頼れる親友②
晴子もやる気になってくれたことだし、さっそく実践してみるか。
「んで、おれらはどうすりゃいいんだ?」
「そういや何するかまだ聞いてなかったよね」
「今から説明するよ」
全員に俺が考えた男性恐怖症克服の方法を話した。
まず千葉か天王寺どっちかが晴子とペアになり、町中を歩き回るというものだ。最初は短時間で様子をみつつ、徐々に長くしていこうと考えている。
つまり男とコミュニケーションを図ることで『男は怖い存在だ』という認識を修正しつつ、外にも出歩けるようになるかもしれない思ったのだ。
しかし、いきなり見知らぬ男と一緒になるのはさすがにハードルが高い。かといって俺だと意味が無い。だからこそ親しい友人である2人を呼んだのだ。こいつらは中学時代からの付き合いで、どういうやつなのかよく知っているからな。
こういう時に晴子が俺の記憶を持っているのが役に立つ。いちいち説明する必要もないし、なにより口で言うより圧倒的に説得力があるからだ。
この方法は本物の女性だと通用しない気がする。男から完全な女になったという非常に特殊な経験がある晴子だからこそ出来るやり方だ。
なぜそう思うのか。別に理由があるわけではない。何となくそう感じるのだ。
「――という方法なんだけど、どうだ?」
「なるほどな。出久保にしてはいい考えかもな」
「“にしては”って……どういう意味だ?」
「だってお前さ、国語苦手じゃん」
「いや、意味分からん。国語関係ねーだろ……」
「まぁまぁ2人とも。今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」
「そ、そうだったな」
気を取り直し、さっそく実行することにした。
「晴子もこのやり方で問題ないよな?」
「う、うん……春日にまかせるよ」
「あいよ。最初はどっちからにする?」
「ならおれから行くよ」
そう言って千葉が立ち上がった。それに続いて晴子も立ち上がり、2人は店のドアまで移動した。
「んじゃさっそく行こうか。何かあったらすぐ言えよ?」
「わ、わかった……」
そして2人は店から出ていった。
「大丈夫かなあの2人……」
「ま、心配ないだろ。千葉はああみえて腕っぷしが強いし、いざとなったら頼りになるやつだし」
「そ、そうだね……」
しばらく天王寺と雑談しながら待つことにした。
千葉が帰ってきたのは15分ぐらい経ってからだった。
「ん、帰ってきたか」
「おかえりー」
「おう! 晴子ちゃんとのデート楽しかったぜ!」
嬉しそうに親指を立てる千葉。
「ちょ、ちょっと……今はそんなこと言ってる時じゃあ――」
「まぁまぁ。あまり気を張り詰めてもよくないだろ?」
千葉はこんな時でも変わらんな。けどそれはそれで有り難い気もする。いつも通りの態度で接してくれているってことだしな。
「んじゃ交代だな。晴子ちゃんまだいけるか?」
「う、うん。まだ平気……だと思う」
相変わらずオドオドとした晴子だったが、まだ耐えれそうな雰囲気だ。
天王寺が立ち上がり、入れ替わりで千葉が座った。
「じゃあいこっか。無理はしてない? 何かあったらすぐに知らせてね?」
「だ、大丈夫……」
そのままゆっくりと2人は店を出ていった。
それを見送ったあと、千葉が神妙な顔つきでこっちを向いた。
「晴子ちゃん……本当に怖い思いをしたんだな……」
「やっぱ分かるか」
「ああ。歩いている間はずっとおれの服を掴んでたよ」
なんとなくその光景が目に浮かぶ。
「たぶんあれでも精一杯勇気を振り絞ったと思う。本当はさっきの出久保みたいにしがみ付きたかったんだろうな」
「…………」
「その間も何度か話しかけたんだけどよ、生返事しか返ってこなかったよ。余裕がなかったんだと思う」
「……かもな」
本来ならばもう少しゆっくり治していくのが正解だと思う。しかしそれだと時間がかかる。俺が居ない時の晴子はずっと1人きりで、その間はどこにも行けないしな。だからこそ一日でも早く克服させてやりたいんだ。
でもこれ以上無理をさせると悪化しかねない。かといってのんびりするわけにもいかない。これは本当に絶妙なやり方だと思っている。
「糞がっ! なんで晴子ちゃんがあんな目に遭わなきゃならねーんだ。別人みたいに変わっちゃったじゃねーか。もし原因を作った糞野郎と出会ったらぶん殴ってやる……」
「おいおい、気持ちは嬉しいけど過激なのはやめてくれよ?」
「わ、分かってるよ。言葉の綾だっての」
こいつなら本当にやりかねないもんな。
「なぁ出久保」
「ん?」
いつになく真面目な顔で話しかけてくる千葉。
「お前がちゃんと守ってやれよ? 今の晴子ちゃんが唯一、心を開いているのはお前なんだからな」
「……んなこと分かってるっての」
もう二度とあんな目に遭わせたりするもんか。
そうだよ。いくら元男だったとはいえ、今はか弱い女の子なんだ。
絶対俺が守ってみせる。
その後も、同じ方法で数日間リハビリ活動を続けた。千葉も天王寺もずっと協力してくれて本当に感謝している。
途中から美雪にも手伝って貰うことにした。晴子が男性恐怖症になったと聞きつけて美雪から手伝いを申し出てくれたのだ。主に心のケアを担当することになった。
晴子がああなった原因を話した時、美雪は静かに怒っていた。やはり同姓としていろいろと共感できる部分があったんだろう。
ちなみにその時の美雪は意外と怖かったのは内緒だ。
みんなが協力してくれたお陰か、晴子は順調に回復に向かっている。今では店員程度なら話しかけられるし、1人で外出できるまでになった。元通りになるのも時間の問題だろう。
たった数日でここまで回復したんだ。晴子もよく頑張ったと思う。
そういや1つ気になってたことがあるんだよな。全く心当たりが無いわけではないけど、せっかくだから本人に聞いてみよう。
「なぁ晴子。ちょっといいか?」
「ん? なんだ?」
「結局、俺と一緒の布団に入り込んだ理由はなんだったんだ?」
「あー……」
そんなことをし始めたのはあの出来事があってからだしな。無関係とは思えない。
「その、なんというかさ。怖い夢見て夜中に起きちゃうんだよ」
「やっぱあの瞬間の夢か?」
「……たぶんな」
「たぶん?」
「よく覚えてないんだよ。でもとにかく怖くてさ、寝ようとしても寝付けなかったんだよ」
そういや夜中に目が覚めてトイレ行ったとか話してたな。たぶんこれは半分嘘だったんだろう。
「そんでふと、隣で寝てる春日が気になってさ。その時に思いついたんだよ。もしかしたら密着しとけば怖い夢も見ずに済むかもしれないって」
「……なるほど」
そういうことか。怖い夢を見たからか、人肌の温もりが欲しかったんだろう。
んで試した結果、無事に寝付けたというわけか。それで次の日も同じことをしたのか。
「その、なんだ。できれば事前に言ってほしかったな……」
「…………ごめん」
「まぁ謝るほどのことじゃないけど。というか今は大丈夫なのか?」
「ああ。春日達のお陰で普通に寝れるようになったよ」
「それはよかった」
とりあえずこの問題については一件落着ってとこか。
「あ、あのさ……春日」
「ん?」
なぜか晴子は落ち着きの無い態度で話しかけてきた。
「サンキューな」
「なんだよいきなり」
「いやだって、オレが男におびえなくて済むようになったのは春日のお陰じゃん。感謝してるよ」
面と向かって感謝されるのはなかなか気恥ずかしいな。
「ま、まぁ感謝なら手伝ってくれたみんなにしたほうがいいと思うぞ。俺だけだと到底無理だったしな」
「それでもさ、治す方法を考えたのは春日じゃん。オレのために必死に悩んでくれたんだろ? 本当にありがとな」
「よ、よせよ。今さらおだてたって何もないぞ」
今日の晴子はやけに素直だ。悪い気はしないけど。
「あとさ……その……」
「なんだ?」
「助けてくれた時の春日、すごく……かっこよかったよ」
「へ?」
「そ、それだけっ!」
喋り終わると同時に晴子は部屋から出ていってしまった。
いきなりどうしたんだあいつ。あんなにあわてることないだろうに。
まぁいいや。晴子も無事に元通りになりつつあるし、もう心配は要らないだろう。
とりあえず一安心かな。




