深まる謎
「どっぺるげんがー?」
「うん。昨日テレビでなかなか面白い特集があってさ、その中でドッペルゲンガーについて検証してたんだ」
学校での休み時間中に三人で雑談していたら、天王寺が面白そうな話題をふってきた。
「ドッペルゲンガーって自分が二人存在する……っていうやつだっけか」
「そうそう。ドッペルゲンガーには様々な説があってね、それがまた興味深い内容だったんだよね」
「ふ~ん?」
ドッペルゲンガーねぇ……
「一番可能性として高かったのは、幻覚という説だね。これが最も現実的だといわれている」
「そりゃそうだろ。あまりにも非科学的だもんな」
「それがそうでもないのさ」
「は? なんでだよ。どう考えても幻覚で決まりだろ」
「実際に遭遇した人からの報告例には、幻覚では説明つかない事例もあるってことさ」
俺も正直信じてない……と言いたいところだけど、似たような現象を体験しているからな。しかも現在進行形で。
「例えば?」
「ドッペルゲンガーの存在を自分以外が目撃してる事例もあるんだよ」
「ほほう」
「だからが一概に幻覚だと言い切れないんだよ」
これは当たってるかもな。晴子は間違いなく俺以外でも認識できてるし。
まぁ晴子がドッペルゲンガーだと決まったわけじゃないんだけどな。
「他には未来の自分という説もあるね」
「仮にそうだとしても、どうやって過去に来たんだよ?」
「やっぱりタイ○マシンとか?」
「おれがタイ○マシンを手に入れたら真っ先に宝くじ買いに行くけどな!」
なんというか千葉らしいというか……
「あっ! そうだよ! ドッペルゲンガーは未来人だとしたら宝くじ買いに来たんじゃねーの!? そこを偶然目撃した……ってのはどうだ?」
「そんなアホなことしに過去に戻るかっての」
「やっぱだめか」
でもちょっぴり気持ちは分かる。気軽に過去に戻れるならそういうことしてみたい。
「んで話は戻るけど、あとは幽霊説ってのもあるね。これは幽体離脱した自分の姿というのが元になってるみたい」
「んー、幽霊はまずありえないと思うぞ」
「ほう。出久保はやけに自信たっぷりじゃないか」
「だって他人にも姿を認識できてるし、触れられるわけだけだしな」
「いやいや、なんだよその実際に体験したみたいな言い方は……」
「あっ……その……まぁ……か、仮に実在したらの話だよ!」
やばいやばい。
ついうっかり俺の中で『晴子=ドッペルゲンガー』と決め付けてしまった。
「そうだ。この話題で思い出したんだけどよ、ドッペルゲンガーを見た人は死ぬってあるじゃん? あれはどうなんだよ」
「それも色々な憶測があるんだよ。何らかの病気のせいで幻覚を見たとか、魂を二つに分けたから寿命が縮まった……とかね」
「なるほどなぁ」
魂を二つに分けた……?
それは思いつかなかったな。なかなか面白いこと言うじゃないか。つまり晴子は俺の魂が分離して現れた……ということか?
でもこれが本当だとすると、寿命まで分離して半分持ってかれたということになる。
…………やめやめ。これは無し。考えたくない。というか信じたくない。
そもそも魂の定義がなんなのかすら曖昧だ。まともに考えるだけ無駄だな。
「あと漫画とかだとさ、もう1人の自分を殺して存在を乗っ取る……っていう話もあったな」
「中にはそういう展開の物語もあるね。あの小説家で有名な『芥川龍之介』が最後に書いた小説の題材も『もう1人の自分』だったらしいよ。内容もドッペルゲンガーに悩むストーリーだったみたい。でもそれは実体験を元にしたという噂も……」
「へぇ~」
もう1人の自分を殺して乗っ取るねぇ……
晴子の場合はありえないな。姿が違うから俺の代わりにはなれないし、そもそも性別からして違う。だから俺を名乗ることは不可能だ。というかそんなことするメリットがないし、俺ならまずやらない。
「でもさ、もし自分と全く同じやつが現れたら面白そうじゃね?」
「う~ん……そうかなぁ? ややこしいことになりそうな気がするけど」
「だってよ、そいつに宿題とか面倒事を押し付けちゃうことも出来るんだぜ? 色々便利じゃねーか」
…………あれ?
俺ってもしかして千葉と同レベルのことしてた?
「ん? 出久保どうした? いきなり頭抱えたりして」
「い、いや。気にするな……」
「変なやつ」
晴子が現れてから家事や宿題を全部やってもらってるんだよな。確かに便利だし、お陰で大助かりだ。
ふーむ……そうだ。帰りに晴子用に甘いものでも買っていくか。ちょっとした感謝の気持ちだ。
学校も終わり、寄り道してから帰宅した。
「ほれ、デザート買ってきたぞー。一緒に食べようぜ」
「えっ? ど、どうしたんだよいきなり」
「気にするな。日頃のお礼みたいなもんだ」
「……?」
不審そうに首をかしげる晴子。けど俺が買ってきたケーキ箱の中身を見た瞬間、目を輝かせ始めた。
「おっ! これ駅前で売ってるショートケーキじゃねーか!」
「よく分かったな……」
「何度か見たことあるしな」
このショートケーキはそれなり値が張るが、行列が出来るほど美味しいと評判だ。
「な、なぁ。これオレが食っていいのか!?」
「おういいぞ。その為に買ってきたんだからな」
「マジかよ! サンキュー!」
箱から取り出してすぐに食べ始めた。
「はぁ~美味しい~」
「よかったな」
本当に幸せそうな笑顔だ。
全部で4つ買ってきたんだけど、5分もしない内に4つとも晴子の胃に収まってしまった。一応俺の分もあったんだけど、嬉しそうに食べるところを見てると言い出しづらかった。まぁいいけどね。
「ほんとありがとな! すごく美味かった」
「おう」
嬉しそうな笑顔だ。やはり買ってきてよかった。ここまで喜ぶとは思わなかった。
これからは定期的に何か買ってきてやろうかな。
ふと学校で話してた話題を思い出す。天王寺が言っていたドッペルゲンガーのことだ。
晴子の正体は未だに謎のままだ。もしかして本当にドッペルゲンガーなんだろうか。
けどドッペルゲンガーというのは、確か自分と同じ姿という話だったはず。でも晴子は明らかに俺と姿が違う。これでは事例と異なる。なら晴子はドッペルゲンガーじゃないのか……?
あとはなんだっけか。幽霊だとか魂が分離したとかあったな。でもやはり両方とも違うんだろうな。色々と説明が付かない部分があるしな。
やはり分からん。そもそもあまりにもノーヒントすぎるんだよな。
晴子は前兆も無くある日突然現れたからな。手掛かり一つない。
う~ん……後はなんだろうなぁ……
未来人、クローン人間、超能力、異世界人――
…………
……そういや深く考えてはいなかったけど、中身は同じだけど体のほうはどうなんだろう?
もしかしてあの傷痕も同じなのか?
俺と同じく晴子もあるのか……?
「なぁ晴子。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいか?」
「ん? なんだよいきなり」
「右腕の傷痕は今でもあるのか?」
「……嫌なこと思い出させんなよ。そんなのまだ残ってるに決まって……………………………………あっ!!」
気付いたか。
俺の右腕にはある古傷が残っている。それはガキの頃、犬に噛まれた時できた傷だ。未だに噛まれた痕が残ってるんだよな。何せトラウマになるぐらいだしな。
着替える時や風呂に入る時なんかはその傷痕は見ないようにしている。というか無意識の内に視線を逸らしている。見ていて気分がいいものじゃないからな。それは晴子も同じはずだ。だから今まで気付かなかったんだろう。
女になっても傷痕は同じように存在しているのだろうか。気になる……!
「春日のほうはまだあるよな?」
「ちょっと待って。今確認する」
右腕の袖を捲り上げ、晴子に見せるように腕を前に出した。
やはりまだ犬に噛まれた痕が薄っすらと残っている。この傷は一生癒えることはないだろうな。
「……あるな」
「晴子の腕はどうなってる?」
「ま、待って。今見せる」
晴子は同じように袖を捲り上げてから右腕を前にだした。
するとそこには――
「……………………………………っ!!」
「これは……」
晴子の右腕はキレイな肌をしていた。それも傷痕1つ無いほどに。
触って確かめてみたけど、やはりどこにも傷らしき痕が見当たらなかった。
念のため左腕も確認してみることにした。
しかし――
「無い……な」
「これは一体……」
左腕も傷1つ無い普通の肌だった。
これは重要な発見かもしれない。考えを少し改める必要があるな。
今まで晴子は『俺が女になった人物』だと思っていた。だから記憶も引き継いでるし、性別と容姿以外は同じはずなんだ。
しかし現実は違っていた。右腕に刻まれている傷が無いということは体は別人ということになる。つまり『女の体に俺の記憶が宿った』といったほうが正しいかもしれない。
前々から少し疑問に思ってたことがあるんだよな。それは晴子の容姿についてだ。
自分で言うのもなんだけど、俺が女として生まれてきても晴子みたいな容姿端麗にならない気がする。晴子はあまりにも美人すぎる。
千葉や天王寺も晴子にゾッコンだし、クラスの皆にも大人気だ。外を出歩けば、すれ違う男達のほとんどが振り返るし、同姓である女の人ですら褒めるぐらいだ。まさしく絶世の美少女と言えるだろう。
大半の男連中にとって晴子は理想的な女性像なはずだ。だけどあまりにも理想的すぎる。
これだけの要素を持った美人は滅多に出会えないはずだ。いくらなんでも完璧すぎる。それはまるで『作られた存在』と言っても過言じゃないほどに。
ほんと、晴子の正体は何なんだろうな……
「ははっ…………オレって一体何者なんだろうな……」
「晴子……」
明らかにテンションが低くなって落ち込んでいる。
さすがに今の心境はよく分かる。自分が何なのか、どうして現れたのか、そもそもなぜ女になっているのか……といった考えで頭が一杯なんだろうな。
晴子の正体について1つだけ思い当たる節がある。だけどるなるべく考えないようにしていた。
それは『俺の妄想が具現化した』というものだ。これならば納得できる点が多いしな。
俺の記憶を持っていることや、女になっていることや、理想的な容姿なのも全て説明が付く。
もし仮に晴子が現れたのが俺のせいだとしたら……?
晴子がここまで思い悩んでいるのも俺の責任だとしたら……?
全ての元凶は俺だとしたら……?
そう思うと顔向けできない。これからどう接すればいいのか分からない。だからこそなるべく考えないようにしていた。
何か出来る事は無いのか……?
晴子になんて声をかけたらいいんだ……?
もう1人の自分が女だったらどうしたらいいんだ……?
晴子――
「そんな顔するなよ春日」
「……?」
「安心しろよ。お前のせいじゃないって」
さすがに見抜かれていたか。
「だ、だけど、本当に俺が生み出したとしたら――」
「あのな。『オレ』にはそんな不思議な力とか無かったじゃねーか。漫画じゃあるまいし。非現実的だっての」
非現実的な存在がそんなこと言っても説得力無いと思う……
「ま、だから春日が気に病むことないって。オレは何とも無いんだし」
「晴子が言うなら……」
「それよりいつものアレやってくれよ。櫛は机の上にあるからさ」
「わ、分かった」
机の上から櫛を持ってきてから晴子の真後ろに座った。
いつものアレとは髪を梳かすことである。新しい櫛を買って以来、定期的にやっている。
晴子の髪を触るのは好きだし、頼まれたらまず断らない。
髪を手に持ち、痛めないように櫛をゆっくりと動かしていく。もう何度もやっているのですっかり慣れてしまった。
こいつの髪は本当に綺麗だ。触り心地もいいし、さらさらでツヤがある。腰まで届きそうなほど長い髪なのによく手入れが行き届いている。
「……よし、終わったぞ」
「おっ、早いな。随分と上達したじゃないか」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
「そういうなよ。へへっ」
さっきまで落ち込んでたくせに今は上機嫌になってやがる。
「いつまでも落ち込んでるわけにはいかないしな。オレはオレだ。普通に生きて生活できていることには変わりないんだ」
「晴子……」
「ま、そういう訳だからこれからもよろしくな。春日」
「ああ。こちらこそよろしく」
そうだよな。晴子は晴子。中身はどうあれ俺と同じ人間なんだ。
この先もこいつの側にいてやろう。たとえどんな真実が待っていたとしてもずっと味方でいよう。
そう決心した。




