美雪の気付き
学校も終わり、今は美雪と一緒に下校中である。
途中までは行先が同じだからか、自然と一緒になることが多いのだ。
「もう少しで今年も終わりかぁ……」
「年越しまで……一ヵ月ないもんね……」
今年は色々とあったなぁ。
特に晴子が現れてからは毎日何かしら起きていたようが気がする。
ここまで日常がガラリと変わったのは初めてかもしれん。
……いや。そうでもないな。
ある日を境に変わってしまった経験は前にもあった。
そう……母さんが死んでしまった時だ……
あの時は人生に絶望して生きる希望も失っていた。それだけショックが大きかった。
それは今でも引きずっている。なんせ夢に出るぐらいだしな。
しかし少しずつではあるが、克服していっている……と思いたい。
俺の最大級のトラウマはいつかは乗り越えることが出来るんだろうか。
もしかしたらこのままずっと――
「……? はるくん……?」
「……ん? なんだ?」
「どうしたの……? 何か……暗い表情してる……よ……?」
「え……」
美雪が心配そうな表情で見つめてくる。
俺ってそんなに暗い顔してたのか。
「ああいや。何でも無いんだ。ちょっと思い出しただけで」
「……?」
いかんいかん。下校途中で思い出すようなことじゃない。思わずネガティブ思考になってしまった。
ふとしたキッカケでついトラウマを思い出してしまう。
しかし最近では思い出すことも少なくなっているし、いい傾向なんだと思う。
これも晴子のお陰だろう。あいつが居てから毎日のように暇せずに楽しい日々が続いているからな。
それともう1人……
「なぁ。美雪」
「なに……?」
「いつも、ありがとな」
「……!? ど、どうしたの急に……」
「いやさ。いつも世話になってるからな。お礼を言いたくてさ」
「も、もう……急に変な事言わないでよ……」
美雪だ。美雪が居たからこそ今の俺が居ると言っても過言じゃない。美雪が居なかったら今頃俺はどうなっていたことか。
それぐらい俺の中で美雪の存在は大きかった。
「やっぱり……はるくん変わったよね……」
「そうか?」
「前までは……中学に入った頃から、全然笑わなくなったし……」
「あー……」
確かにそうだったかもしれん。
小学校を卒業する前に母さんが居なくなってしまったからな。あの日から笑った記憶がない。
よくて愛想笑いだ。心から笑ったことは無かった。
「これも……はるちゃんのお陰……なのかな?」
「だろうな」
だが晴子が現れてからは変わった。あいつが居るようになってから楽しかったし、笑うことも増えた気がする。
「あいつにも感謝してるんだ。暇することは無くなったし、色々と手伝ってくれて俺の負担も減ったし、何より楽しい」
「ふぅ~ん……」
「まぁ……ちょくちょくからかってくるのは止めて欲しいけどな」
それさえ無ければ素直に感謝したのになぁ。
まぁからかってくるのも俺の為を思ってくれたのかもしれんけど。
「あのね……前から思ってたことなんだけど……」
「ん? なんだ?」
「はるちゃんってさ…………」
「晴子がどうかしたのか?」
「何となくなんだけど…………はるくんと似てるよね……」
「えっ……」
心臓がドクリと跳ねた。
晴子のことか。あいつ、また学校で何かやらかしたのか?
それとも俺がまた余計なボロを出したのか?
脳内で瞬時に言い訳を検索しつつ、努めて冷静さを装う。
「ど、どうしてそう思うんだ?」
「う~ん……よく分かんないんだけど……はるちゃんってすごく親しいというか、はるくんと一緒にいるような気分になるというか……」
ま、まさか……晴子の正体に気づき始めてる……?
いやいや落ち着け。いくら美雪でもそこまで分かるはずがない。
「ま、まぁ親戚だし? 親戚だから俺と似た感じになるのは不思議じゃないと思うな! 親戚だからそう感じることもあるさ! 親戚だしな!」
「そ、そうなのかな……?」
「そうだよ! 身内だからどうしても似た雰囲気になっちゃうもんなんだよ!」
「………………」
嫌な汗が背中を伝う。
確かに顔の造作は似ている。あくまで親戚という設定で押し通しているから、そこはある程度許容範囲内だ。
だが、美雪の指摘はそれだけではなかった。
「顔だけじゃなくて……仕草とか、話し方の間とか……すごく、似てる」
「そ、そうか? 親戚だしな、血は争えないっていうか……ハハッ」
乾いた笑いで誤魔化そうとするが、美雪の瞳は笑っていない。むしろ、探るような鋭い光を宿している。
「例えばね……考え事をする時に、右の眉が少し上がる癖」
「えっ」
「あと、お箸を持つ前に……一瞬だけ箸先を揃える仕草」
「…………」
「驚いた時に……『へ?』って声が裏返るところも……」
次々と挙げられる具体例に、俺は言葉を失った。
怖い。観察眼が鋭すぎる。
いや、それ以前に――美雪は俺のそんな些細な癖まで把握していたのか?
「まるで……双子みたい。ううん……もっと深いところで繋がってるみたい」
「そ、それは考えすぎだろー! あいつも俺の家に居候してるし、一緒に住んでれば似てくるもんだよ! 夫婦は似るって言うしな!」
テンパりすぎて、意味不明な例えを出してしまった。夫婦ってなんだよ俺。
「……夫婦?」
美雪の目がスッと細められた。気温がさらに一度下がった気がする。
「あ、いや! 言葉のあやだって! とにかく、兄妹みたいなもんだからさ、似てても不思議じゃないってこと!」
「…………」
美雪は無言で俺を見つめ続ける。
その沈黙が、俺の心臓を締め付ける。
バレたか?
まさか、「あの女の人は、はるくん自身なんでしょ?」とか言われるんじゃなかろうか。いや、普通に考えてそんなオカルトな結論には至らないはずだ。
だが、美雪の勘の良さは時として論理を凌駕する。
どうする。どう切り返す?
何か決定的な証拠を掴まれたわけじゃない。あくまで「似ている」という印象の話だ。
ここはお茶を濁して――
「私には……わかるよ」
美雪がぽつりと呟いた。
「え?」
「はるくんのことなら……私、誰よりも見てきたから」
マフラーに口元を隠したまま、美雪が一歩、俺に近づく。
その距離、わずか数十センチ。上目遣いの視線が、俺の奥底まで見透かすように刺さる。
「小学校の頃から……ずっと見てたもん。はるくんが何を考えてるか、何が好きか、どんな時に嘘をつくか……全部、わかるの」
ドキリとした。
それは、幼馴染としての信頼の言葉のようでいて、逃げ場のない包囲網のようにも聞こえた。
「だから……隠し事は、なしだよ……?」
美雪の手が、俺の袖をきゅっと掴む。
その握りしめる力の強さが、美雪の想いの重さを物語っているようだった。
「も、もちろん隠し事なんてないさ! あいつはちょっと変わった親戚で、俺と波長が合うだけだって!」
必死に笑顔を作って答える。顔が引きつっていないことを祈るばかりだ。
美雪はしばらくじーっと俺の目を見つめていたが、やがてふわりと表情を緩めた。
「……そっか。はるくんがそう言うなら……信じる」
「お、おう! 信じてくれ!」
掴んでいた袖を離し、美雪はまた歩き出した。
助かった……のか?
安堵の息を吐こうとしたその時、背中越しに美雪の声が聞こえた。
「でも……あんまり仲良しすぎると……私、妬いちゃうかも」
ボソリと聞こえたその言葉は、冷たい冬の風に乗って、俺の耳に確かに届いた。
冗談めかした口調ではなかった。
本気のトーンだった。
「えっ、あ、美雪?」
「ふふ、冗談だよ。早く帰ろ?」
振り返った美雪は、いつもの可愛い笑顔を浮かべていた。
だが、その笑顔の奥に、得体の知れない凄みを感じてしまったのは俺だけだろうか。
……晴子の正体がバレるのも怖いが、別の意味でも命の危険を感じる。
やはり幼馴染を甘く見てはいけない。
俺は冷や汗を拭いながら、美雪の隣に並び直した。
家に帰ったら、晴子にもう少し外出を控えるように言っておこう。
あと俺の癖を真似するのも禁止だ。いや、元が俺なんだから無理な話なのだが……
前途多難な帰り道。
美雪の小さな手が、俺の手を求めてそっと触れた気がした。




