたが、お酒が入ってきて、少しは反骨心に火がついてきたようだ。
「俺は絶対に強くなるぞ! あのヴァイスの鼻を明かしてやるんだ!」
「私も絶対にもうカイト君を馬鹿になんてさせないんだから……」
「それにしても、あそこまで違うもんなんだな。同じ人間なのかあれは?」
話題は副隊長たちの能力に言及していく。
「まぁ、普通に考えればレベルが圧倒的に違うんだろうな……」
「そうだよなぁ、こればっかりは実際に冒険していかないとな……」
「レベルが上がるってとんでもないことなんだろ……それがいくつも違えばこうなるんだな……」
「私達もレベルを超えられる人種だといいんだけどねー」
「カイトやクラリスは絶対レベル上げられるよ!」
皆が話しているレベルっていうのは、ある条件、これは人によって不明なので明確には言えないけれど、たくさんの経験、そして苦難を乗り越えたり、偉業を成し遂げると……レベルが上がる。
身体能力や魔法能力など、成長の枠を超えて急激な成長を遂げる。
その際に特別なスキルや技能を手に入れる人もいるらしい。
レベルが一つでも上がれば、冒険者として中堅以上に活躍出来ると言われている。
レベルが1になることが新人冒険者の一つの目的でもある。
それなりに冒険数をこなしていれば0から1には上がれることが多い。
問題はそこから先だ、2になる人も結構レアだ。
カイトの父親はレベル3、三回のレベルアップを経験している一握りの天才。
うちの親もレベル1にはなっているから、本当に標準的な冒険者だ。
一説には聖騎士団にはレベルが5以上でないと入隊できないなんて噂もある。
副団長たちが言っていた絶対に失敗する。ってのはここらへんから来ているのかもしれない。
「カーロールー、今日はさぁ……ほんとに……ありがとよーーー!!」
ベロベロになったカイトがバンバンと背中をたたきながら絡んできた。
こんなに酔っ払ったカイトを見たことがない。背中も痛いが、すごく嫌な予感がする。
「の、飲み過ぎじゃないかカイト?」
「あん? お前も俺がまだまだだって言いたいのか!?」
「逆に行きすぎじゃないかと思ってるわけだが……」
「カロルくん! カイトくん! 明日から粉骨砕身頑張ります!
どうか、どうかお側に置いてください!」
「ちょ、ちょっとクラリス? なんで土下座してるの?
てか、そういうキャラなの!?」
「あー、クラリスほんとは気が小さいのに優等生演じてるとこあるから、酔うとたまにこうなるのよねー」
「えっとー、女性陣、このクラリスさんの相手をするのはめんど、大変かなー、なんて……
だれか助けて……」
周囲を見渡すと全員が僕達に背を向けて幾つかの集団を作って楽しそうに飲み会を再開している。
気になっていた子に思いを告げてうまく行ってるやつとか、明日からの冒険のパーティでワイワイやっていたり。最後の希望だったベックもEクラスということで人気者になっている。
ゴメンと謝りながら楽しい飲み会へと旅立ってしまった。
「カロルはすげーよ、あんなに堂々と……それに比べて俺はぁ……俺はあああ!!」
「カイトくんバカにされた、バカにされた、バカにされた……」
まってほしい。
またこれか。
さっきまでの楽しい会を返して欲しい。
そして、あの二人は僕に任せとけばいいやみたいな雰囲気もどうにかして欲しい。
僕は、グラスを呷るように飲み干した。
その後、グダグダグダグダしている二人を飲みつぶすという方法で開放されるまで、味のしない液体と料理を飲み込む作業は続いた。
クラリスの素晴らしい身体が寄りかかってきていなければ、僕は耐えられなかっただろう。
これは大切に思い出として残しておこう。
散々な卒業パーティはこうして幕を閉じるのでありました。




