赤いリボン
「春日ー! 一緒に買物いくぞー」
部屋でのんびりしていたら、いきなり晴子がそんなこと言ってきた。
「買物って、何買うんだよ? というか今日はもう外出したくねーよ」
「食料を買い込みたいんだよ」
「いやいや、まだ冷蔵庫におかず残ってるだろ。それで十分だろうし、明日にしようぜ」
「いいから。早く行くぞ。ほら」
「ちょ……引っ張るなよ」
ほんと強引なやつだ。どうせ俺を荷物持ちにするつもりなくせに。
まぁいいや。いつもこいつには世話になってるし、付き合ってやるか。
やっぱり止めればよかったかも……
「おい晴子」
「ん?」
「だからなんでこんなに量多いんだよ!?」
両手に持った買物袋はズッシリと重く、買ったものを大量に詰められている。これも晴子に持たされた物だ。
「つーか多すぎだろ! いくらなんでも食いきれないっての! この量だと残り物が腐っちまうぞ!」
「大丈夫大丈夫。任せておけって」
「何がだよ!?」
なに考えてるんだこいつは……
買った物の中には生ものなどの賞味期限の早い食品もあるし、とてもじゃないが全部消費しきれる気がしない。俺はそこまで大食いってわけじゃないから尚更だ。
というかまだ冷蔵庫の中には食べれる物はたくさんあったはずだ。なのに何故こんなにも買い込むんだ?
結局、何度聞いても曖昧な返事しか返ってこず、夕食のおかずもいつも通りの量だった。
翌日、学校で昼休みが始まった時だった。教室の外から晴子の姿が見えたのだ。
「お! 晴子ちゃん!」
「ようお前ら、今日はいいもの持ってきたぞ」
「いいもの?」
よく見ると、晴子は大きな袋を持っていた。あれは何が入ってるんだろう?
「前に言ったじゃないか。弁当作ってきてやるって。だから作ってきたんだよ」
「マ、マジで!? 晴子ちゃんの手作り弁当!?」
「も、もしかして僕の分のあるの?」
「あるから安心しろって。ほら、早く机にあるものどけろよ」
机を移動させてまとまることになり、一緒に食べる事になった。
他のクラスメイト達からは羨ましそうな表情でこっちを睨む人もいるけど……無視することにする。
「う、うめぇ……! 最高に美味しいよ!」
「本当に美味しいよこれ! こんなに美味しい弁当食べたの初めてだよ!」
「大げさだなお前ら」
千葉と天王寺は、まるでオアシスを見つけたかのごとく喜んでいる。まぁ晴子の手料理を食べたのは初めてなんだし、気持ちは分からなくは無いけど。
というか本当に作ってくるとは思わなかった。
「まさか……昨日あんなに買い込んだのはこのためか?」
「そうだよ。だから大丈夫だって言ったじゃん」
なるほどな。昨日の内に計画してたわけか。たしかにこの人数分を作るとなると量がいるしな。
「この煮付け……美味しい。はるちゃん、これ……どうやって作ったの?」
美雪の分も作ってきたらしく、一緒に晴子の弁当を食べている。
どうやら昨日の内に美雪には予め伝えていたらしい。だからか弁当を持参していなかった。
「ああ。それはな、テレビでやってたのを参考にして自分でアレンジしてみたんだよ。作り方は――」
「ふむふむ……」
そして二人で料理雑談をし始めた。
よかった。一時期はどうなるかと心配してたんだよな。そもそも晴子が弁当作るようになったのは、美雪と一悶着あったせいだしな。
二人とも仲が良さそうに話し合っている。これなら心配する必要はなさそうだ。
おっと、俺も弁当を食べないと。休み時間が終わってしまう。
全員が弁当を食べ終わり、晴子が帰ろうと片付け始めている。
「ありがとな晴子ちゃん!」
「ご馳走様。すごく美味しかったよ」
「ならよかった。また今度も作ってきてやるよ」
「マジかよ! やったぜぇ!」
「い、いいの?」
「お前らには世話になったしな」
なるほど。そういや晴子が男性恐怖症が治ったのも、この二人が協力してくれたお陰だったな。弁当を作ってきたのはそのお礼を兼ねていたわけか。
「あ、そうだ。春日、それ取ってくれよ」
「ん? あいよ」
体操着が入った袋を晴子に投げ渡す。
帰ってからまとめて洗濯するつもりなんだろう。いつもながら有り難い。
おっと忘れてた。
「晴子ー! 帰りにアレ買ってきてくれないか? もう無くなりそうなんだよ」
「……ああ。シャーペンの芯ね。わかった。いくつか買ってから帰るよ」
「悪いな」
「んじゃまたなお前ら。午後も頑張れよー」
片手をヒラヒラさせながら晴子は教室から出て行った。
さてと、飯も食ったし。授業始まるまで時間あるからトイレでも行ってくるか。
そう思って席を立った時だった。
「「ジー」」
「……なんだよ」
千葉と天王寺がなぜか俺を睨んでいる。
「……どうして分かるんだよ」
「はぁ?」
「何で『アレ』とか『ソレ』で通じるんだよ!?」
意味分からん。なに言ってんだこいつは。
「アレ? ソレ? どういうこと?」
「とぼけんな! さっき晴子ちゃんとそんなやり取りしてたじゃねーか!」
「あー……確かにそんなことあったな」
「まるで熟年夫婦みたいなことしやがって! イヤミか!? ちくしょう!」
「ツーカーの仲ってやつだね。羨ましいなぁ。僕もあんなやり取りしてみたいよ……」
そういうことか。だからこいつら妬ましそうにしてるのか。
まぁ晴子は俺の分身みたいなもんだしな。だからこういう時は何が言いたいのかなんとなく分かっちゃうんだよな。
いちいち相手するのが面倒だし、急いで教室から出るか。
学校も終わり、下校途中のことだった。
寄り道せず真っ直ぐ家に帰るつもりだったんだけど、途中にある店でセールをやってるのを発見して足が止まってしまう。どうやらワゴンセールをしているみたいで、店の外に大きな入れ物を設置していて乱雑に商品が置かれている。
何となく気になって覗いてみると、そこにはアクセサリーなどが置いてあった。
「ふーむ……」
しかしどれも女性用といった感じだ。さすがに男には似合わない。
……いや、待てよ?
もしかしたら晴子なら似合うかもしれない。どれもお手頃価格になってるし、1つ買ってみようかな。
ワゴンの中から良さそうなのを選び、買ってみることにした。
帰宅後、買ったやつを入れた袋を晴子に渡した。
「それ晴子にやるよ。さっき買ってきたんだよ」
「ん? 何だよこれ」
「いいから開けてみな」
晴子は袋を開けて中身を手に取り、それを見つめている。
「これは……?」
「晴子に似合うと思ったんだよ。どうだ?」
帰り道に買った物、それは赤いリボンの付いた髪留めだ。
晴子はこういうのを身に着けてないからな。だから似合うかもしれないと思ったんだ。
どうせ安物だし、気に入らなようなら捨てればいい。つまりただの気まぐれだ。
「…………」
「気に入らないなら別に捨てても構わないぞ」
「…………」
「おい? 晴子?」
髪留めをジーっと見つめたままだ。
やはりリボン付きはダメだったかな。さすがに子供っぽいか。
「こ、これ……本当に貰っていいのか?」
「えっ? あ、ああ。いいけど……」
あれ? なんか思ってた反応と違う。
「あ、ありがとう! 大切にするよ!」
「お、おう」
「さっそく付けていいか!?」
「い、いいけど……」
なんかやたら嬉しそうだな。そんなに気に入ったのか?
てっきり子供っぽくて嫌がると思ったんだけど……
「ど、どうだ?」
晴子を見ると、ポニーテールの根元部分に赤いリボンがついていた。
「…………」
「な、何か言えよ……」
「えっと……に、似合ってるぞ」
「そ、そうか!? へへっ」
思わず見惚れてしまった。
やばい。予想以上に似合ってる。けっこう可愛いじゃないか。
もっと子供っぽい印象になるかと思ったけど、晴子ぐらい美人だと見事にマッチしている。これはこれで有りだ。
どうやら気に入ったらしく、嬉しそうに鏡で眺めている。
と、そこへ玄関チャイムが鳴り響いた。
「ん? 誰だ?」
「俺が見てくるよ」
すぐに玄関まで移動し、ドアを開けた。
そこに居たのは――
「美雪じゃないか。どうしたんだ?」
「これ……作ってきたの……」
手に持っていたのは、タッバがいくつか入った袋だった。どうやらおかずを持ってきてくれたらしい。
「ああそうか。いつもサンキューな」
「今日ね、はるちゃんに教わった煮付けを……試しに作ってみたの。だから……後で感想聞かせてほしいな……」
「分かった。食い終わったらメールするよ」
「うん……」
「お、美雪ちゃんだったか」
いつの間にか晴子が後ろに居た。
「はるちゃんのそれ……どうしたの……?」
「それ? どれのこと?」
美雪は晴子の頭らへんを指差している。
もしかしてさっきあげたリボンのことか?
「ああ。これか。これはな……」
途中でいきなり黙りだす晴子。どうやら考え事をしているらしい。
が、すぐにニンマリと笑いを浮かべた。
「これはな、春日が『オレのために』わざわざプレゼントしてくれたんだよ。オレに似合うようなヘアアクセサリーを悩みに悩んで選んでくれたんだぜ。しかも高かったのに小遣いをつぎ込んで買ったらしいぞ。『オレのために』な!」
なんだこいつ。変なところでやたら強調してやがる。こういうところは意味分からねーんだよな。
つーか別にそこまで悩んで選んだわけじゃないし、全然高くないっての。
「……ずるい」
「み、美雪!? なに言ってんだ!?」
……なんだなんだ。いきなりどうしたんだこの二人は。
「ふふん」
「……!!」
晴子はなぜか勝ち誇ったような表情をしているし、美雪は羨ましそうに睨んでいる。
双方の間には火花が散っているようにも見えるのは気のせいか?
このままだとヤバい気がする。ここはさっさと切り上げよう。
やはりこの二人は合わせないほうがいいかもしれない。
「と、とにかく。今日はありがとな美雪! それじゃ!」
「あっ――」
すぐにドアを閉め、それから晴子に振り向く。
「おい! どういうことだよ今のは!? 何でそんな髪留めごときで熱くなってるんだよ!?」
「…………」
「晴子?」
なぜか呆れたような顔つきで俺を睨んでいる。
「『オレ』ってこういうやつだったんだな……」
「意味が分からんぞ。何が言いたいんだ?」
「はぁ……」
「おい! 答えろよ!」
結局、何度聞いても答えてくれなかった。
その後、鏡の前でやたら嬉しそうにしていた晴子だった。




